肝芽腫
井林雄太

監修医師
井林雄太(井林眼科・内科クリニック/福岡ハートネット病院)

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大分大学医学部卒業後、救急含む総合病院を中心に初期研修を終了。内分泌代謝/糖尿病の臨床に加え栄養学/アンチエイジング学が専門。大手医学出版社の医師向け専門書執筆の傍ら、医師ライターとして多数の記事作成・監修を行っている。ホルモンや血糖関連だけでなく予防医学の一環として、ワクチンの最新情報、東洋医学(漢方)、健康食品、美容領域に関しても企業と連携し情報発信を行い、正しい医療知識の普及・啓蒙に努めている。また、後進の育成事業として、専門医の知見が、医療を変えるヒントになると信じており、総合内科専門医(内科専門医含む)としては1200名、日本最大の専門医コミュニティを運営。各サブスぺ専門医、マイナー科専門医育成のコミュニティも仲間と運営しており、総勢2000名以上在籍。診療科目は総合内科、内分泌代謝内科、糖尿病内科、皮膚科、耳鼻咽喉科、精神科、整形外科、形成外科。日本内科学会認定医、日本内分泌学会専門医、日本糖尿病学会専門医。

肝芽腫の概要

肝芽腫(かんがしゅ)とは、主に3歳未満の乳幼児に多く発症する肝臓のがんの一種です。特に生後6ヶ月から3歳にかけて発症しやすく、8歳以上での発症は稀ですが、発症すると予後が良くない場合もあります。

肝芽腫の原因

肝芽腫は、主に乳幼児に発生する肝臓のがんの一種ですが、その原因はまだ完全には解明されていません。しかし、いくつかのリスク因子や分子レベルでの原因が判明してきています。

分子レベルでの原因

Wnt/β-カテニン経路の異常
肝芽腫の発症において、細胞内のβ-カテニンというタンパク質が異常に増えることが重要な役割を果たしています。肝芽腫の多くのケースで、β-カテニンが分解されずに細胞内に蓄積し、これが核に移動して細胞の増殖を活性化すると考えられています。
IGF2の過剰発現
BWSにおいては、IGF2(インスリン様成長因子2)という物質が過剰に作られることが、肝芽腫の発生に関係しているとされています。
TERTプロモーター領域の変異
TERTは細胞を「不死化」させる性質を持つ遺伝子で、8歳以上で発症する肝芽腫の一部で変異が見つかっています。
ASCL2の高発現
肝芽腫が腸の上皮細胞に似た増殖の仕方をすることを示す原因として、ASCL2という遺伝子が高く発現していることがわかっています。

肝芽腫の前兆や初期症状について

肝芽腫は、初期の段階では症状がほとんど出ませんが、腫瘍が大きくなると次のような症状が現れることがあります。
お腹のしこり
肝臓内の腫瘍が大きくなり、お腹にしこりが触れることがあります。気づきやすい症状の一つです。
お腹の膨らみ
腫瘍が大きくなることでお腹が膨れてきます。
腹痛
腫瘍が周りの臓器を圧迫したり、腫瘍内で出血が起こると、お腹の痛みを感じることがあります。
食欲の低下
腫瘍が胃を圧迫したり、消化に影響を与えることで、食欲が落ちることがあります。
嘔吐
食欲不振や消化機能の低下に伴って、吐いてしまうこともあります。
発熱
腫瘍の炎症や体への負担で、発熱がみられることがあります。
だるさ
体がだるく、疲れが続くこともあります。
体重減少
食欲不振や代謝の影響で、体重が減ることがあります。

これらの症状が現れたら、小児科または消化器内科を受診しましょう。
稀にですが、腫瘍が破裂すると激しい腹痛や大量の出血が起こり、すぐに緊急対応が必要になることもあります。

肝芽腫の検査・診断

肝芽腫は、診断にさまざまな検査が必要です。初期の症状が特定しにくいため、正確に診断するためには、画像検査や血液検査、さらに必要に応じて組織の検査が行われます。

1. 臨床症状

2. 血液検査
α-フェトプロテイン(AFP)
肝芽腫の特有の腫瘍マーカーで、約90%以上の患者さんで高くなります。3歳未満の小児では生理的にAFPが高いことがあるため、月齢に応じた基準値と比較しながら診断します。
その他の項目
ASTやALT(肝臓の状態を示す値)はあまり上がらず、血小板の数が多くなることがあります。

3. 画像検査
腹部超音波検査
初期検査として、腫瘍の位置や大きさ、血管への影響を調べます。腫瘍により、エコーの見え方が変わり、石灰化を含むこともあります。
CT検査
腫瘍の広がりやほかの臓器への影響、また肺への転移もチェックします。造影剤を使って、腫瘍の位置関係を詳しく確認することができます。
MRI検査
腫瘍の性質をさらに詳しく評価するために行われ、肝芽腫と正常な肝組織の区別を明確にします。

4. 病理組織検査
確定診断には、腫瘍の一部を取って顕微鏡で調べる「病理組織検査」が行われます。特に、年齢によってはほかの病気との区別が必要になるため、精密な検査が欠かせません。

5. 病期分類
肝芽腫の進行具合は、PRETEXT(プレテキスト)分類という方法で評価します。治療前に腫瘍が肝臓のどこまで広がっているかを画像検査で確認し、病期をI〜IVに分類します。

