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遺伝性球状赤血球症
鎌田 百合

監修医師
鎌田 百合(医師)

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千葉大学医学部卒業。血液内科を専門とし、貧血から血液悪性腫瘍まで幅広く診療。大学病院をはじめとした県内数多くの病院で多数の研修を積んだ経験を活かし、現在は医療法人鎗田病院に勤務。プライマリケアに注力し、内科・血液内科医として地域に根ざした医療を行っている。血液内科専門医、内科認定医。

遺伝性球状赤血球症の概要

遺伝性球状赤血球症(Hereditary Spherocytosis, HS)は、遺伝子異常によって、赤血球の形を保つために重要な赤血球膜タンパク質に異常が起こることで発症する病気です。これにより赤血球が壊れやすくなり、貧血や黄疸、胆石などの症状を引き起こします。

遺伝性球状赤血球症の原因

HSは、赤血球膜を支えるタンパク質に異常が起きることで発症します。この異常により、赤血球の形が球状になり、柔軟性が失われます。その結果、赤血球は脾臓で破壊されやすくなり、溶血(赤血球の破壊)による貧血や黄疸を引き起こします。

赤血球膜タンパク質の異常

主に異常が起こるタンパク質は以下の通りです。
  • スペクトリン
  • アンキリン
  • プロテイン4.2
  • バンド3

遺伝形式

HSは、75%以上のケースで常染色体顕性(優性)遺伝として遺伝します。この場合、親のどちらかがHSの遺伝子を持っていると、子どもが発症する可能性は50%です。稀に常染色体潜性(劣性)遺伝や孤発例(突然変異)も見られます。

球状化による影響

球状化した赤血球は柔軟性が低下し、脾臓の毛細血管を通過できずに捕捉されて破壊されます。このため、赤血球の寿命が短くなり、溶血性貧血の原因となります。

遺伝性球状赤血球症の前兆や初期症状について

遺伝性球状赤血球症は、赤血球が壊れやすくなることでさまざまな症状を引き起こします。症状は年齢によって変化し、新生児期から成人期まで段階的に現れます。

年齢ごとの症状

新生児期(生まれてすぐ)
  • 黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)と貧血が主な症状です。
  • ほとんどの新生児で光線療法(青い光を当てる治療)が必要になります。
  • 場合によっては、輸血や交換輸血を行うこともあります。
乳児期以降
  • 脾腫(脾臓の腫れ)が現れます。
  • 脾腫は成長とともに進行し、成人になる頃にはほとんどの患者さんで見られるようになります。
4~5歳以降
  • 胆石(胆のうにできる石)が形成され始めます。
  • 特に10歳以降に胆石が増え、成人のほとんどで胆石を伴うようになります。 成人になるまで発症しないタイプは軽症なので溶血よりも溶血による胆石の症状が主であるという理由もあります。

遺伝性球状赤血球症の検査・診断

遺伝性球状赤血球症(HS)は、家族歴や典型的な症状(貧血、黄疸、脾腫、胆石)に加え、検査結果から診断されます。診断のための検査には、溶血の確認や赤血球の形態分析など、いくつかの手法が使われます。

溶血を示す検査所見

HSでは、赤血球が壊れるため、以下のような検査所見が見られます:
  • 間接ビリルビンの増加
  • 赤血球の壊れた成分(ビリルビン)が増えることで、黄疸の原因になります。
乳酸脱水素酵素(LDH)の高値 赤血球が壊れると、LDHが血液中に増えます。 網状赤血球の増加 壊れた赤血球を補うために、新しい赤血球がたくさん作られます。 尿中ウロビリノーゲンの増加 赤血球の破壊によって増えた成分が尿に現れます。 多染性赤芽球の出現 赤血球の未熟な形態が血液中に現れることがあります。

HSに特徴的な検査所見

HSでは、特有の赤血球の形態や検査結果が認められます。 末梢血(血液の顕微鏡検査)
  • 小型で球状の赤血球が観察されます。
  • 通常の赤血球は中央にくぼみがあるため顕微鏡では中心が淡く見えますが、球状になるためそれがなくなります。
  • 平均赤血球容積(MCV)は正常値です。
  • 平均赤血球ヘモグロビン濃度(MCHC)が高いのが特徴です。
赤血球浸透圧抵抗試験 赤血球がどれくらい壊れやすいかを調べる試験です。
  • 新鮮な血液では異常が見られないこともあるため、24時間置いた血液を使うとより正確に評価できます。
EMA結合試験(フローサイトメトリー法) 赤血球膜のバンド3タンパク質に結合する特殊な色素(EMA)を使います。
  • HSでは、この色素の結合が少なくなることが特徴です。

