

監修医師:
鎌田 百合(医師)
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鎌状赤血球症の概要
鎌状赤血球症(Sickle Cell Disease:SCD)は、赤血球が通常の円盤状から鎌状(半月形)に変形する遺伝性疾患です。
健康な赤血球は、柔軟性があり、血管の中をスムーズに移動して酸素を運びます。鎌状赤血球症の赤血球は半月のような形をしており、柔軟性が失われ、血管内を移動する際に壊れやすくなります。
代表的な症状は、貧血・痛み発作(血管閉塞クリーゼ)です。
通常の赤血球の寿命は90〜120日ありますが、鎌状赤血球は10〜20日しかもちません。このため、赤血球数が減少し貧血となり、必要な酸素が身体の隅々まで行き渡らなくなります。
痛み発作は、鎌状赤血球が血管を詰まらせることで起こる激しい痛みで、日常生活に大きな支障をきたします。
鎌状赤血球症は、生後1年以内に発症することが多く、生後5ヶ月頃に症状が現れ始めます。
鎌状赤血球症の患者さんは、主にアフリカ・中東・インド地域にルーツを持つ方々です。これらの地域でマラリアが蔓延していたことが関係しています。
鎌状赤血球形質をもつ方は、マラリアに対する抵抗力が高いため、生存に有利だったと考えられています。日本人には本来みられない疾患ですが、国際化に伴い、外国人滞在者を中心に国内でもみられるようになりました。
この病気は遺伝子変異により引き起こされます。片方の親から異常な遺伝子を受け継ぐ場合は鎌状赤血球形質(キャリア)となり、通常は無症状です。
両親から異常な遺伝子を受け継いだ場合は、鎌状赤血球症として発症し、重篤な症状が出ることがあるため注意が必要です。
鎌状赤血球症の原因
鎌状赤血球症の原因は、ヘモグロビンS(HbS) と呼ばれる異常なヘモグロビンの存在です。通常の赤血球にはヘモグロビン(HbA)が存在し、血管の中をスムーズに移動して酸素を運ぶ役割を果たします。一方で、HbSは低酸素状態になると凝集してゲルを形成し、長いフィラメント様の構造となり、赤血球を異常な鎌状に歪ませます。変形した赤血球は血管内を通過しにくくなり、毛細血管を詰まらせる原因となります。
鎌状赤血球症の原因遺伝子は常染色体潜性(劣性)遺伝をとるため、両親の双方が異常な遺伝子をもつ場合に発症リスクが高まります。もし一方の親のみが異常な遺伝子をもつ場合は、鎌状赤血球形質(キャリア)となります。
キャリアの場合、通常は無症状ですが、極端な低酸素状態では軽度の症状が現れることもあります。
鎌状赤血球症の前兆や初期症状について
鎌状赤血球症の初期症状には個人差があり、症状の程度もさまざまです。代表的な初期症状は以下のとおりです。
- 貧血症状
- 痛み発作(血管閉塞クリーゼ)
- 黄疸
- 繰り返す感染症
続いて、それぞれについて詳しく解説します。
貧血症状
鎌状赤血球症のすべての患者さんに、溶血性貧血がみられます。赤血球が壊れやすく、慢性的な貧血が続くため、疲れやすさ・息切れ・めまいなどの症状が現れます。
痛み発作(血管閉塞クリーゼ)
鎌状の赤血球が血管に詰まり、激しい痛みを引き起こします。痛みが発生しやすい部位は、四肢・胸部・背部・腹部などです。
痛みは数時間から数日続くこともあり、日常生活に大きな支障をきたします。寒冷・脱水・ストレス・感染症などが引き金となることがあります。
黄疸
黄疸とは、皮膚や白目が黄色くなる症状です。赤血球の破壊が進むことで、ビリルビンという物質が増加し、黄疸が見られることがあります。
黄疸は肝臓や胆道の病気でも見られますが、鎌状赤血球症は赤血球の破壊が原因で起こります。
繰り返す感染症
脾臓は感染から身体を守る重要な臓器です。鎌状赤血球症では、脾臓が機能不全を起こしやすく、細菌感染にかかりやすくなります。
症状が現れた際の診療科
症状が現れた場合、小児科・内科・血液内科を受診するとよいでしょう。子どもの場合は、成長や発達に影響を及ぼす可能性があるため、早期の診断と治療が重要です。
発熱や強い痛みがある場合は、重篤な合併症の可能性があるため、早急に医療機関を受診してください。
鎌状赤血球症の検査・診断
