目次 -INDEX-

  1. Medical DOCTOP
  2. 医科TOP
  3. 三大疾病
  4. がん
  5. 「腹膜播種の進行速度」はご存知ですか?「大腸がん」などがん種ごとの特徴を解説!

「腹膜播種の進行速度」はご存知ですか?「大腸がん」などがん種ごとの特徴を解説!

 公開日:2025/07/31
腹膜播種(ふくまくはしゅ)とは、がん細胞が腹腔内(お腹の中)に散らばり、腹膜(腹腔を覆う膜)に多数のがん転移が生じた状態を指します。胃がん・大腸がん・膵がんなど消化管のがんや、卵巣がんなど婦人科系のがんで起こりやすく、予後(病気の経過や生存期間)が不良な病態です。

腹膜播種が進行すると腹水の貯留(がん性腹水)や腸閉塞など深刻な症状を引き起こし、患者さんの生活の質が大きく低下してしまいます。そのため腹膜播種の進行速度を把握し、適切なタイミングで治療することが重要です。この記事では、がんの種類ごとに腹膜播種の進行の早さや広がり方の違い、そして腹膜播種が見られた場合の主な治療方法を、患者さん向けにわかりやすく解説します。
高橋 孝幸

監修医師
高橋 孝幸(医師)

プロフィールをもっと見る
国家公務員共済組合連合会 立川病院 産婦人科医長。大阪市立大学卒業後、慶應義塾大学大学院にて医学博士号を取得。足利赤十字病院、SUBARU健康保険組合 太田記念病院、慶應義塾大学病院の勤務を経て、現職。理化学研究所 革新知能統合研究センター 遺伝統計学チーム/病理解析チーム 客員研究員。診療科目は産婦人科、消化器内科、循環器内科。日本産科婦人科学会専門医・指導医。専門は婦人科腫瘍、がん治療認定医、日本産科婦人科学会内視鏡技術認定医(腹腔鏡)、ロボット支援下手術など。診療科目は産婦人科、消化器内科、循環器内科。

がんの種類別|腹膜播種の進行速度

腹膜播種の起こし方や進行速度は、原発巣となるがんの種類によって大きく異なります。一般に、がんの悪性度が高い=進行速度が速いと考えられ、悪性度の違いにより腹膜播種の広がり方(結節がゴツゴツとできるタイプか、びまん性に広がるタイプか)も変わります。以下に主要ながん種ごとの特徴を説明します。

胃がんの腹膜播種

胃がんでは腹膜播種が大変起こりやすく、手術時に腹膜播種が見つかると根治手術ができない要因となるほか、胃がん再発のなかでも頻度の高い再発形式です。特にスキルス胃がん(未分化型・印環細胞がんなど)は腹膜に染み渡るように広がり(浸潤硬化型)、短期間で腹膜全体に播種が拡がる傾向があり悪性度が高いとされています。

一方で、肉眼的に見える腹膜播種の範囲(広がりの程度)によって予後に大きな差があります。例えば、腹膜播種の範囲を示す指数であるPCI(腹膜癌指数)が低い患者さんでは中央値で約18ヶ月生存できたのに対し、PCIが高い患者さんでは中央値5ヶ月程度と生存期間に大きな開きが報告されています。このように、胃がん腹膜播種は進行速度や広がり方の程度によって、生存期間が大きく左右されます。

膵がんの腹膜播種

膵臓がんは大変進行が速く厳しい病気として知られていますが、腹膜播種が生じた場合も例外ではありません。膵がんは腹膜にびまん性に広がるタイプ(浸潤硬化型)の播種を起こすことが多く、腹膜播種が見られた時点で病状が急速に悪化する傾向があります。進行膵がんでは診断時に肉眼では見えない微小な腹膜播種をすでに有しているケースも多く、ある研究では膵体尾部がんが4cmを超えると約65%に腹膜播種が検出されたとの報告もあります。膵がん腹膜播種は悪性度が極めて高く、治療法も限られるため、現状では全身化学療法(抗がん剤)による対症療法が主体となり、集中的な治療の有効性については今後のエビデンス蓄積が期待されています。

