【闘病】ずっと「異常なし」だった激痛の正体 「脳脊髄液漏出症」だったとは…(2/2ページ)

病気の有無に関わらず、それぞれが生きやすい社会へ

編集部
重光さんはサイトの運営などもされていますね。
重光さん
はい。家族や友人であっても、よく分からない病気への理解を得ることは難しく、分かって貰えないと悩んでいました。そんな中、ネットで同病の方々と出会い、同じように苦しんでいる人がほかにもいることが分かり楽になりました。ただ、当事者同士の合う・合わないもあるので、非交流でエピソードの共有ができないかと思って、webサイトを作りました。
編集部
ご自身も大変な状況でのその行動力はすごいですね。
重光さん
また闘病患者の困りごとは、多少の違いはあれど、病名もあまり関係ないことに気づき、2018年から難病患者の社会参加を考える研究会を立ち上げました。多くの方にご一緒していただきながら、難病患者の置かれた状況を調査し、就労事例を作り、認知啓発をし、政策提言をしてきました。昨秋に、活動を「難病者の社会参加白書」としてまとめて全自治体に届けることもでき、少しずつ変化も出てきました。
編集部
今までを振り返ってみて、後悔していることなどありますか?
重光さん
ブラッドパッチ治療直後はしばらく調子がよくなるので、「これで動ける、治る」と少し体を動かしてしまったことが原因で寛解しなかったのかもと考えたことはあります。それでもその時々を精一杯過ごしてきたので、後悔していることはありません。
編集部
現在の体調や生活はどうですか?
重光さん
残念ながら疼痛は改善されず、加齢もあって気力が低下したように思います。文章を読んでも頭に入らず、15分起き上がってパソコン作業するので精一杯です。1日20時間ぐらい横になる生活が数年続き、すっかり社会との接点も減りました。社会的な経験をする機会が少ないので、精神的な発達というか、常識が実年齢に伴っていないことを残念に思いますが、仕方ないので開き直って生きています。オンラインが当たり前になったので、仕事はしやすくなりましたが、たまに人と会うと挙動不審になってしまいますね。
編集部
医療機関や医療従事者に望むことはありますか?
重光さん
診断されて間もないころ、病院によっては病気の存在を否定されたり、痛みは解消できないと言われたりしたことも、精神科の受診を勧められたりしたこともあります。難病患者界隈ではよく聞く話です。また医療も社会制度も研究や対応に時間が掛かり、その間、当事者は蚊帳の外にされがちです。医療従事者も厳しい中精一杯やっているのは想像できますが、病名がつかなくても症状で苦しんでいる患者がいることを頭の片隅に留めて貰えたらありがたいです。
編集部
最後に、読者に向けてのメッセージをお願いします。
重光さん
私は何よりも健康が大切だと日々思っています。しかし、病気で制約があるからこそ好きなこと、大切なことを選べるようにもなりました。できないことが増えたことで、他者へ感謝する機会も増えました。病気になってよかったと思えることはないですが、病気になったからこそ気づけたことです。難病を抱える人の働き易い社会は、誰にとっても暮らしやすい社会になると信じて、これからも取り組みを続けていきます。
編集部まとめ
診断がつくまで、そして診断がついてからの治療でも、たくさんの痛みや苦しみと向き合ってきた重光さん、それでも、同じように苦しむ難病患者のために活動し、発信を続けています。社会に少しずつ変化も出てきたとのことで、非常に心強く感じます。重光さん、ありがとうございました。これからも応援しています。