鎌状赤血球症の診断には、以下の検査が行われます。複数の検査から総合的に評価することで、適切な治療につなげられます。
血液検査
血液検査にて、貧血や溶血所見を確認します。末梢血液塗抹標本では、顕微鏡で血液を観察し、鎌状赤血球やその他の異常な赤血球の存在を確認します。
ヘモグロビン電気泳動検査
異常なヘモグロビンの存在を特定します。さまざまな種類のヘモグロビンを分離し、それぞれの割合を測定します。
遺伝子検査
鎌状赤血球症の原因遺伝子(HBB遺伝子変異)を確認します。遺伝子検査は、血液サンプルや唾液サンプルを用いて行います。
酸素解離試験
ヘモグロビンSの特性を調べるために行われます。この検査では、酸素濃度とヘモグロビンの結合度合いを測定し、ヘモグロビンSが低酸素状態でどのように変化するかを評価します。
出生前診断として、羊水検査や絨毛検査により、胎児が遺伝的に鎌状赤血球症をもっているかを調べることも可能です。出生前診断は、遺伝カウンセリングを受けたうえで、慎重に検討する必要があります。
鎌状赤血球症の治療
鎌状赤血球症は、以下の治療法が用いられます。
- 薬物療法
- 輸液療法
- 造血幹細胞移植
- 疼痛管理
これらを組み合わせることで、症状をコントロールし、患者さんの生活の質向上を目指します。
薬物療法
代謝拮抗薬であるヒドロキシウレアを使用し、異常な赤血球の生成を減らし、症状を緩和させます。ヒドロキシウレアは、胎児性ヘモグロビン(ヘモグロビンF)の産生を促進し、ヘモグロビンSの凝集を抑制する効果があります。
副作用として注意すべき症状は、骨髄抑制(白血球・赤血球・血小板の減少)や皮膚症状などです。定期的な血液検査を行い、副作用の有無を確認する必要があります。
輸血療法
重度の貧血や合併症を予防するために定期的に輸血をすることがあります。正常な赤血球を補充することで、貧血を改善し、臓器への酸素供給を改善します。
輸血療法は、副作用として鉄過剰症や感染症などの恐れがあるため注意が必要です。
造血幹細胞移植
造血幹細胞移植は唯一の根治治療です。健康なドナーから造血幹細胞の移植を受けることで、正常な赤血球を作れるようになります。しかし造血幹細胞移植は、治療自体のリスクが高いことから適応症例は限られ、重症の鎌状赤血球症に対して検討されることがあります。
疼痛管理
鎮痛剤を使用し、痛み発作を緩和します。痛み発作は、鎌状赤血球症の患者さんにとって、特に辛い症状の一つです。
鎮痛剤には、軽度の痛みに対してはアセトアミノフェンや非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)が用いられ、重度の痛みに対してはオピオイド鎮痛薬が用いられます。
痛みの程度や頻度に合わせて、適切な鎮痛剤を選択し、使用量を調整する必要があります。
鎌状赤血球症になりやすい人・予防の方法
鎌状赤血球症は遺伝性疾患のため、完全に予防することは難しいでしょう。しかし、リスクがある場合は以下の方法で早期発見・管理が可能です。
遺伝カウンセリングの活用
家族に鎌状赤血球症の患者さんがいる場合、遺伝子検査を受けることでリスクがわかります。遺伝カウンセリングでは、遺伝性疾患のリスク・検査の種類・検査結果の意味などについて、詳しく知ることができます。
健康管理
適切な水分補給や感染対策を行い、低酸素状態を避けることで症状の悪化を防げるでしょう。
脱水は血液を濃縮し、鎌状赤血球が血管に詰まりやすくなるため、十分な水分補給が重要です。また感染症は、痛み発作を誘発する可能性があるため、手洗いやうがいなどの感染予防対策を徹底しましょう。さらに、高地や激しい運動など、低酸素状態になる状況を避けることも大切です。
また、感染のリスクが高いため、肺炎球菌、髄膜炎菌、インフルエンザ菌などの予防接種を適切に行いましょう。
定期的な医療チェック
血液検査や健康診断を受け、早期に異常を発見することが重要です。定期的な血液検査では、ヘモグロビン値・赤血球数・鎌状赤血球の有無などを確認します。
定期的な健康診断では、合併症の有無を確認するために、腎機能検査・肺機能検査・心臓超音波検査などをすることがあります。