大腸がんの腹膜播種

大腸がん(結腸・直腸がん)でも、進行したものでは腹膜播種が見られることがあります。大腸がんのなかでも分化型(成熟した腺がん)の場合、腹膜に大きな腫瘤(結節)を多数形成するタイプの播種となることが多く、胃や膵の未分化がんに比べると進行はやや緩やかともいわれます。

しかし放置すれば着実に増悪し、従来は予後不良な状態でした。ただし近年、大腸がん腹膜播種に対しては選択された症例で外科的切除(腫瘍減量手術)を行い、場合によっては腹腔内温熱化学療法(HIPEC)を併用する集学的治療によって生存期間の延長が期待できることがわかってきました。欧米では、腹膜播種を有する大腸がん患者さんの一部に対し、徹底的に腫瘍を外科的に取り除く手術が根治を目指す治療戦略の要であると考えられています。

実際、腹膜播種を伴う大腸がんであっても、原発巣と播種病変を完全切除できた症例では5年生存が可能なケースも報告されています。このように大腸がんの腹膜播種は、症例によっては進行を抑え込みつつ長期生存を目指せる状況になってきています。

腹膜偽粘液腫の腹膜播種

腹膜偽粘液腫(ふくまくぎねんえきしゅ)は、主に虫垂(盲腸の突起)由来の粘液産生腫瘍が腹腔内に広がる特殊な病態です。大量のゼラチン状の腹水と腹膜への粘液質のがん沈着が特徴で、進行は緩徐(ゆっくり)です。腹膜偽粘液腫は悪性度が低いタイプの腹膜播種に分類され、多くの場合はほかのがんの腹膜播種よりも進行速度が遅く、時間をかけて腹腔内に広がります。しかし放置すればやがて腹腔内が粘液で埋まり臓器機能が障害されるため、治療は必要です。

主な治療法は腫瘍減量手術(徹底的な腫瘍切除)であり、可能ならばHIPECを併用して残ったがん細胞を一掃します。腹膜偽粘液腫は手術により長期生存や症状の大幅な改善が期待できる病態であり、ほかのがんによる腹膜播種に比べれば落ち着いたペースで進行する点が大きな違いです。

卵巣がんの腹膜播種

卵巣がんは初診時から腹膜播種(腹膜転移)を伴うことが多く、いわゆるステージIIIの状態で見つかるケースが多々あります。卵巣がんの腹膜播種も結節型(腹膜に大きな腫瘤を形成)となることが多く、骨盤内や腹腔内に転移巣が散らばりますが、外科手術でこれらの腫瘤を可能な限り取り除くこと(腫瘍減量術)が治療の基本です。

卵巣がんは抗がん剤が効きやすいタイプのがんでもあり、手術後の化学療法(特にプラチナ製剤を含む薬剤)によって多くの症例で腹膜播種が縮小・消失します。そのため、腹膜播種があっても治療によって進行を一時的に止めたり後退させたりできるケースが多いといえます。このように卵巣がんの腹膜播種は治療に対する反応が良好な場合が多く、適切な治療によりゆっくりと経過させる場合もあります。

腹膜播種が生じている場合の治療方法

腹膜播種が確認された場合でも、近年では治療法の進歩により積極的治療と症状緩和を両輪とした治療が行われます。大きく分けて、抗がん剤治療(化学療法)と手術療法、もしくはその組み合わせが検討されます。がんの種類や腹膜播種の程度、患者さんの体力によって適切な治療法は異なります。

