

監修医師:
高宮 新之介(医師)
目次 -INDEX-
膵臓損傷の概要
膵臓損傷はまれな外傷であり、腹部外傷の 2~16% に認められます。その大部分は交通事故によるシートベルト・ハンドル外傷です。これらは、シートベルト・ハンドルと脊椎によって膵臓が圧挫されることに起因します。
膵臓損傷の原因
膵臓損傷は、腹部外傷のなかでもまれな損傷とされています。その発生原因は、大きく鈍的外傷と穿通性損傷に分類されます。
1.鈍的外傷
日本における膵臓損傷の90%以上は、鈍的外傷によるものと報告されています。主な原因は以下のとおりです。
交通事故
特に、シートベルトやハンドルによる外傷が大部分を占めます。事故の衝撃により、シートベルトやハンドルと背骨の間で膵臓が挟まれ、圧迫されることで損傷が生じると考えられています。
高所からの転落
転落時の衝撃により、膵臓が損傷を受けることがあります。
2.穿通性損傷
欧米では膵臓損傷の60%以上が穿通性損傷であるのに対し、日本では1割以下とまれです。主な原因は以下のとおりです。
刃物などによる刺創
鋭利な刃物で腹部を刺された際に、膵臓が損傷する可能性があります。銃創なども穿通性損傷の原因になりますが、日本では発生率が低いとされています。
3.外科手術中の偶発的な膵損傷
まれですが、外科手術中に意図せず膵臓が損傷することがあります。
結腸左半切除術における偶発的な膵損傷
手術操作の際、内側アプローチでの左結腸間膜の頭側剥離や、外側アプローチでの脾彎曲部の授動時に膵臓が損傷する可能性があります。
膵臓損傷の前兆や初期症状について
膵臓は後腹膜臓器であるため、外傷を受けても早期には特有の腹膜刺激症状が出にくいことが知られています。
また、膵臓は多くの腹部臓器や血管に近接しているため、膵臓損傷の際にはほかの臓器の損傷を合併することが多く、これらの症状に隠れて膵臓損傷が見逃される可能性があります。
しかし、注意深く観察することで、膵臓損傷を示唆する兆候や初期症状をとらえることができます。
自覚症状と身体所見
腹痛と圧痛の変化
膵臓損傷による自発痛や圧痛は、受傷後1~2時間で一度軽減することがあります。その後、6時間以内に再び痛みが増悪する例が多いとされ、この痛みの変化は膵臓損傷を疑ううえで重要なポイントです。
腹膜刺激徴候の遅れ
膵臓は後腹膜に位置するため、早期には腹膜刺激症状が出現しにくいことに注意が必要です。
鈍的外傷の兆候
交通事故によるシートベルト痕やハンドルによる外傷痕などは、膵臓損傷を疑ううえで重要な情報となります。
膵臓損傷を疑うときは救急科を受診しましょう。
膵臓損傷の検査・診断
膵臓損傷はまれな腹部外傷ですが、適切な診断と迅速な対応が重要です。膵臓は後腹膜臓器であり、初期症状がわかりにくいため、さまざまな検査を組み合わせて診断を行います。
1.身体所見
膵臓は後腹膜に位置しているため、早期に腹膜刺激症状が出現しないことが多いですが、以下の点に注意して評価します。
自発痛、圧痛の変化
受傷後1~2時間で痛みが一時的に軽減し、6時間以内に再増悪する例が多いです。この痛みの変化は、膵臓損傷を疑う重要なポイントです。
鈍的外傷の評価
交通事故や高所からの転落などの受傷機転を確認し、膵臓損傷の可能性を考慮します。合併損傷の影響で膵臓の症状が隠れる場合もあります。
2.血液検査
血液検査は診断補助に重要です。
血清アミラーゼ値
受傷後3時間以内の値は診断的意義が低いですが、3時間後や48時間以降の測定が診断に役立ちます。
主膵管損傷と血清アミラーゼ・CRP
主膵管損傷がある場合、血清アミラーゼ値が高い傾向にあります。CRPの急激な上昇は主膵管損傷の重要なマーカーとなる可能性があります。
3.画像診断
画像診断は膵臓損傷診断の重要な手段です。
腹部超音波検査
膵臓の描出は困難なことが多いですが、肝臓や脾臓、腎臓の損傷や腹腔内出血の描出には有用です。
腹部CT検査
膵臓損傷の第一選択検査で、以下の所見が早期から認められることがあります。
膵腫大、膵境界の不明瞭化、膵断裂、膵周囲の血腫や液体貯留、膵実質内・外の血腫形成、腹水貯留など。
主膵管損傷の評価
CTでは50~60%の診断率ですが、多断面再構成画像やthin slice dataを用いて詳細に評価することが重要です。
内視鏡的逆行性膵管造影(ERCP)
膵管損傷の有無を評価するため有用ですが、侵襲度が高いため循環動態が安定している症例にのみ施行されます。
