【闘病】『乳がん』ステージ2で右乳房全摘出。独立開業と抗がん剤治療を両立する「女性の誇り」

乳がんは、日本人女性が最も多く発症するがんです。胸のしこりやくぼみなど、さまざまな症状で受診する人もいる一方で、亜希子さんのように検診で発覚するまで気付かない人もいます。今回は、乳がんのステージ2と告知され、右乳房全摘出手術を選択した亜希子さんに話を聞いてみました。
※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2025年6月取材。

体験者プロフィール:
亜希子さん(仮称)
茨城県在住、1973年2月生まれ。両親、兄の4人家族。現在は父・母と同居中。2024年11月に職場での乳がん検診で「乳がん」と診断され、右乳房全摘出手術を受ける。診断時は病院付属のケアマネジャー事業所で勤務。2025年4月1日より独立して自宅近くにケアマネジャー事業所を開設する。趣味はフィギュア収集。
職場の検診でがんが判明

編集部
初めに、亜希子さんが医療機関を受診したきっかけを教えてください。
亜希子さん
前の職場で2024年11月頃に乳がん検診を受けたことがきっかけでした。一昨年までは何も指摘されなかったので、「今回も何もないかな」という軽い気持ちで検査を受けていました。翌日、病院から「検査をするので、翌週の水曜日外来に来てほしい」という連絡があり受診。右乳房の組織生検に緊張したのと、検査がすごく痛かったことを覚えています。結果が出るまでの間は落ち着かず、仕事から帰宅すると不安がどんどん広がり「がんになったら、これから先の世界が暗くなる」と気が気でなかったですね。2週間後の検査結果では母が付き添ってくれ、ドキドキしながら医師の説明を聞きました。
編集部
病気が判明した時の心境はいかがでしたか?
亜希子さん
診察室に入るなり、医師から「残念ながら、がんです」と言われ、ドキっと胸が強く鳴ってめまいを起こしそうになりました。普通に生活していた幸せな世界から弾き飛ばされて、何かが制限されるようなドヨーンと暗い世界に行ってしまった感じでしたね。しかし、外来で検査をしてくれた医師には「ちゃんと治療をすればなおる」と言われ、手術の担当医からも「悪いところは全て取り除いた」とはっきりと力強い口調で言われ、安心したのを覚えています。その言葉がうれしく、「自信を持って生きられる」と思えるようになりました。
編集部
特に症状もなく、突然乳がんが発覚したのですね。
亜希子さん
そうですね。乳房に触れても、しこりや痛みを感じませんでしたし、自覚症状は特にありませんでした。ただ、検査の後に判明したことですけど、自宅で注意深く乳房を観察してみたところ、右の乳首が陥没していました。それと、右側の乳輪も黒紫色に変化していて……。外見に明らかな異常があったので早く気が付くべきでした。
編集部
乳がんのステージ2とのことですが、医師からはどのような説明がありましたか?
亜希子さん
乳がん生検をしてくれた外来の医師いわく、「がんの大きさは2cmくらい」とのことで「まだ初期で小さい方だから、ちゃんと治療を受ければ9割はなおる。残り1割は10年または20年後に再発するかもしれない。でも、治療をすれば大丈夫だよ」と言われました。手術の担当医からは、「腫瘍の大きさは2.2cm程度で、そこから血管なのか根っこみたいに伸びているものがあり、それを含めると5cmある」という説明を受けました。
右乳房全摘出で得た安心感

