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クラスター対策班の医師が語る日本の将来像

 更新日:2023/03/27

日本は現状、新型コロナウイルス感染症の流行を“抑えられている”印象です。しかし、その理由となると見えづらく、施策の不備を訴える声もあります。あらためて今の日本は、「合格点ライン」に乗っているのでしょうか。そして、これから取るべき方策は。クラスター対策班に所属していた神代先生を取材しました。
※本記事の内容は、厚生労働省参与としての発言ではなく、神代先生個人の意見をまとめています。

神代 和明

監修医師
神代 和明(京都大学大学院医療疫学分野研究員)

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金沢大学医学部医学科卒業、米オレゴン健康科学大学大学院(疫学専攻)修了。国内外で臨床・研究経験を積んだ後、厚生労働省の感染症危機管理専門家(IDES)養成プログラムの3期生に加入。その後、世界保健機関や外務省のオペレーションほか、新型コロナ感染症対策に従事し、武漢邦人退避ミッションやクラスター対策班にも参加する。米国内科専門医、米国感染症専門医、米国予防医学専門医。日本内科学会総合内科専門医。米国内科学会フェロー(FACP)。

過去を振り返って、日本の成績はどうだったのか

過去を振り返って、日本の成績はどうだったのか

編集部編集部

先生は、厚労省のクラスター班でお仕事をされていたのですよね?

神代先生神代先生

はい。COVID-19は、例えば季節性インフルエンザよりも軽症や無症状の例が比較的多く、感染してから発症するまで時間を要するなどの特徴があります。また、ごく一部の感染者が多くの人に感染させる、いわゆるクラスターを形成していました。

編集部編集部

クラスターが形成されなければ、感染は広がっていかないと?

神代先生神代先生

そう考えていいでしょう。なおかつ、効率的・効果的にクラスターを見つけられることが判明してきたため、患者集団を扱うクラスター対策班として新型コロナの拡大抑制に尽力してきました。現在でも、公衆衛生対策として感染源のクラスターを検知、確認、対応していく方針に変化はありません。

編集部編集部

日本の累計感染者数は、世界と比べて少ないように思います。

神代先生神代先生

そうですね。いち早く全世界の感染者情報を公開した米ジョンズ・ホプキンス大学の発表でも、そう報告されています。ただし、現時点での状況を理解するには、累計者数より新規感染者数で追うほうが正確です。その点においても、日本の感染は比較的、抑えられているものの、油断なく今後の感染者数を注視していくことが重要です。
※取材日の2020年10月5日時点での情報となります。

編集部編集部

日本に対する、国際的な評価はどうなのでしょう?

神代先生神代先生

WHO(世界保健機関)は、新型コロナウイルス感染症の流行前ですが、各国の公衆衛生学的な対応能力をJEE(Joint External Evaluation)というレポートにして発表しています。その結果を見る限り、日本は高く評価されていますね。ザックリ言えば、「不測の事態が起きても、日本はうまくやっていける」とみられているようです。

編集部編集部

新型コロナ流行後はどうでしょう?

神代先生神代先生

今回の新型コロナに対して、どの国でも感染者数の増減は起きていて、自国のことはもちろん、他国のことを冷静に評価する時期ではないと感じています。第1波(2~5月頃)のときに比べると、海外メディアは日本に対して好意的になってきているような印象があります。

編集部編集部

しかし、国の施策に「手応え」を感じていない国民は多いように思えます。

神代先生神代先生

各施策の評価をできる段階にないからかもしれません。はたして緊急事態宣言がよかったのか、アベノマスクが功奏したのか、学校閉鎖のおかげなのか、まだ、誰もわからないのです。加えて、中国のような「私権を極度に制限するような施策」が、日本の法律では打てないですから、なおさら実感をもちにくいのだと思います。もちろん今後の検証を進めていくべきですが、まだ、“あの対策がよかった”あるいは“悪かった”と簡単に言える時期には至っていないのではないでしょうか。

編集部編集部

感染者の低調傾向について、人種や、日本のBCGワクチン接種が関係しているとの説も聞きますが?

神代先生神代先生

国単位の比較からBCG接種の「効果があった」とする報告と、接種した人と接種しなかった人を比べて「差はなかった」という報告があり、なんともいえないのが正直な感想です。疫学的な観点から言えば、可能であればBCG接種を打った人と打っていない人を比較すべきでしょう。また、米国では、人種差で入院率や死亡率が異なるなど、人種間の相違が示唆されています。しかし、健康保険の有無や所得など社会的な要因も非常に関係するので、注意して解釈する必要があります。

2020年の暮れにかけて、今、起きようとしていること

2020年の暮れにかけて、今、起きようとしていること

編集部編集部

そうしたなかで政府は、行動の自粛を解除しはじめましたね?