抗がん剤治療

腹膜播種に対する基本の治療は全身化学療法(抗がん剤治療)です。胃がん・大腸がん・膵がん・卵巣がんいずれの場合も、現代の標準的な抗がん剤レジメンを用いることで、生存期間の延長や症状の改善が期待できます。実際、胃がん腹膜播種の患者さんでは抗がん剤治療を行うことで生存期間中央値が1年前後に延びることが報告されており、治療しない場合に比べ予後が改善します。大腸がんや卵巣がんでも、抗がん剤+分子標的薬(例えば大腸がんならベバシズマブ[抗VEGF抗体]、卵巣がんならベバシズマブに加えてPARP阻害剤など)が腹膜播種に有効な場合があり、腹水が減る・腫瘍が縮小するなどの効果が報告されています。

また腹腔内への抗がん剤投与という局所療法も腹膜播種特有の治療手段です。卵巣がんでは従来から手術後の腹腔内化学療法が試みられ一定の成果をあげてきましたし、胃がん腹膜播種に対しても腹腔内にパクリタキセルを注入する治療法が研究されています。さらに近年は、エアロゾル化した抗がん剤を腹腔内に噴霧する新技術(PIPAC療法:加圧腹腔内エアロゾル化学療法)も登場しつつあり、従来の方法で効果が得られにくい腹膜播種に対する新たな化学療法として期待が高まっています。ただし腹膜播種が高度で腹水が大量に貯留している場合は、抗がん剤治療の効果が限定的であることも多く、そのような末期症例では症状緩和を重視した治療に切り替えます。

手術療法

腹膜播種に対する手術療法には、大きく分けて (1) 腫瘍減量手術(細かな播種も含め可能な限り腫瘍を摘出する手術) と、(2) 症状緩和目的の手術 があります。腫瘍減量手術は卵巣がんで標準的に行われているほか、大腸がんや腹膜偽粘液腫でも条件が整えば実施されます。

例えば大腸がんでは、腹膜播種が同時性(初発時からある場合)でも原発巣と播種病変を同時に切除してR0(がん遺残なし)手術を行うことが強く推奨されています。また腹膜偽粘液腫では、まず徹底的に腫瘍を切除することが生存率向上につながるため、可能な限り腫瘍を取り除く手術が選択されます。手術時にHIPEC(腹腔内温熱化学療法)を併用することも、選択肢の一つです。経験豊富な施設で適切な患者さんに施行すれば、腹膜播種に対するHIPEC併用手術は生存期間を延長できる治療法として国際的にも認知されています。

一方、胃がんや膵がんの腹膜播種では、散らばった腫瘍をすべて取り切ることが極めて難しく、手術そのものが患者さんの負担になるだけで根本的な改善につながらないケースが多いため、原則として腫瘍減量手術は行われません(胃がんでは腹膜播種がある状態で胃切除しても予後改善しないことが大型試験で示されています)。代わりに(2)症状緩和のための手術が検討されます。腹膜播種が原因で腸閉塞を起こしている場合に腸管のバイパス手術や人工肛門造設を行って食物の通り道を確保したり、腹水が膨満感や呼吸困難を引き起こす場合に腹腔-静脈シャント術(腹水を静脈に戻す管を留置する)を行うことがあります。これらは根治目的ではありませんが、患者さんの苦痛を和らげる大切な治療です。腹膜播種に対する治療はこのように多方面にわたり、患者さん一人ひとりの状態に合わせて組み合わせが検討されます。

腹膜播種の進行についてよくある質問

ここまで腹膜播種の進行について紹介しました。ここでは「腹膜播種の進行」についてよくある質問に、Medical DOC監修医がお答えします。

腹膜播種の進行が止まることはある?

