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【闘病】『膵臓』にできた希少腫瘍… 子宮と骨盤に転移しステージ4で「治療法はなし」

 公開日:2026/02/13
【闘病】『膵臓』にできた希少腫瘍… 子宮と骨盤に転移しステージ4で「治療法はなし」

2019年、膵臓にできる希少腫瘍「SPN(充実性偽乳頭状腫瘍)」と診断されたまっきーさん(仮名)。手術後の病理検査では「低悪性度」とされ、4年間再発もなく過ごしていました。しかし、2023年に突然の遠隔転移が判明し、ステージ4の宣告を受けます。前例の少ない病と向き合いながら、息子の存在を支えに治療を続ける日々――発覚から現在に至るまでの物語を聞きました。

※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2026年1月取材。

まっきーさん

体験者プロフィール
まっきーさん(仮名)

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2019年、39歳の時に人間ドックで約7cmの膵腫瘍が見つかる。診断名は、膵腫瘍の1〜2%を占める希少疾患「SPN」。手術後の病理検査では「悪性度は極めて低く予後良好」とされ、4年間は無再発だったが、2023年に肺と上半身への遠隔転移が判明し、ステージ4の宣告を受ける。前例が極めて少ない再発に戸惑いながらも、息子の存在を糧に、抗がん剤治療やラジオ波焼灼(しょうしゃく)療法など、手探りの中で治療を続けている。

「完治」と信じていた腫瘍が、まさかの再発へ

「良性」と信じていた腫瘍が、まさかの再発へ

編集部

まず初めに、「充実性偽乳頭状腫瘍」がどのような疾患なのか教えてください。

まっきーさんまっきーさん

膵臓にできる腫瘍の中でも1〜2%程度しか例がない、とても珍しい病気です。20代から30代の若い女性に多く見られるのが特徴で、一般的にイメージされる「膵がん」とは性質が大きく異なります。進行が非常にゆっくりで悪性度が低いため、多くの場合は、腫瘍が小さいうちに手術で取り切れば完治するといわれています。実際、担当医からも手術後の再発は非常にまれだと聞いていました。私自身も一度は「悪性度は極めて低く予後良好」との診断を受け、4年間は何事もなく過ごしていたので、今回の転移・再発は、予想外の出来事でした。

編集部

病気が判明した経緯について教えてください。

まっきーさんまっきーさん

きっかけは、39歳の時(2019年)に受けた人間ドックでした。エコー検査で左脇辺りに「何かある」と指摘され、紹介先の病院で検査したところ、膵臓に約7cmもの大きな腫瘍が見つかったのです。病名は「SPN」。非常に珍しい膵腫瘍でした。ただ、この腫瘍は「低悪性度」で、手術で取り切れば完治を目指せるという説明も受けていて。実際、開腹手術後の病理検査で「悪性度は極めて低く予後良好」の結果が出たこともあり、私自身、心から安心していました。その後も、半年に一度の定期検査を4年間欠かさず受け、ずっと「異常なし」と診断されていました。ところが、2023年に事態は急変します。突如、肺と上半身への遠隔転移が見つかり、「ステージ4」と診断されたのです。

編集部

遠隔転移が見つかった時の心境について教えてください。

まっきーさんまっきーさん

病院でも前例がないほど極めてまれな再発で、目の前が真っ暗になりました。「完治すると聞いていたのに、なぜ私が……」とショックでしたね。

編集部

自覚症状などはあったのでしょうか?

まっきーさんまっきーさん

全くありませんでした。健康診断で受けたエコー検査の際に、医師から「ここに何かあるよ」と言われて気が付いたくらいです。

突然のステージ4宣告と揺れる家族の思い

突然のステージ4宣告と揺れる家族の思い

編集部

治療の方針について医師から説明がありましたか?