神代先生神代先生

Go Toトラベルの東京解禁、Go To イートの開始などですよね。正直、その影響について、誰もわからないのではないでしょうか。よく言われることかもしれませんが、アクセルとブレーキは“ともに”必要です。国にとって、我々専門家がブレーキを喚起しすぎても好ましくなく、その結果として打ちだされた方針なのでしょう。

編集部編集部

新型コロナは「集団の中で広まる」ので、少人数での移動なら許容範囲ということでしょうか?

神代先生神代先生

Go To トラベルのことでしょうか? 個人的には、状況にもよると感じています。例えば、自身がお住まいの場所の感染状況を鑑みて判断されてはいかがでしょうか。まずは少人数で移動して、3密に気をつけて対応するなら大丈夫のように感じます。それに、民主的な日本という国の場合、最終的な判断はみなさんが下されるでしょう。様々なツールがあると思いますし、今後出てくると思います。クラスター対策班のメンバーだった京都大学古瀬医師による“流行状況にもとづくイベント開催リスク”を評価するウェブサイト(※1)を作ったり、今後同様なお手軽な参考にするものが作られたりして、検証されていくようになるといいですね。全国のコロナ予報が天気予報みたいな感じで、常に一定の正確性を持ってアップデートされる。それを見て、自身の行動を判断するといったツールができていくといいですよね。

※1:新型コロナの流行状況にもとづくイベント開催リスク
https://yukifuruse.shinyapps.io/covid_eventrisk_jp/

編集部編集部

結局は、自己判断、自己責任ですよね?

神代先生神代先生

政府がどういった政治判断のプロセスを経てGo To トラベルを施行したのかなど、情報収集をしていただいて、判断されるのがいいかと思います。薬の処方などもそうですが、医師は、内服するメリットと副作用リスクを天秤にかけて判断しています。それをのむかどうかは、最終的に患者さんの判断であると感じています。それと同様に、メリットとリスクの両方を考えることが大切です。

編集部編集部

クラスター対策班として、現段階での反省点などはありますか?

神代先生神代先生

世界中の人に、どうやったら日本の取り組みを正しく伝えられるのか。その点に、かなり苦心しました。国内向けの情報発信については、ある程度の手応えを感じています。しかし、海外のメディアは一時期、「日本は検査も十分にしていないし、施策に強制力が伴わないし、中途半端だよね」などと報じていました。ですから、きちんと伝えきれなかったと反省しています。

編集部編集部

反省を原点とする「新しい動き」はありますか?

神代先生神代先生

情報発信の課題感から、新たなウェブサイト(※2)を有志の方と主宰することにしました。目的としては、海外に向けた日本の施策や文化、法律背景、疫学情報やその分析などの公開です。作成中なので見栄えはまだまだですが、疫学情報を毎日更新するなど、有用なコンテンツの充実に努めています。

※2:Response COVID-19(英語表記だが、ブラウザにより日本語訳が可能)
https://www.responsecovid19.org/

これからの日本の出口戦略

これからの日本の出口戦略

編集部編集部

今後、クラスター対策班の役割はどうなっていくのでしょう?

神代先生神代先生

クラスターの追跡が、新型コロナウイルス感染症の疫学対策の中で重要であることは、これからも変わりないでしょう。ただし、追うべきクラスターの中身が、次々に更新されていくような将来像を描いています。既知のクラスターで分かったことの周知、発見した新クラスターの分析と対策構築です。

編集部編集部

「新型コロナ物語」はまだ序章で、その展開が変わり続けていくのでしょうか?

神代先生神代先生

Lord of COVID19ですか。そう思います。今後もしばらくは、感染状態の「山と谷」が続いていくのでしょう。そこに、ワクチンや専用の治療薬の登場が、どうインパクトを与えていくかですね。大切なのは、試行錯誤して得られた「プラスの結果」を「マイナスの結果」とともに、次の教訓として生かすことです。“新型の”新型コロナウイルスなどの他のパンデミックが発生する可能性は、常にありえます。

編集部編集部

国の施策のみならず、私たちの認識も大切ですよね?

神代先生神代先生

ニューノーマル」や「ウィズコロナ」などと言われている知恵が散見されてきました。国の施策を参考にしながら、個人の工夫また受け身ではなく積極的な情報収集が求められます。限られた医療リソースの優先順を決める必要が起こりうるなど、「有事には、こういうことが起きる」ということは、現在の新型コロナウイルス 感染症のみでなく将来の同様なアウトブレイクが起きた際にも起こる事柄です。平時から準備をしていく大切さを、ぜひ、みなさんの心に刻み込んでおいてください。

編集部まとめ

国の施策には、疫学的な観点のほか、社会・文化・経済・国民性などのさまざまなバックグラウンドが反映されます。こうした要素が海外へ正しく伝わっていないと、正確な評価は得られません。どうやら日本はこの点で、少し遠回りをしたのかもしれないですね。また、今後の将来像について政府からなんらかの施策や方向性が打ちだされたとしても、結局は「自己判断」が必要になってくるでしょう。肝心な判断材料については、クラスター対策班の成果とともに、我々の経験則も積み重なっているはずです。貴い犠牲の末に得た教訓を、人類の財産として共有していきましょう。