

監修医師:
五藤 良将(医師)
遺伝性膵炎の概要
遺伝性膵炎は、遺伝的な要因によって膵臓に慢性的な炎症が生じる疾患です。膵臓は、消化酵素や血糖値を調整するインスリンなどのホルモンを分泌する重要な臓器ですが、遺伝性膵炎では、膵臓に何度も炎症が起こることで、膵臓の機能が低下していきます。
日本国内の患者数は300〜500人程度と推定されており、まれな疾患です。遺伝性膵炎は、厚生労働省が指定する難病のひとつとして登録されています。
一般的な膵炎は、過度な飲酒が原因になることが多いですが、遺伝性膵炎はこのような明確な原因がなくても発症するのが特徴です。家族内に慢性膵炎を発症している人が多く、小児期など比較的若い年齢で発症しやすい点も特徴で、若年のうちに膵炎を繰り返して慢性膵炎へと進行します。
遺伝性膵炎の主な症状は、腹痛、吐き気、嘔吐、下痢などです。長く炎症が続くと、膵臓の機能が低下し、消化酵素やホルモンの分泌が不十分になります。その結果、脂肪を多く含む便や体重の減少がみられ、糖尿病を合併することもあります。
遺伝性膵炎の治療は、腹痛の緩和や外分泌・内分泌機能を補う薬物療法、生活習慣の改善指導など、対症療法が中心となります。必要に応じて、内視鏡や外科手術による治療が検討されることもあります。
遺伝性膵炎は、長期的に膵がんの発症リスクが高くなることが明らかになっているため、早期に適切な治療や生活習慣の改善を行い、定期的に検査を受けながら経過を観察することが重要です。
出典:公益財団法人 難病医学研究財団/難病情報センター 遺伝性膵炎(指定難病298)

遺伝性膵炎の原因
遺伝性膵炎の原因は、特定の遺伝子異常です。なかでも「PRSS1」遺伝子の変異は、全体の約4割を占めています。
PRSS1遺伝子に異常があると、膵臓から分泌される消化酵素「トリプシン」が活性化されやすくなり、膵臓そのものを傷つけてしまうことがあります。本来、トリプシンは食べもののたんぱく質を分解する酵素ですが、膵臓内で活性化されると膵臓の細胞を壊して炎症を引き起こします。
また、トリプシンの働きを抑える「SPINK1」という遺伝子の変異が原因となるケースもあり、遺伝性膵炎の約3割が該当します。そのほか、原因となる遺伝子の異常が特定できていないケースも約3割あります。
なお、これらの遺伝子に変異があっても、必ずしもすべての人が遺伝性膵炎を発症するとは限らないことも明らかになっています。
出典:公益財団法人 難病医学研究財団/難病情報センター 遺伝性膵炎(指定難病298)
遺伝性膵炎の前兆や初期症状について
遺伝性膵炎は、初期には急性膵炎のような症状を繰り返すことが特徴です。10歳以下の小児期に発症することが多く、みぞおち周辺の上腹部に強い痛みを感じ、背中まで響くことがあります。食欲不振、吐き気や嘔吐、下痢などの症状を伴うこともあります。このような症状を何度も繰り返し、慢性膵炎へと進行していきます。
慢性膵炎になると、膵臓の組織が徐々にかたくなる「線維化」が進み、消化酵素を含む膵液の分泌が減少します。その結果、消化不良を引き起こし、とくに脂肪の分解や吸収が障害され、脂肪を多く含む白っぽい便(脂肪便)や下痢、体重の減少がみられます。また、血糖値を調整するホルモンの分泌機能が低下することで、糖尿病を合併するリスクも高まります。
また、遺伝性膵炎は膵がんの発症リスクも高くなることがわかっています。
遺伝性膵炎の検査・診断
遺伝性膵炎は、急性膵炎の繰り返しや慢性的膵炎の存在に加えて「遺伝性」であることを確認する必要があります。とくに、明確な原因がなく膵炎を何度も繰り返す場合や、若年での発症、家族歴がある場合には、遺伝的要因が疑われます。
膵炎の存在を確認する検査としては、画像検査や血液検査、尿検査が行われます。画像検査ではCT検査やMRI検査、超音波検査などにより、膵臓の腫れや石灰化、膵石の有無などを調べます。必要に応じて、内視鏡を用いた膵管の詳細な検査が実施されることもあります。
血液検査や尿検査では、膵臓から分泌されるアミラーゼやリパーゼといった酵素の値を測定します。これらの数値に異常がみられれば、膵炎の可能性が高いと判断されます。
また、遺伝子学的検査により特定の遺伝子変異が確認された場合は、遺伝性膵炎の診断が確定します。ただし、遺伝子異常が見つからない場合でも、家族歴や発症状況などから遺伝性膵炎と診断されることがあります。
遺伝性膵炎の治療
遺伝性膵炎の治療は、症状の進行や重症度に応じた対症療法が基本となります。
急性膵炎による腹痛などがある場合は、痛みをやわらげる薬剤の使用や、絶食、点滴による栄養管理が行われます。
慢性膵炎に移行した場合は、膵臓の消化酵素の分泌が低下するため、消化酵素を補充する療法が行われます。また、糖尿病を発症した場合には、血糖値をコントロールするためのインスリン療法が必要になることもあります。
生活習慣の影響も大きく関わるため、治療の前提として生活習慣の改善も重要です。禁酒・禁煙に加えて、膵炎の進行に応じた食事指導や栄養管理が実施されます。
膵石や膵管の狭窄がみられる場合には、内視鏡治療や外科的手術が検討されます。長期にわたり膵炎が続くと膵がんのリスクも高まるため、定期的な検査による経過観察が重要です。
遺伝性膵炎になりやすい人・予防の方法
遺伝性膵炎は、先天的な遺伝子異常が原因で発症するため、家族や親戚に膵炎の既往がある場合には、発症リスクが高まります。
遺伝性膵炎の発症を予防する方法は確立されていませんが、発症後の悪化を防ぐための生活管理は可能です。具体的には、禁酒や禁煙、脂質の摂取制限などの、膵臓に負担をかけない生活習慣を意識することが重要です。
また、遺伝性膵炎の家族歴のある人は、早期からの経過観察を行うとともに、必要に応じて専門医による遺伝カウンセリングを受けることも選択肢のひとつです。
遺伝性膵炎は、初期症状を見逃さずに医療機関を受診し、適切な検査と治療を受けることで、重症化のリスクを抑えられます。
参考文献