編集部
実際に、どのような手術を受けましたか?
亜希子さん
手術の担当医からは初め「腫瘍が2cm程度なので部分切除も可能」という話がありました。でも私は、がん細胞の付いた乳房を残したままは嫌だと思い、迷わず「乳房全切除術」をお願いしました。また、「術前の造影MRI検査で右腋窩(えきか)リンパ節の一部に腫れがある」とのことで、リンパ節郭清(かくせい)もお願いしました。右乳房全切除術と腋窩リンパ節郭清の手術を行って、リンパ節を15個摘出。術後に、そのうち3個にがん細胞が認められたとの説明がありました。医師が「全摘出とリンパ郭清を選択して正解だった」と話していたので、手術をして本当に良かったと感じています。
編集部
その後の治療内容を教えてください。
亜希子さん
手術をした1カ月半後に、医師から「少しだけリンパ節へ転移しているので、抗がん剤治療をしますか?」という確認がありました。事業所開業まであと1カ月を切っていた状況でしたが、手術の一件で初期対応が肝心だと痛感していましたし、後悔をしたくないので迷わず抗がん剤治療を受けることを決めました。抗がん剤は、乳がん治療で標準的といわれる3週間ごとのAC療法を受けることにしました。自分のケアマネジャー事業所を開業した1週間後(4月7日)に、初回の抗がん剤治療がスタート。使用した抗がん剤は、ドキソルビシンとエンドキサンという2種類です。それから3週間おきに抗がん剤治療を行っており、6月21日までに計4回受けています。
編集部
抗がん剤治療への不安はありましたか?
亜希子さん
副作用での吐き気や嘔吐(おうと)と食欲不振の出現、体力低下が不安でしたが、医師からは「今の抗がん剤と制吐剤は進化しているから大丈夫」という説明があり、覚悟を決めました。
編集部
乳がん発症前後で生活に変化はありましたか?
亜希子さん
特に変化は感じていません。右乳房が無くなっても大きな支障はなく、仕事への影響もありません。
編集部
抗がん剤治療は、身体に負担がかからなかったのでしょうか?
亜希子さん
強力な制吐剤のおかげで嘔気・嘔吐はなく、食事も普通に取れていましたし、初回から2回目まではそれほど体にダメージを受けている感じはしませんでしたね。ただ、3回目から治療後の全身の倦怠(けんたい)感と体のむくみが強くなり、4回目の時には治療後2~5日、体を動かすのがかなりおっくうになりました。治療後2日目には何とか仕事に復帰しましたが、仕事をすると気が紛れるのかもしれませんね。4~5日目には倦怠感とむくみが強く出てしまい、たまたま仕事が休みだったこともあり、自宅で安静にしていました。脱毛は初回治療開始して2週間後に突然起こりましたが、仕事の時は医療用ウィッグを装着して対応しています。初夏はかなり暑く、頭がムシムシしてつらいですね。
編集部
亜希子さんにとっての心の支えは何でしょうか?
亜希子さん
やはり家族と仕事の存在です。両親はずっと治療に付き添ってくれました。4月に事業を開業してからは、母が家事全般の支援をしてくれて申し訳ないくらいです。抗がん剤治療が終了したら、少しずつ家事もしていこうと思っています。兄家族と友人たちもずっと私の心に寄り添ってくれ、元気を与えてくれる存在です。仕事面では、4月に自分のケアマネジャー事業所を開設してから、おかげさまで毎日忙しい日々を過ごしています。利用者の皆さんやそのご家族、地域の介護保険事業所の方々との交流に力をもらっていますね。訪問がほとんどだし、外へ出るので気分転換にもなっています。
乳房を全摘出しても女性は女性

編集部
今後の目標などあれば教えてください。
亜希子さん
乳がん経験者との交流、コミュニティや講演会への参加ができればと思います。機会があれば、自分が乳がんに罹患(りかん)して感じたこと、思うこと、これから先必要と考えていることなども講演してみたいです。ケアマネジャーとしては、現在開業している事業所を軌道に乗せることと、関連の書籍を執筆、出版することが目標です。実は今、ケータイ小説を執筆中で、それが書籍出版できることを夢見ています。
編集部
診断から治療までを通して、医療従事者に期待することはありますか?
亜希子さん
乳がん治療に携わってくださった医師や看護師はとてもすてきで魅力的な人ばかりでした。説明も的確で、私の不安を払拭して自信を持たせてくれました。患者は、自分の疾患や将来に対する不安がいつも付きまとうので、医療従事者には明るく、話しやすい雰囲気づくりを求めます。抗がん剤治療の際、緊張している私に看護師の人たちが明るく話しかけてくれたおかげで、楽しく治療を受けることができました。あとはあいまいではなく、明確に説明してもらうことを期待します。
編集部
最後に、読者に向けてのメッセージをお願いします。
亜希子さん
乳がんは初期対応が肝心です。私はステージ2ですが、乳房摘出をして良かったと実感しています。「乳房を全摘出したら女性ではなくなるのでは?」と不安になる人もいるかもしれませんが、「乳房を全摘出しても女性は女性です!」と強く主張したいです。がん患者の中には、治療と仕事の両立ができるかどうか悩む人もいると思います。今は抗がん剤と制吐剤が進化していて食事も取れますので、命の後悔をしないためにも、仕事をしながらしっかり治療を受けてほしいですね。職場でも受け入れ体制を整備し、がん患者が不安なく社会復帰や活動を行えるようにしていくことが、これからの社会において必要不可欠ではないかと考えます。
編集部まとめ
乳房の全摘出というのは、とても難しい決断だと思います。「乳房を全摘出しても女性は女性です!」という亜希子さんの力強いメッセージは、たくさんの人に勇気を与えることでしょう。そして、今回の体験談から、やはりセルフチェックや定期的な検診が重要なのだと改めて気付かされました。
なお、メディカルドックでは病気の認知拡大や定期検診の重要性を伝えるため、闘病者の方の声を募集しております。皆さまからのご応募お待ちしております。

記事監修医師:
寺田 満雄(名古屋市立大学病院乳腺外科)
※先生は記事を監修した医師であり、闘病者の担当医ではありません。



