近年、日本の夏はかつてないほどの猛暑に見舞われ、熱中症は誰にとっても身近な脅威 となっています。近年では熱中症による救急搬送者数は全国で9万人に達して年々増えています。これは決して他人事ではなく、正しい知識を持つことが、ご自身や大切なご家族の命を守る第一歩となります。本記事では、どのような方に熱中症が起こりやすいのか、どのような環境が危険なのか、そして具体的な予防策をQ&A形式でわかりやすく解説します。
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昭和大学卒業。大学病院で初期研修を終えた後、外科専攻医として勤務。静岡赤十字病院で消化器・一般外科手術を経験し、外科専門医を取得。昭和大学大学院 生理学講座 生体機能調節学部門を専攻し、脳MRIとQOL研究に従事し学位を取得。昭和大学横浜市北部病院の呼吸器センターで勤務しつつ、週1回地域のクリニックで訪問診療や一般内科診療を行っている。診療科目は一般外科、呼吸器外科、胸部外科、腫瘍外科、緩和ケア科、総合内科、呼吸器内科。日本外科学会専門医。医学博士。がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会修了。JATEC(Japan Advanced Trauma Evaluation and Care)修了。ACLS(Advanced Cardiovascular Life Support)。BLS(Basic Life Support)。
熱中症になりやすい人の特徴
熱中症の患者数と年齢別の人数を教えてください
総務省消防庁が発表した統計では、熱中症の脅威が特定の年齢層に集中している深刻な実態を浮き彫りにしています。令和6年(2024年)5月から9月の間に熱中症で救急搬送された全国97,578人のうち、
大きな割合を占めたのは65歳以上の高齢者 で、その数は55,966人にのぼり、全体の約57%に達しています。
これは、日本の高齢化社会において熱中症対策がいかに喫緊の課題であるかを示しています。次に多いのは18歳から64歳の成人で32,222人(約33%)、続いて7歳から17歳の少年が8,787人(約9%)となっています。そして、最も身体的な抵抗力が弱いとされる0歳から6歳の乳幼児も601人(約0.6%)が搬送されており、年齢を問わず注意が必要であることがわかります。特に高齢者の方々は、暑さや喉の渇きを感じる感覚が鈍くなる傾向があるため、自覚症状がないまま重症化するケースが多く、周囲の注意深い見守りが不可欠です。
熱中症になりやすい人に特徴はありますか?
まず、
高齢者や子ども は特に注意が必要です。高齢者は加齢に伴い、体温を一定に保つための生理機能、例えば発汗や血流の調整能力が低下します。一方で、子ども、特に乳幼児は体温調節機能がまだ十分に発達していないため、外気温の影響を強く受けやすいのです。
また、糖尿病、心血管疾患、精神疾患といった基礎疾患をお持ちの方もリスクが高まります。これらの疾患は、
体内の水分バランスや自律神経の働きに影響を及ぼし、正常な体温調節を妨げる 可能性があるためです。さらに、服用している薬が原因となることもあります。利尿薬や一部の血圧の薬、抗精神病薬などは、脱水を促進したり、身体の冷却反応を鈍らせたりする副作用を持つ場合があるため、かかりつけの医師に相談することが望ましいでしょう。
熱中症にかかりやすい病気を教えてください
特定の持病を持つ方は、健康な方と比べて熱中症を発症するリスクが著しく高まることが医学的に指摘されています。2024年に約10年ぶりに改訂された日本救急医学会の『熱中症診療ガイドライン』では、この点について詳細な言及がなされています。具体的には、
糖尿病、高血圧症、心不全などの心血管疾患、慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの呼吸器疾患、そして統合失調症などの精神疾患 が、熱中症のリスクを高める代表的な基礎疾患として挙げられています。
これらの疾患がリスクとなる背景には、それぞれ異なるメカニズムが存在します。例えば、糖尿病では自律神経障害を合併しやすく、発汗機能が低下することがあります。心不全や高血圧症では、体温調節のために重要な皮膚への血流増加が心臓に負担をかけるため、身体の冷却システムが十分に機能しないことがあります。
涼しい地域で育った人は熱中症になりやすいですか?
その可能性は科学的に見ても高いといえます。この現象を理解する鍵は、
暑熱順化(しょねつじゅんか) という身体の適応能力にあります。暑熱順化とは、私たちの身体が暑い環境に繰り返しさらされることで、徐々にその暑さに対応できるようになる生理的なプロセスのことです。
この順化が適切に進むと、身体にはいくつかの重要な変化が起こります。具体的には、より低い体温で汗をかき始めるようになり、発汗量も増加します。さらに、汗に含まれる塩分(ナトリウム)の濃度が低くなるため、体内のミネラルを失いにくくなります。これらの変化によって、汗の気化熱を利用した体温冷却がより効率的に行われるようになるのです。この暑熱順化が完成するまでには、個人差はありますが、数日から2週間程度の期間が必要とされています。
熱中症になりやすい外的要因
熱中症になりやすいのはどのような天気のときですか?