高橋 孝幸高橋 孝幸 医師

基本的に腹膜播種は何もしなければ進行が止まることなく悪化していくと考えられます。しかし、治療が奏功してがんの活動性が低下すれば、一定期間進行を抑え込む(病状が安定する)ことはあります。例えば卵巣がんの腹膜播種では、手術と抗がん剤治療により腹腔内のがんが見えなくなるまで消失し、その後長期間再発しないケースも存在します。また腹膜偽粘液腫のように進行速度が極めて遅いタイプのがんでは、手術で大部分の腫瘍を取り除いた後、残ったわずかな腫瘍が再増殖するまでに数年単位の時間がかかることもあります。このように、がんを完全に消し去るまでいかなくとも、治療によって腹膜播種の進行を遅らせたり止めたりできる可能性はあります。ただし、多くの場合はいずれ再度がんが活動性を増し進行してくるため、定期的な経過観察と必要に応じた追加治療が重要です。

腹膜播種と共存しながら長生きできる?

高橋 孝幸高橋 孝幸 医師

がんの種類や腹膜播種の程度によりますが、近年は治療の進歩により腹膜播種と共存しながら数年間生存できる可能性も出てきています。従来、腹膜播種があると余命半年〜1年程度と厳しい予後といわれてきました。しかし、例えば大腸がんの腹膜播種でも選択された患者さんに対して積極的に手術と抗がん剤を組み合わせた治療を行った結果、5年後に約20%の患者さんが生存していたとの報告があります。卵巣がんでも適切な治療で5年以上生存する患者さんは少なくありません。
腹膜偽粘液腫にいたっては、低悪性度であれば術後に10年以上再発なく過ごすケースも報告されています。とはいえ腹膜播種と診断された時点で進行が進んでいるのは確かであり、楽観視は禁物です。長期生存を目指すには、主治医と相談しながらあきらめずに治療を継続することが大切です。定期的な画像検査や腫瘍マーカーのチェックを行い、再燃の兆候があれば早めに追加治療を検討します。近年は新しい薬剤や治療法も登場しているため、主治医に情報を確認しながら適切な治療戦略を立てていきましょう。

腹膜播種が悪化するとどうなる?

高橋 孝幸高橋 孝幸 医師

腹膜播種がさらに悪化・進行すると、腹腔内のがん細胞が増えて腹水が大量に溜まったり、腸管が圧迫・閉塞されたりといった状態になります。腹水が多量に貯留するとお腹が張って苦しくなり(腹満感)、食事がとれなくなったり呼吸がしづらくなったりします。また腸閉塞が起これば激しい腹痛や嘔吐を繰り返し、栄養が十分に吸収できなくなります。
がん性腹膜炎とも呼ばれるこの状態では、患者さんのQOL(生活の質)は著しく低下し、抗がん剤治療の効果も限定的で予後は大変厳しくなります。最終的には全身衰弱が進み、命に関わる合併症(腎不全や感染症など)を引き起こすこともあります。そのため、腹膜播種が悪化してきた場合には延命治療だけでなく緩和ケアを並行して行い、痛みや苦痛を和らげる対策を充実させることが重要です。

まとめ

まとめ 腹膜播種は多くの固形がんで起こりうる転移の形態であり、進行したがんのなかでも治療が難しい領域です。腹膜播種の進行速度は原発がんの種類によってさまざまで、膵がんや未分化型胃がんでは急速に悪化しやすく、逆に腹膜偽粘液腫などではゆっくり進行します。

腹膜播種が見られる場合でも、あきらめずに適切な治療を行うことで症状を改善したり生存期間を延ばしたりできる可能性があります。抗がん剤治療は腹膜播種に対する基盤となる治療で、症例によっては外科的手術による積極的治療が有効なこともあります。腹膜播種=何もできないではありません。患者さん一人ひとりの状況に合わせて、エビデンスに基づいた治療戦略を主治医と相談しながら立てていくことが大切です。

関連する病気

  • 胃がん
  • 膵臓がん(膵がん)
  • 大腸がん(結腸・直腸がん)
  • 卵巣がん(卵巣がん)
  • 腹膜偽粘液腫(虫垂がんなどに由来)

関連する症状

  • 腹水(腹腔内に液体がたまる)
  • 腸閉塞(腸管が詰まる)
  • 腹部膨満感・腹痛
  • 食欲不振・体重減少

この記事の監修医師