目次 -INDEX-

カサバッハ・メリット現象
鎌田 百合

監修医師
鎌田 百合(医師)

プロフィールをもっと見る
千葉大学医学部卒業。血液内科を専門とし、貧血から血液悪性腫瘍まで幅広く診療。大学病院をはじめとした県内数多くの病院で多数の研修を積んだ経験を活かし、現在は医療法人鎗田病院に勤務。プライマリケアに注力し、内科・血液内科医として地域に根ざした医療を行っている。血液内科専門医、内科認定医。

カサバッハ・メリット現象の概要

カサバッハ・メリット現象(Kasabach-Merritt現象)とは、主に乳幼児にみられる特殊な血管が異常に増殖した良性の腫瘍(血管腫)の中で血液を固める成分が大量に消費されてしまい、重い出血症状を引き起こす現象です​。 巨大な血管腫に血小板という血液の凝固に重要な細胞が取り込まれて減少し(血小板減少症)、さらに血液の凝固因子も消費してしまうため、全身的に血が固まりにくくなって出血が止まりづらい状態になります​。このため身体のあちこちに内出血によるあざ(紫斑)が現れたり、場合によっては播種性血管内凝固(DIC)と呼ばれる重篤な凝固異常を合併したりすることがあります​。

発症はまれですが一度起これば命に関わる危険が高い病態です。幸い適切に治療できれば後遺症も少なく、皮膚の色素沈着が残る程度で経過は良好とされています​。

カサバッハ・メリット現象の原因

カサバッハ・メリット現象は、乳幼児にできる一部の血管腫が原因で発生します​。特に、カポジ型血管内皮腫や房状血管腫と呼ばれるまれなタイプの血管腫が急激に大きくなるときに起こりやすいことが知られています​。これらの血管腫の中では血液が固まって血栓ができやすく、その過程で血小板や凝固因子が腫瘍内部で大量に消費されてしまいます​。その結果、全身では血小板や凝固因子が不足し、血液が固まりにくい状態(凝固障害)となって出血が止まらなくなるのです​。

実際、房状血管腫やカポジ型血管内皮腫の患者さんの50〜70%もの高率でこの現象が発生するとの報告もあります​。一方、乳児に頻繁にみられる一般的なイチゴ状血管腫(乳児血管腫)ではカサバッハ・メリット現象は極めてまれであり、通常のイチゴ状血管腫が原因で本現象が起こることはほとんどありません​。原因となる血管腫の発生自体も偶発的なもので、遺伝的要因ではないと考えられています。

カサバッハ・メリット現象の前兆や初期症状について

カサバッハ・メリット現象では、血管腫が急に硬く腫れ上がって光沢のある暗赤紫色に変色し、血管腫の周囲の皮膚にも内出血による紫斑が広がっていきます。このように血管腫そのものに急激な変化が現れます。 今までやわらかかった赤あざが固くしこりのようになり、色も赤やピンク色から暗い紫赤色に変わるのが特徴です​。同時にその周囲に青あざのような内出血が生じたり、皮膚表面に点状の出血斑が多数現れることがあります​。進行に伴い全身の血小板が減少するため、例えば鼻血が出やすくなる、ちょっとした傷でも血が止まりにくくなるといった出血傾向(出血しやすい状態)が見られる場合もあります​。 出血が続くと貧血になり、顔色が蒼白になることもあります​。

こうした初期症状(前兆)に気付いたら、できるだけ早急に医療機関を受診することが重要です。特に血管腫が急激に腫れて硬くなる、周囲に広範囲の内出血が出現するといった症状は危険なサインであり、危険な状態ですのでただちに入院する必要があります​。乳幼児が症状を呈している場合はまず小児科を、皮膚の異常が目立つ場合には皮膚科でも構いませんので、速やかに受診してください。症状が急速に悪化している場合は救急外来を通じて入院加療を受けることが望ましいでしょう。

カサバッハ・メリット現象の検査・診断

カサバッハ・メリット現象は、主に症状の所見と各種検査結果に基づいて総合的に診断されます​。患児の身体診察で血管腫の大きさ・硬さ・色調変化や、全身の皮下出血の有無などを確認します。また、血液検査によって血小板数の低下や凝固因子の異常が起きていないか調べます​。具体的には、血小板数や凝固検査(PTやAPTT、フィブリノーゲン濃度、FDPやDダイマーなど)の結果異常が認められれば、血液を固める機能に異常があることがわかります。