環境省は気温・湿度・輻射熱をまとめた指標『
WBGT(暑さ指数) 』で28度以上を厳重警戒と定めています。具体的には次の条件で発症が急増します。
最高気温30度超かつ湿度70%以上
WBGT28度以上の日
梅雨明け直後や連休明けなど暑熱順化がまだ進んでいない時期
熱中症になりやすい室内の環境を教えてください
室温が28度を超え、相対湿度が70%以上になると汗が蒸発しづらくなります。さらに換気が不十分で輻射熱が加わる調理場・リネン室などはリスクが高まります。厚生労働省は『室温28度以下かつ湿度70%以下』を推奨しています。
熱中症になりやすい仕事や運動はありますか?
屋外建設作業、農作業、警備、消防活動、長距離走、サッカーなど強度が高い運動は注意が必要です。特に防護服やヘルメットを着用し発汗が蒸発しにくい場合、作業開始後3日以内に起こりやすいと報告されています。
熱中症になりやすい人が予防する方法
熱中症のリスクが高い方が熱中症を予防する方法はありますか?
対策は、
大きく分けて4つの柱で考えることができます 。第一に、暑さを避けるという基本的な行動です。環境省が公表している暑さ指数(WBGT)を確認し、指数が28以上を示すような厳重警戒レベルの日や時間帯には、不要不急の外出や屋外での激しい運動を中止または延期する判断が求められます。
室内においても、ためらわずにエアコンを使用し、室温を28度以下に保つことが命を守る行動につながります。
第二に、こまめな水分・塩分補給です。のどが渇いたと感じる前に、意識的に水分を摂取することが基本です。特に大量の汗をかいた際には、水分だけでなく塩分も同時に失われてしまいます。日本スポーツ協会などは、このような状況下で0.1~0.2%の食塩を含む飲料の摂取を推奨しており、これは水1リットルあたり食塩1~2gに相当します。
市販のスポーツドリンクや経口補水液は、このバランスを考慮して作られているため、効果的に利用するとよいでしょう。
第三に、身体を効率的に冷やす工夫です。外出時には、水で濡らしたタオルや市販の冷却シート、携帯扇風機などを活用し、特に太い血管が通っている首筋や脇の下、足の付け根などを冷やすと体温を下げやすくなります。
第四に、夏本番を迎える前からの暑熱順化です。ウォーキングや入浴などで日常的に軽く汗をかく習慣をつけ、身体を徐々に暑さに慣らしておくことで、本格的な暑さに対する抵抗力を高めることができます。
熱中症を予防するために日々の生活で注意することを教えてください
熱中症の予防は、特別な対策だけでなく、日々の生活習慣のなかに組み込むことで、より効果的になります。具体的には以下のようなことを意識してください。
室温が28度を超えたら迷わずエアコンを使う
通気性が高い薄い長袖や吸汗速乾素材の衣服を選ぶ
寝不足や朝食抜きは避ける(体温調節に必要なエネルギーと水分が不足するため)
アルコールやカフェインの摂り過ぎに注意し、日中はこまめに水分を口にする
熱中症リスクが高い日をあらかじめ把握することはできますか?
環境省の熱中症予防情報サイトや熱中症警戒アラートを利用すると、WBGTの実況値と翌日の予測値をスマートフォンに通知できます。外出・作業の予定を立てる前に確認し、予定の変更や装備の準備を行うとよいでしょう。
編集部まとめ
熱中症は、そのメカニズムを正しく理解し、適切な予防策を講じることで、その多くを防ぐことが可能な災害です。救急搬送者数は増加しておりその脅威は年々深刻化しています。特に、搬送者の半数以上を占める高齢者の方々や、体温調節機能が未熟な子どもは、周囲の注意深いサポートが不可欠です。また、熱中症は炎天下の屋外だけでなく、全体の約4割が発生している住居など、室内でのリスクも高いことを忘れてはなりません。
日々の対策としては、気温だけでなく湿度や輻射熱を考慮した暑さ指数(WBGT)を常に意識し、指数が28を超えるような日は特に警戒が必要です。
のどが渇く前のこまめな水分・塩分補給 、ためらわずにエアコン を使用すること、そして夏本番前からウォーキングや入浴で身体を暑さに慣らす暑熱順化 を計画的に行うことが、自分と大切な方の命を守るための鍵となります。環境省の熱中症予防情報サイトやLINEのアラートなどを活用し、日々の生活に予防の視点を取り入れ、厳しい夏を乗り切りましょう。
高宮 新之介 医師
監修記事一覧
昭和大学卒業。大学病院で初期研修を終えた後、外科専攻医として勤務。静岡赤十字病院で消化器・一般外科手術を経験し、外科専門医を取得。昭和大学大学院 生理学講座 生体機能調節学部門を専攻し、脳MRIとQOL研究に従事し学位を取得。昭和大学横浜市北部病院の呼吸器センターで勤務しつつ、週1回地域のクリニックで訪問診療や一般内科診療を行っている。診療科目は一般外科、呼吸器外科、胸部外科、腫瘍外科、緩和ケア科、総合内科、呼吸器内科。日本外科学会専門医。医学博士。がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会修了。JATEC(Japan Advanced Trauma Evaluation and Care)修了。ACLS(Advanced Cardiovascular Life Support)。BLS(Basic Life Support)。