確定診断に必要な検査

以下の検査は、HSを確定診断するために行われます。 赤血球浸透圧抵抗試験 特に、24時間置いた血液を使った試験が有効です。 EMA結合試験 フローサイトメーターという機械を使って、赤血球の膜異常を調べます。 SDS-PAGE 赤血球膜のタンパク質を調べる特殊な分析法です。 遺伝子検査 HSに関連する遺伝子異常を特定します。

遺伝子診断

遺伝子検査は、特に脾臓摘出手術を行う前に行われることが推奨されています。 これは、他の類似した疾患(例:有口赤血球症)を区別するためです。

骨髄検査

骨髄検査は通常必要ありませんが、非典型的な場合や孤発例では行われることがあります。 骨髄では、新しい赤血球を作る働き(赤芽球造血の亢進)が見られることがあります。

遺伝性球状赤血球症の治療

遺伝性球状赤血球症(HS)の治療は、症状の重さや合併症の有無に応じて異なります。ここでは、主な治療法を説明します。

1. 全身管理

新生児期 重い溶血症状がある場合は、以下の治療を行います。
  • 光線療法(青い光を当てて黄疸を改善する治療)
  • 輸血
  • 交換輸血
乳児期 輸血が必要になることがありますが、成長とともに輸血が不要になるケースが多いです。 中等症や重症の場合 葉酸(赤血球を作るのを助けるビタミン)を補充します。
  • 軽症の場合や脾臓摘出後は、葉酸補充は通常不要です。
胆石のフォローアップ 4歳以降は、3~5年ごとに胆石ができていないかを確認します。

2. 脾臓摘出術(脾摘)

脾臓摘出術は、HSの最も効果的な治療法のひとつです。 効果
  • 脾臓は赤血球を破壊する場所であるため、脾臓を摘出すると赤血球の破壊が減ります。
  • 貧血や黄疸が改善し、胆石ができるリスクも減ります。
  • 術後2~3日で黄疸が消え、数ヶ月で貧血も改善します。
小児での適応 小児の場合、慎重に判断が必要です。以下の場合に検討されます。
  • 重度の貧血や著しい脾腫
  • 胆石や胆のう炎を合併している場合
  • 繰り返す溶血発作や無形成発作
小児では脾臓摘出のケースになる場合もあるため、6歳以降で行うことが推奨されます。 脾摘後のリスク 免疫の低下 脾臓がなくなると、肺炎球菌やインフルエンザ菌などによる重症感染症リスクが高まります。
  • 術前に肺炎球菌、インフルエンザ菌B型のワクチン接種を行います。
  • 脾摘後数年は特にリスクが高いですが、生涯にわたって免疫機能の低下が続きます。
  • 患者さんや家族がリスクを十分に理解することも重要です。
その他の合併症 脾摘後に血栓(血のかたまり)ができやすくなったり、動脈硬化や虚血性心疾患(心臓の血流が悪くなる病気)のリスクが高まったりすることがあります。

3. 部分脾臓摘出術(部分脾摘)

目的 脾臓を完全に摘出することで生じる免疫の低下を防ぐため、一部だけを摘出する方法です。 適応
  • 重症例で早期に治療が必要な場合に選択されることがあります。
問題点
  • 全摘より効果が低い場合があります。
  • 手術時間や入院期間が長くなることがあります。
  • 残した脾臓の部分が再び大きくなることで再手術が必要になることもあります。
注意点
  • 部分脾摘でも、全摘の場合と同様にワクチン接種が必要です。

遺伝性球状赤血球症になりやすい人・予防の方法

HSは遺伝性疾患であるため、予防することはできません。しかし、家族に患者さんがいる場合は遺伝カウンセリングを受けることで、子どもの発症リスクを理解しましょう。 リスク因子
  • 常染色体顕性(優性)遺伝の場合、両親のどちらかがHSの遺伝子を持っている場合、子どもが発症する確率は50%です。
  • 常染色体潜性(劣性)遺伝では、両親どちらからも遺伝子を受け継ぐと発症します。
遺伝カウンセリングの重要性
  • 専門家からの説明を受けることで、家族のリスクや対応についての理解が深まります。

関連する病気

参考文献

  • 大賀正一,他:新生児の遺伝性溶血性貧血―遺伝子診断の臨床的意義―.臨血 61
  • 和田秀穂:遺伝性球状赤血球症.金倉 譲(編):最新ガイドライン準拠 血液疾患診断・治療指針,中山書店

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