在宅酸素療法とは?対象疾患や費用、使える制度と生活上の注意点を解説します

肺や心臓の病気により、身体の中に十分な酸素を取り込むことが難しくなったとき、医師から在宅酸素療法(HOT:HomeOxygenTherapy)をすすめられることがあります。聞き慣れない言葉に、ご本人もご家族も「どのような治療なのだろう」「生活はどう変わるのだろう」と、さまざまな不安を感じるかもしれません。
しかし、在宅酸素療法は、患者さんが住み慣れたご自宅で、より快適に、そしてより自分らしい生活を送るための大切な治療法です。この記事では、在宅酸素療法に関する疑問や不安に、Q&A形式で一つひとつ丁寧にお答えします。

監修医師:
林 良典(医師)
消化器内科
呼吸器内科
皮膚科
整形外科
眼科
循環器内科
脳神経内科
眼科(角膜外来)
目次 -INDEX-
在宅酸素療法の基礎知識

在宅酸素療法とはどのような治療ですか?
どのような疾患が在宅酸素療法の対象になりますか?
- 肺線維症・間質性肺炎
- 肺結核後遺症
- 肺がん
- 慢性心不全
- 肺高血圧症
- チアノーゼ型先天性心疾患
- 重度の群発頭痛
在宅酸素療法を開始するには、健康保険を適用するための医学的な基準を満たす必要があります。慢性呼吸不全の場合、基準の中心となるのが動脈血酸素分圧(PaO2)という数値です。これは、動脈の血液中にどれだけ酸素が溶け込んでいるかを示す客観的な指標で、通常は手首の動脈から採血して測定します。
具体的な保険適用の基準は以下のとおりです。
- 安静時の動脈血酸素分圧が55mmHg以下の方
- 安静時の動脈血酸素分圧が60mmHg以下で、睡眠中や運動中(坂道や階段を上るなど)に著しい酸素不足に陥る方
安静にしているときの酸素量が基準値を上回っていても、身体を動かしたときや眠っているときに息切れや酸素不足がみられる方は、治療の対象となることもあります。
在宅酸素療法で使用する機器を教えてください
ご自宅に設置する酸素供給装置には、主に酸素濃縮装置と液体酸素装置の2種類があります。
酸素濃縮装置とは、室内の空気を取り込み、内部のフィルターで空気の約8割を占める窒素を吸着・除去することで、90%以上の高濃度酸素を作り出す装置です。家庭用のコンセントにつなげば、24時間いつでも酸素を供給できます。現在、日本で在宅酸素療法を行う方の約9割がこのタイプを使用しています。
液体酸素装置を使用する場合は、医療ガス会社の専門業者によって、マイナス183度に冷却されて液体になった酸素が充填された大きなタンク(親器)が自宅に設置されます。この液体酸素が少しずつ気化して、気体の酸素になるものを吸入します。電気を必要としないのが大きな特徴です。
酸素を吸入するために鼻カニューラをつなぎます。酸素供給装置から伸びる、やわらかなチューブの先端に鼻に入れる2つの突起がついた器具です。これを鼻に装着して酸素を吸入します。装着したまま食事や会話ができるため、日常生活への影響が少ないのが特徴です。
在宅酸素療法にかかる費用と制度

在宅酸素療法に必要な機器の費用目安を教えてください
機器のレンタル料、定期的なメンテナンス費用、酸素の補充費用などはすべて保険の対象となります。患者さんが窓口で支払う自己負担額は、年齢や所得に応じて定められた負担割合(1割〜3割)によって決まります。
月々の自己負担額の目安は以下のとおりです。
- 1割負担の方:月額約7,700円
- 2割負担の方:月額約15,400円
- 3割負担の方:月額約23,100円
ただし注意点があります。酸素濃縮装置を使用する場合、その稼働にかかる電気代は保険適用外となり、全額自己負担となります。お住まいの自治体によっては、この電気代の一部を助成する制度を設けている場合がありますので、市区町村の役所の担当窓口(障害福祉課など)に問い合わせてみるとよいでしょう。
在宅酸素療法では治療費や処置費が必要ですか?
在宅酸素療法の保険適用を継続するためには、必ず月に1回以上、医師の診察を受ける必要があります。この月1回の受診を怠ると、保険が適用されなくなり、機器のレンタル費用などが全額自己負担になってしまう可能性があります。通院が難しい場合は、訪問診療で対応してもらうことも可能ですので、必ず主治医と相談してください。
在宅酸素療法は高額療養費制度や介護保険の対象になりますか?
在宅酸素療法そのものは医療であるため、費用は医療保険でまかなわれます。一方、介護保険は、病気や加齢によって日常生活に支援が必要になったときに、その生活を支えるためのサービスに利用するものです。つまり、酸素の機器レンタルに介護保険は使えませんが、療養生活を送るうえで困りごとがあれば、介護保険のサービスを組み合わせて利用することができます。
在宅酸素療法中の日常生活での注意点