まっきーさんまっきーさん

私のようなケースは病院内でも初めてだったらしく、医師たちの緊急カンファレンスが開催されました。その席で膵がんに使われる抗がん剤「ゲムシタビン」と、腫瘍に針を刺して通電し、熱によってがん細胞を死滅させる「ラジオ波焼灼(しょうしゃく)療法」を組み合わせていくという方針が決まり、後日、説明を受けることに。ただ、SPNの転移に対して「これをやれば治る」という確立された治療法はないのが現実です。正直なところ、完治を信じていたのに「治療法がない」という事実を突きつけられて、不安で何も手につかない状態でした。でも、当時息子はまだ小学6年生。母親として、ここで立ち止まってはいられないという思いが何よりも強かったですね。「これが正解」とは言い切れない中、治療に挑むのは怖くないといえば嘘になります。それでも、自分にできることはこれしかありません。残されたわずかな希望を必死に手繰り寄せるような思いで、治療を始めることになりました。

編集部

治療中、体に変化はありましたか?

まっきーさんまっきーさん

吐き気と熱に襲われるようになりました。歩くとよろけて、息が切れるようになることも……。仕事は辞めざるを得ませんでした。

編集部

闘病中、心の支えになっているものを教えてください。

まっきーさんまっきーさん

家族の存在です。夫と息子に病状を伝えた時、息子は涙を流しながら「ママ…… あとどれくらい生きられるの? 大丈夫?」と聞いてきました。その姿を見て私も涙が止まらず、家族3人でただ泣くことしかできませんでしたね。ステージ4の宣告を受けてから、しばらくは夜も眠れず泣いてばかりの日々。でも、次第に「このままじゃダメだ。時間がもったいない」と思うようになって、息子にも「ママは一生懸命病気と闘うから、あっくん(息子の愛称)も学校でいろんなことを頑張ってね」と少しずつ前向きな言葉をかけられるようになりました。このところ、がんの痛みは強くなってきていますが、医療用麻薬を使って痛みをコントロールしています。そんな状況でも、できるだけ楽しく家族3人で過ごすようにしています。

編集部

もし昔の自分に声をかけられたら、どんな助言をしますか?

まっきーさんまっきーさん

「体に気を付けて」と言いたいです。

治療法がない現実、それでも前を向く理由

治療法がない現実、それでも前を向く理由

編集部

まっきーさんの現在の体調について教えてください。

まっきーさんまっきーさん

2025年11月に子宮と骨盤にがんが転移し、治療するすべがなく、緩和ケアを提案されました。

編集部

医療従事者に望むことはありますか?

まっきーさんまっきーさん

病院の先生が最善を尽くしてくれているのは、よく理解しています。ただ、治療法がなかったことが本当に悔しくて……。正直に言うと、このままでは死にきれないという思いもあります。SPNの認知度が広がることで研究が進み、いつか治療法が確立されることを願っています。

編集部

最後に、読者に向けてのメッセージをお願いします。

まっきーさんまっきーさん

後日、私と同じような症状の患者が同じ病院内で見つかったと聞きました。20代の若い女性だそうです。私の事例が、同じ病気になった人や、これから診断を受けるかもしれない人の力に少しでもなれたらと思っています。

編集部まとめ

「完治が見込める」と言われていた病気が、数年後にまさかの遠隔転移として再び表れたまっきーさん。彼女は、治療法が確立されていない中でも、家族の支えを力に前を向き続けています。希少疾患ゆえに情報が少ない現状は、患者に大きな不安をもたらします。だからこそ、まっきーさんの経験は同じ病気に向き合う人たちにとって貴重な道しるべであり、早期発見や定期検査の重要性を改めて考えるきっかけにもなるはずです。

なお、メディカルドックでは病気の認知拡大や定期検診の重要性を伝えるため、闘病者の方の声を募集しております。皆さまからのご応募お待ちしております。

 
和田 蔵人

記事監修医師
和田 蔵人(わだ内科・胃と腸クリニック)
※先生は記事を監修した医師であり、闘病者の担当医ではありません。

この記事の監修医師