6. リスク分類
肝芽腫の治療方針を決めるために、病期や年齢、AFP値などを基に「リスク分類」を行います。超低リスクから高リスクまで4段階に分けられ、それに応じた治療が選ばれます。

肝芽腫の治療

肝芽腫の治療では、腫瘍を完全に取り除くことを目指し、化学療法と手術を組み合わせた「集学的治療」が行われます。治療方法は、患者さんの年齢や腫瘍の進行度、リスクに応じて異なります。

1. 化学療法

  • 肝芽腫は薬(抗がん剤)に比較的よく反応する腫瘍で、主に「シスプラチン」という薬が使われます。
  • 化学療法は、腫瘍を小さくして手術しやすくすること、また術後の再発を防ぐことを目的としています。
  • シスプラチンは効果が高い薬ですが、副作用として聴力が低下する可能性があり、聴力保護のために「チオ硫酸ナトリウム」という薬を併用することもあります。
  • その他、ドキソルビシン、ビンクリスチン、5-FU、イリノテカンといった薬が補助的に使用されることもあります。

2. 外科療法

  • 肝芽腫の治療において手術は欠かせません。
  • 腫瘍が肝臓の一部に限られている場合は「部分肝切除」という手術で、腫瘍を含む肝臓の一部を取り除きます。
  • 腫瘍が広がっていて部分切除が難しい場合や、複数の腫瘍がある場合は、肝臓全体を取り除き、ドナーから提供された肝臓を移植する「肝移植」も検討されます。日本では主に「生体肝移植」が行われます。

3. リスク別の治療

治療方針は、腫瘍の進行度や転移の有無などに基づき、リスクに応じて異なります。
標準リスク
腫瘍が肝臓の一部に限られていて転移がない場合、部分切除やシスプラチン単剤で治療します。
中間リスク
腫瘍が広がっている場合や血管への浸潤がある場合、肝移植を含めた積極的な治療が行われます。
高リスク
遠隔転移がある場合は、強力な化学療法や手術が必要です。術前の化学療法で転移が消えれば腫瘍を切除し、場合によっては転移部位の摘出や肝移植も行います。

4. 治療効果の判定

  • 治療の効果は、AFP値(腫瘍マーカー)と画像検査で確認します。
  • 効果が出ている場合、AFP値が低下し、腫瘍が小さくなります。完全に腫瘍が除去されればAFP値は正常化しますが、再発するとAFP値が再び上昇することがあります。

5. 晩期合併症

  • シスプラチンによる聴力障害や腎機能への影響、アントラサイクリン系の薬による心臓への負担など、治療によって後遺症が出る可能性があります。そのため、治療後も定期的な検査やフォローアップが重要です。

6. ICG蛍光法

  • 近年では、手術時に「インドシアニングリーン(ICG)蛍光法」という方法が用いられ、見えにくい転移の有無や腫瘍の残り具合をより正確に確認することができます。

7. その他

  • 肝芽腫は一般的に予後(治療後の見通し)が良いとされていますが、リスクの高い患者さんの場合、予後が厳しくなることもあります。
  • 再発が起きた場合、外科的に腫瘍を取り切ることが難しい場合は治療が困難となります。イリノテカンなどが再発時の治療薬として使われることもあります。

肝芽腫になりやすい人・予防の方法

肝芽腫になりやすい人

超低出生体重児
出生時の体重が1,000g以下の赤ちゃんは、2,500g以上で生まれた赤ちゃんに比べ、肝芽腫を発症するリスクが約16倍も高くなります。
特定の遺伝性疾患を持つお子さん
家族性大腸ポリポーシス(FAP)やBeckwith-Wiedemann症候群(BWS)など、遺伝的な疾患を持つお子さんは、肝芽腫のリスクが高くなります。
FAP(家族性大腸ポリポーシス)
APC遺伝子の変異が原因で、肝芽腫が発症しやすくなります。
BWS(Beckwith-Wiedemann症候群)
インプリンティング遺伝子の機能不全が原因で、肝芽腫のリスクが一般よりも高く(約2,280倍)なります。
その他のリスク因子
母親の年齢が若い場合、不妊治療歴がある場合、母親が喫煙していた場合や妊娠中にBMIが高かった場合も、肝芽腫のリスクを高める可能性があるとされています。
年齢
3歳未満の乳幼児に発症することが多く、特に生後6ヶ月から3歳の間で多く見られます。8歳以上で発症する肝芽腫は、予後が厳しいケースもありえます。

肝芽腫の予防方法

残念ながら、現時点では肝芽腫を確実に予防する方法はありません。しかし、リスクがあるお子さんに対しては、定期的な腹部超音波検査や血液検査(AFP値の測定)を行うことで、早期に発見し、早期に治療することが可能です。
特に、FAP(家族性大腸ポリポーシス)の家族歴がある場合、アメリカでは3〜4ヶ月ごとに8歳まで腹部超音波検査やAFP値測定を行うスクリーニングが推奨されています。ただし、ヨーロッパでは、その有効性に関する十分な根拠がないため、推奨されていないなどのケースもあります。


関連する病気

  • ウィルムス腫瘍(腎芽腫)
  • 低出生体重や未熟児合併症
  • 家族性腺腫性ポリポーシス(FAP)
  • ベックウィズ・ヴィーデマン症候群(BWS)

参考文献

この記事の監修医師

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