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顎関節脱臼
中嶋 麻優子

監修歯科医師
中嶋 麻優子(歯科医師)

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東京歯科大学卒業。アソアライナー認定医。ポリリンホワイトニング認定医。WHマスク監修。

顎関節脱臼の概要

顎関節脱臼は、顎の骨が関節から外れる状態を指します。顎は上顎と下顎で構成されており、下顎が上顎や頭蓋骨の関節面からずれてしまうことにより発生する疾患です。顎関節脱臼は骨がずれた方向により前方脱臼や後方脱臼、側方脱臼、上方脱臼に分類されます。中でも最も多いのは前方脱臼とされています。 不完全な脱臼の場合、患者さん自身で整復して元に戻せることもありますが、完全に脱臼した場合は自分で治せません。顎関節脱臼には脱臼が単独で起こるものと、骨折を伴うものがあります。とくに後方や上方への脱臼では、骨折を伴うことが多いとされています。発症しやすい年齢層では、20歳代と70〜80歳代の高齢者に多い傾向です。繰り返し起こる習慣性の顎関節脱臼では高齢者に多くみられます。日本の高齢化に伴い、習慣性の顎関節脱臼は増加傾向にあります。脱臼した状態では食べ物を飲み込む機能が困難になり、誤嚥性肺炎を起こすケースも少なくありません。

顎関節脱臼の原因

顎関節脱臼の主な原因は以下の通りです。
  • 口の開け過ぎ 大きなあくびをしたときや、硬くて大きなものを噛んだときに発症しやすいとされています。ほかにも歯医者で治療中に長時間口を開けていたときや、大笑いなどによっても脱臼が起こります。
  • 筋力低下や靭帯の緩み 食べ物を噛む筋肉に咀嚼筋(そしゃくきん)があります。加齢により咀嚼筋が低下することで、顎関節脱臼が起こりやすくなるのです。寝たきりによる筋力低下でも起こり得ます。
  • 顎は靭帯で引っ張られているため、加齢による靭帯の緩みによっても脱臼しやすくなります。
  • 外傷 転倒や交通事故などによる、下顎や周囲側頭部の大きな外的ショックが原因でも起こります。レスリングやボクシングなどのスポーツでの打撃でも起こることがあるでしょう。
  • 疾患 脳血管障害パーキンソン病、統合失調症といった病気が原因でも顎関節脱臼は起こります。これらの疾患では症状や薬の副作用により、自分の意思とは関係なく口が勝手に動いてしまう不随意運動が起こる可能性があります。不随意運動によって顎関節脱臼が生じてしまうケースも少なくありません。

顎関節脱臼の前兆や初期症状について

顎関節脱臼が起こるとさまざまな症状がみられます。機能と見た目のそれぞれに関する症状について以下にまとめました。

身体の機能に関する症状

機能に関する代表的な症状は次の通りです。
  • 口を閉じれない
  • 唾を飲み込めない
  • よだれが出る
  • うまく喋れない
  • 食事が採れない
上記の症状は食事場面や会話の場面で影響が出やすい特徴があります。自覚症状として現れやすい症状ですが、高齢者や認知症の患者さんでは自覚症状に乏しい場合も少なくありません。

見た目に関する症状

症状は機能だけでなく見た目にも現れます。両側の顎が脱臼した場合、顔が脱臼前より長くなったと感じます。片側のみの脱臼の場合では、顔が左右のどちらかに曲がったり歪んだりする症状が特徴です。

顎関節脱臼の診療科

機能や見た目に関する症状が現れたら、直ちに病院を受診しましょう。救命救急科歯科整形外科を受診し、必要に応じて口腔外科で手術が適応されることもあります。

高齢者の場合、脱臼を放置すると誤嚥性肺炎を引き起こしてしまうリスクがあります。免疫機能が低下した患者さんでは致命的な結果につながる可能性も少なくありません。本人の自覚症状がない場合、周囲の人が注意することで早期の治療が可能となるでしょう。