在宅酸素療法中に外出するときはどうすればよいですか?
携帯用酸素ボンベは、ご自宅で酸素濃縮装置を使っている方が、外出時に利用するものです。酸素ガスが圧縮して詰められており、ボンベの大きさによって使用できる時間が異なります。大きいほど長持ちしますが、その分重くなります。
携帯用液体酸素(子器)は、ご自宅で液体酸素装置を使っている方が利用します。親器から小型の携帯容器(子器)にご自身で液体酸素を充填して持ち出します。酸素ボンベに比べて小型・軽量で、長時間使用できるのが利点です。
在宅酸素療法中の入浴・シャワーの方法を教えてください
酸素濃縮装置やボンベは、湿気の多い浴室には絶対に持ち込まず、脱衣所に置いて長い延長チューブを使って入浴します。チューブが足に引っかからないように、またカニューラの先端がお湯に浸からないように注意しましょう。
ヒートショック対策として、急な温度変化は心臓に負担をかけるため、入浴前に脱衣所と浴室を暖めておきましょう。
お湯は40度程度のぬるめに設定し、長湯は避けて10分〜15分程度を目安にします。
浴槽での姿勢は、肩まで深く浸かると水圧で胸が圧迫され、息苦しく感じることがあります。浴槽の縁に背中を預けたり、みぞおちあたりまで浸かる半身浴にしたりすると楽になります。浴室用の椅子を使うのも大変有効です。
在宅酸素療法中に料理はできますか?
酸素そのものは燃えませんが、物の燃焼を激しく助ける性質(支燃性)があります。そのため、近くに火があると、カニューラや衣服、寝具などに火が移り、あっという間に燃え広がって大変な火傷や火災につながる危険があります。実際に、たばこなどが原因の痛ましい事故が繰り返し報告されています。
火を使わないIHクッキングヒーターや電子レンジを活用することを強くすすめます。ガスコンロを使用する場合は、調理中は酸素吸入を一時的に中断するか、2m以上の安全な距離を確保するなどの対策が必須です。
編集部まとめ

在宅酸素療法は、息苦しさを和らげ、ご自宅でより活動的で質の高い生活を送ることを可能にするための治療法です。
療養生活において最も大切なことは、安全の確保です。特に、酸素は燃焼を助ける性質があるため、周囲2m以内に火気を置かないというルールを徹底し、禁煙を守ることが、ご自身とご家族の命を守るうえで不可欠です。
わからないことや不安なことがあれば、一人で抱え込まずに、主治医や看護師、ケアマネジャー、医療機器の担当者など、いつでも専門家に相談してください。
参考文献
- 独立行政法人環境再生保全機構|在宅酸素療法の社会保険適用基準
- 独立行政法人環境再生保全機構|酸素供給装置
- 独立行政法人環境再生保全機構|【実践編】外出時の酸素療法
- 独立行政法人環境再生保全機構|酸素を吸いながら生活しやすい環境をつくる
- 独立行政法人環境再生保全機構|困ったときに役立つ社会的なサポートを活用しましょう
- 厚生労働省|在宅酸素療法における火気の取扱いについて
- 厚生労働省|在宅酸素療法時は、たばこ等の火気の取扱いにご注意下さい。
- 東邦大学医療センター大森病院 呼吸器内科|在宅酸素療法
- 慶應義塾大学病院 医療・健康情報サイトKOMPAS|在宅酸素療法
- 一般社団法人 日本呼吸器学会(J-BREATH)|在宅酸素療法(HOT)
- 一般社団法人 日本産業・医療ガス協会|在宅酸素療法用酸素及び装置取扱に関する自主基準
- がんを学ぶ|高額療養費の支給申請手続き