磁気共鳴胆管膵管造影(MRCP)
非侵襲的で膵管像を得ることができ、ERCPが困難な場合の選択肢です。
4.術中診断
開腹手術時に膵臓損傷の程度を診断します。
膵前面を観察し、膵頭部であればKocherの授動術を行い、膵体尾部下縁を切開して膵を観察します。
術中膵管損傷が不明な場合、ERCPや膵管造影が必要となることがあります。
膵臓損傷の治療
膵臓損傷の治療は、損傷の程度、主膵管損傷の有無、患者さんの全身状態(特に循環動態の安定性)、合併損傷の有無を総合的に考慮して決定されます。
適切な診断と早期の治療が、予後を左右する重要な要素となります。
1.治療方針の決定
膵臓損傷の治療方針を決定する際、以下の要素が重要です。
重症度分類
日本外傷学会の膵損傷分類やAAST(American Association for the Surgery of Trauma)の膵損傷分類が用いられ、損傷の程度を評価します。
2.非手術治療(保存的治療)
主膵管損傷がなく、全身状態が安定している軽度の膵損傷(日本外傷学会分類のI型、II型やIIIa型の一部、AAST分類のGrade I、II)では、非手術治療(保存的治療)が選択されることがあります。
治療内容
- 禁食と補液
- 蛋白分解酵素阻害薬の投与
- 経過観察
3.手術治療
明らかな膵管損傷がある場合、または循環動態が不安定な場合は、手術治療が適応となります。また、膵損傷が軽度でも、合併損傷による開腹手術が必要になることもあります。
術中診断
開腹後、合併損傷の有無を確認し、膵臓の損傷状態を評価します。膵管損傷の有無が不明な場合は、術中ERP(内視鏡的逆行性膵管造影)や膵管造影を行うことがあります。
主な術式
膵損傷の重症度に応じて、以下の手術が選択されます。
軽度の損傷(I型・II型)
通常は開腹手術の適応とはならず、ドレナージによる管理が行われます。
中等度の損傷(IIIa型)
損傷が深く、膵液漏が認められる場合は、膵実質縫合とドレナージが行われます。必要に応じて膵尾部切除(脾温存を考慮)も検討されます。
重度の損傷(IIIb型)
膵体尾部損傷では、膵体尾部切除術が施行頻度が高いとされています。膵頭部損傷の場合は、膵頭十二指腸切除術(PD)が選択されることもありますが、術後合併症が多く慎重な判断が求められます。
場合によっては、ドレーン留置のみを行い、後日再手術で消化管吻合などを行う二期的手術も選択されます。
4.内視鏡的治療
全身状態が安定している場合、内視鏡的治療が適応となることがあります。
膵管ステント留置・内視鏡的経鼻的膵管ドレナージ(ENPD)
膵液漏が抑えられれば、開腹手術を回避できる可能性があります。膵管ステント留置は、術中のガイドや膵・脾の温存手術の可能性を検討する際にも有用です。
5.IVR(Interventional Radiology)
急性期の出血に対するIVR(経カテーテル動脈塞栓術:TAE)
CTで活動性出血が確認された場合、IVRの適応となることがあります。特に後腹膜腔内出血に対しては、低侵襲な治療法として有効です。
膵臓損傷になりやすい人・予防の方法
膵臓損傷になりやすい方
膵臓損傷の主な原因は鈍的外傷であり、特に以下の状況で発生しやすいとされています。
交通事故
日本における膵臓損傷の90%以上は鈍的外傷が原因であり、その多くが交通事故によるものです。
高所からの転落
転落時の強い衝撃により、膵臓が損傷する可能性があります。
外科手術に伴う偶発的な損傷
結腸左半切除術などの腹部手術中に膵臓が損傷することがあります。特に、左結腸間膜の剥離や脾彎曲部の授動時に発生する可能性があり、慎重な手術操作が求められます。
膵臓損傷の予防法
膵臓損傷の予防には、外傷そのものを防ぐことが重要です。
交通事故の予防
シートベルトを正しく着用
シートベルトは、交通事故による身体への衝撃を軽減し、内臓損傷のリスクを低減します。
安全運転を徹底
法規を遵守し、安全な速度で運転することが事故のリスクを減らします。
チャイルドシートやジュニアシートの適切な使用
子どもの体格に合ったシートを使用することで、事故時の安全性が向上します。
関連する病気
- 膵臓損傷
- 膵臓炎
- 膵管の損傷
参考文献
- 日本外傷学会外傷専門診療ガイドライン改訂第 3 版編集委員会(編).外傷専門診療ガイドライ ン JETEC,第 3 版,へるす出版,2023.