顎関節脱臼の検査・診断

顎関節脱臼は以下のような診察や検査の結果から確定診断を行います。

診察

視診では顔の長さや、顔が左右でずれていないかを確認します。唾液を飲み込めないことによるよだれの有無もみていきます。 口腔内を観察すると両側脱臼と片側脱臼では次のような状態が特徴的です。両側脱臼の場合、下の歯が前に突き出し上下の前歯がしっかりと噛み合わず、隙間ができてしまいます。片側脱臼の場合、下の歯が片方に大きく傾き、噛み合わせの悪い状態になります。触診では顎関節周囲に痛みや重圧感がないかの確認が必要です。下顎や顎下を触り痛みや腫脹がある場合は、骨折や感染症などを疑います。顎関節部を触ると下顎の骨の一部が陥没し、本来なら触知できる骨の部位が触れないことも特徴です。

検査

顎関節脱臼では主にエックス線検査(レントゲン検査)と呼ばれる画像検査を行います。下顎の先端が、正常な位置からずれ前方向に出ていることを確認します。エックス先検査では、位置の確認と同時に骨折の有無も評価することが重要です。必要に応じてCT検査も行います。

診断

各症状の有無や診察結果、画像検査などを踏まえて顎関節脱臼の診断を行います。中でも画像検査は確定診断を行う上で重要な検査です。

顎関節脱臼の治療

顎関節脱臼の治療は手術をしない治療と手術を行う治療の2種類に分けられます。詳しくみていきましょう。

手術をしない治療

まずは脱臼した顎を元に戻す「整復」を行います。医師が手動で行う処置であり、治療の一般的な方法です。この場合、専門的な技術が必要となります。前方脱臼の場合、脱臼してからの経過が短いほど整復しやすく、脱臼後1週間以内であればほとんどのケースが手動での整復が可能です。前方脱臼の場合、ヒポクラテス法ボルヘルス法の2種類の整復法があります。

ヒポクラテス法

患者さんの前方に立ち、両手の親指を下の奥歯に当てて、残りの4本の指で下顎骨の下部分を支えます。次に、親指で奥歯を押し下げながら、ほかの指で顎の先を持ち上げ、同時に下顎を後方に押すように力を加えていく方法です。専門的な手技であり、医師や歯科医師などによる実施が望ましいです。

ボルヘルス法

ヒポクラテス法と同様の方法で実施しますが、術者の立つ位置は患者さんの後方になります。整復後は、オトガイ帽と呼ばれる下顎の先にカップをかぶせて引き上げる装置を装着し、一定期間固定することで再脱臼を防止します。 整復でも効果がない場合、自己血注入療法を行う病院も少なくありません。自己血注入療法は患者さんの血液を顎の関節に注入し、関節の中を硬くすることで関節の可動域を制限する治療法です。合併症の少ない治療法として知られています。

手術

整復や固定、自己血注入法でも効果がない場合、手術の検討が必要です。手術では主に、関節結節削除術と呼ばれる、顎関節の突出した骨を削ることで引っかかりを取り、関節の動きを円滑にする手術を行います。手術は全身麻酔下で行い、手術時間は片側で約30分、両側で約1時間と短時間で実施されます。成功率が高く再発率が低い手術です。ほかにも顎を動きにくくする手術として、胸骨突起形成法や障害物移植・埋入法などがあります。

顎関節脱臼になりやすい人・予防の方法

生まれつき顎関節の靭帯が緩んでいると顎関節脱臼を起こしやすい可能性があります。とくに高齢で義歯を持っていない方は、下顎の位置が安定しないため脱臼を起こしやすいです。脳血管疾患やパーキンソン病などの神経疾患がある方も、脱臼の可能性が少なくありません。 脱臼を起こさないためには、必要以上に口を大きく開けないことが重要です。可動域を超えて口を大きく開けると、顎が外れる原因となります。大きなあくびやくしゃみ、食事、歯科治療などの際は口を大きく開け過ぎないよう意識しましょう。 歯並びや噛み合わせが悪い場合も、顎関節に負担がかかり顎関節脱臼につながる恐れがあります。歯並びや噛み合わせの悪さは、自然に治るケースは少なく、ワイヤーやマウスピースなどの矯正治療が必要です。歯並びや噛み合わせの改善は脱臼への予防にもつながるため、気になる方は歯科で相談しましょう。

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