さらに、画像検査(超音波検査やMRI検査など)で血管腫の広がりや内部の状態を詳しく調べます​。必要に応じて血管腫の一部を採取して調べる病理組織検査を行い、血管腫の種類(例えばカポジ型血管内皮腫か房状血管腫かなど)を確定することもあります。なお、巨大な乳幼児の血管腫がある場合には、カサバッハ・メリット現象を発症していなくても定期的に血液検査で血小板や凝固系の数値に異常がないか経過観察をします。そうすることで本現象の早期発見・早期治療につなげることができます。

カサバッハ・メリット現象の治療

カサバッハ・メリット現象に対して確立した標準治療はまだありません​。現状では患者さんの状態に応じて薬物療法や手術療法など複数の治療法を組み合わせて対応するのが一般的です​。出血傾向の症状が現れた段階でただちに入院し、出血傾向のコントロールと血管腫に対する治療を開始する必要があります​。

薬物療法

薬物療法の第一選択としてはステロイド薬(副腎皮質ホルモン)の全身投与が行われることが多く、これにより血管腫の縮小と凝固異常の改善を図ります​。ステロイドで十分な効果が得られない場合、インターフェロンや抗がん剤(例えばビンクリスチンといった抗腫瘍薬)を併用することがあります​。また、出血しやすさを和らげるためにトラネキサム酸などの止血補助剤を使うこともあります​。近年では、シロリムス(mTOR阻害薬)という新しいタイプの薬剤がカサバッハ・メリット現象に著効を示すことがわかり、日本でも治験(臨床試験)が進行中です​。将来的にシロリムスが使用可能になれば治療成績の向上が期待されています。

手術療法(外科的治療)

血管腫自体を外科的に摘出手術で取り除く場合もあります。原因の腫瘍を直接取り去ることで根本的な治癒を目指しますが、カサバッハ・メリット現象を起こしている血管腫は周囲の正常組織へ広がり込むように増殖し、なおかつ出血しやすい性質があるため、手術による切除は容易ではありません​。腫瘍の場所や大きさによっては手術が困難なケースも多く、その場合はほかの治療法を検討します。

塞栓術(動脈塞栓療法)

塞栓術は動脈塞栓療法とも呼ばれ、カテーテルという細い管を血管腫に栄養を送る動脈に挿入し、塞栓物質(ゼラチンスポンジなど)でその血管を詰める治療法です。血管腫への血流を遮断することで腫瘍を縮小させ、出血を抑える効果が期待できます​。全身状態が手術に耐えられない場合や、腫瘍の場所的に手術が難しい場合に選択されます。

放射線療法

血管腫に対して放射線照射を行い、腫瘍細胞を破壊して縮小させる治療法です。カサバッハ・メリット現象の制御目的で行われることもありますが、放射線照射には将来的な発がんリスクなど副作用の懸念があるため、現在では原則的には推奨されません​。ただし、命に関わる緊急時にはやむを得ず選択される場合もあります​。

カサバッハ・メリット現象になりやすい人・予防の方法

カサバッハ・メリット現象が起こりやすいの方は、先述のようにカポジ型血管内皮腫や房状血管腫といった特別なタイプの血管腫を持つ乳幼児です​。この現象はほとんどすべて乳児期〜幼少期に発症し、大人になってから発症することは極めてまれです。 また、遺伝的な病気ではなく、親御さんからの遺伝や妊娠中の環境が原因で起こるものではありません​。ごく一部には、生まれつき肝臓などに大きな血管腫がある乳児でも同様の凝固異常を起こす場合もありますが​、いずれにせよ血管腫という腫瘍が存在しなければ起こらない現象です。 逆に言えば、一般的な小さな赤あざ(例えばイチゴ状血管腫)しかない健康なお子さんが突然カサバッハ・メリット現象になることはありません。

予防法として特別な方法はありませんが、リスクの高い血管腫を持つお子さんの場合は早期に適切な医療管理を行うことが大事な予防策となります。​生後まもなく赤ちゃんに大きな血管腫が見つかった場合は、小児科や皮膚科で血液検査や画像検査を受け、その血管腫のタイプを診断してもらいましょう。カポジ型血管内皮腫や房状血管腫などカサバッハ・メリット現象を起こしやすい腫瘍と判明した場合は、医師の指導のもと定期的に血液検査を行い、必要があれば腫瘍に対する治療を早めに開始します。こうした経過観察と早期介入によって、カサバッハ・メリット現象の発症を未然に防いだり、発症しても重症化する前に対処したりすることが可能になります。

関連する病気

この記事の監修医師