【前編】宮川花子、マラソン中に感じた違和感。“ただの腰痛”に隠れた「多発性骨髄腫」とは?

「ただの腰痛だと思っていたのに」――。腰痛や貧血といった一見ありふれた症状の裏に潜んでいたのは、血液のがんという現実でした。人気漫才コンビ「宮川大助・花子」として活躍していた宮川花子さんは、マラソン中に感じた違和感をきっかけに、血液がんの一種「多発性骨髄腫」と診断されました。骨の痛みから整形外科を受診しても気づかれにくく、発見が遅れることもある多発性骨髄腫とはどのような病気なのでしょうか。本記事では、発覚から診断に至るまでの経緯と見逃してはいけない初期症状について、日本血液学会血液専門医・指導医の神田善伸先生とともに詳しく解説します。
※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2026年4月取材。
> 【解説画像あり】老化と勘違いしやすい「血液がん」の初期症状

宮川 花子 (お笑い芸人)

宮川 大助(お笑い芸人)

神田 善伸 医師(血液内科専門医)
「ただの腰痛だと思っていたのに」多発性骨髄腫と診断されるまでの経緯

神田先生
花子さん、現在の体調はいかがですか?
花子さん
今は週に1回、抗がん剤の注射を受けています。入院して薬の効き具合を見ながら治療してきましたし、今も1日に20錠ほど薬を飲んでいます。循環器や消化器などいくつもの診療科の先生が関わってくださって、「がんってこんなに大変なんや」と実感しました。治療のあとはしんどい日もありますが、周りの人に助けてもらいながら過ごしています。
神田先生
多発性骨髄腫と診断されるまでの経緯について教えてください。
花子さん
きっかけはマラソン大会でした。11km走っている途中で、急に腰が痛くなりました。「こんなこと今までなかったのに」と思いながらも、途中でやめたくなくて、そのままゴールまで走りきりました。仲間もいたので、何かあっても助けてもらえると思って、とにかく最後まで走ったんです。
大助さん
それまで花子は健康に自信があって、長年マラソンも続けていました。だからゴールしたときの様子は明らかにおかしかったですね。それでもその後、舞台に立って漫才をやって帰りました。ただ、10日たっても体調が戻らなかったんです。これはおかしいと感じて、病院に連れて行きました。
神田先生
最初はどのような診療科を受診されたのでしょうか?
花子さん
最初は腰が痛かったので整形外科に行きました。でも担当の先生が「これは骨の問題ではない。血液の病気の可能性がある」と言ってくださって、血液内科に紹介されました。その後、大学病院で検査を受けて、多発性骨髄腫と診断されました。
神田先生
多発性骨髄腫は、白血球の一種の形質細胞ががん化する病気です。本来は抗体を作る役割を持つ細胞ですが、骨髄の中で異常に増えることで、さまざまな症状を引き起こします。特徴的なのは骨への影響です。骨を壊す細胞の働きが強くなり、逆に骨を作る働きが弱くなるため、結果として骨がもろくなったり、溶けたような状態になったりします。その結果、腰痛や骨折として症状が表れることがあります。
大助さん
腰が痛いだけでは、血液の病気とはなかなか思わないものなのですね。
神田先生
この病気は骨だけでなく全身に影響します。骨の痛みに加えて、骨髄の中で異常な細胞が増えることで、正常な血液が作られにくくなり、貧血が起こることもあります。また、異常なタンパク質が体内で増えることで、腎臓に負担がかかることもあります。症状が多岐にわたるため、整形外科や腎臓内科を受診してから診断に至る患者さんも多く、気づかれにくい病気でもあります。
大助さん
診断されたときは、本当に頭が真っ白になりました。夫婦で何も話せず、そのまま無言で家まで歩いて帰りました。
神田先生
診断を受けたときはどのようなお気持ちでしたか?
花子さん
最初は、どんな病気なのかよく分からなかったんです。最初に出した本には「絶対治る」と書いたくらいでした。でも後で完治しない病気だと知り、「治らへんの?」と驚きましたが、治らなくても、病気と向き合っていきたいという気持ちはずっとありました。
神田先生
診断後、生活やお仕事にはどのような変化がありましたか。
花子さん
最初の入院は長くて、8カ月ほどほとんど動けない状態でした。何カ所も骨が折れていて、ベッドの上で過ごす日々が続きました。それまで当たり前にできていた仕事もできなくなって、「この先どうなるんやろう」と思うこともありました。
大助さん
受診の判断をしたのもそうですし、入院後は通院や日常生活のことも含めて、できるだけ付き添うようにしていました。元気に動いていた人が急に動けなくなるので戸惑いもありましたが、「支えるのは当たり前や」と思っていました。
腰痛や貧血の裏に潜む血液がん-多発性骨髄腫の特徴と注意点
神田先生
多発性骨髄腫は高齢になるほど発症しやすく、発症時の年齢の中央値は約70歳とされています。男性にやや多い傾向がありますが、誰にでも起こり得る病気です。近年は治療法が大きく進歩しており、多発性骨髄腫は適切な治療を続けながら長く付き合っていく病気として捉えられるようになってきました。
大助さん
やっぱり、何か目標があると違うと思うんです。「また舞台に立ちたい」とか、「ここまで頑張ろう」とか、そういう気持ちがあると全然違いますよね。そういう前向きな気持ちが、結果的に治療にもつながっているのではないかと感じています。
神田先生
目標を持ってもらうことは大切です。また、早い段階で正しく診断することも重要です。最近では、健康診断をきっかけに診断される患者さんも増えています。貧血や腎機能異常など、血液検査で分かる変化が診断につながることがあります。早く状態を把握することで、いろいろな内臓の問題が出る前に治療を開始することが可能になります。
大助さん
健康診断はやっぱり大事だと思いますね。僕らも経験して、早く気づくことの大切さを実感しました。
花子さん
私も「こんなことないのに」と思ったのが始まりでした。体の異変を感じたら、そのままにせず、きちんと診てもらうことが大切だと思います。
編集後記
今回の記事では、多発性骨髄腫の発覚から診断に至るまでの経緯を振り返りました。腰痛や貧血といった一見ありふれた症状の中に、重大な病気が隠れていることもあります。症状を自己判断で見過ごさず、早期に医療機関を受診することが、その後の治療や経過を大きく左右します。突然の診断に直面しながらも、前を向いて病気と向き合い続ける宮川花子さんと、それを支え続ける宮川大助さんの姿は、多くの人に気づきと勇気を与えてくれるはずです。本稿が読者の皆様にとって、体の小さな異変に目を向けるきっかけとなりましたら幸いです。





