【闘病】「大したことない」に絶望。『関節リウマチ』ではなく『シェーグレン症候群』の地獄

2001年、足首を捻挫したことをきっかけに整形外科を受診した、たいママさん(仮称)。治療後も足のだるさが続き、やがて手の関節にも痛みが表れるようになりました。リウマチの診断と薬の変更、寛解(病気の症状が一時的、あるいは継続的に軽減または消失した状態)や再発などを経て、「シェーグレン症候群」と診断されたのは約20年後のことでした。たいママさんに診断に至るまでの葛藤、そして病気と共に生きる覚悟や現在の生活について話を聞きました。
※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2025年10月取材。

体験者プロフィール:
たいママさん(仮称)
足首の捻挫、だったはずが…

編集部
最初に不調や違和感に気付いたのはいつですか?
たいママさん
2001年、私が35歳の時です。足首の捻挫で受診・治療した後も足のだるさが続き、そのうち手の関節も痛み出したために再受診しました。血液検査でリウマチ因子が少し上がっていることから、当時の医師は触診や動きを確認することもなく、「関節リウマチ(関節に炎症が起こり、痛みや腫れ、変形を伴う自己免疫疾患)」と診断しました。不審に思い、私が「本当ですか?」と尋ねると、高圧的な態度で「俺はたくさんのリウマチ患者を見てきている。間違いない」と一蹴しました。処方された抗リウマチ薬は、私には効果が感じられませんでした。
編集部
その後、どのように治療を進められたのでしょうか?
たいママさん
抗リウマチ薬の効果が感じられなかったため、ほかの病気でかかっていた大学病院の主治医に相談し、同じ病院の免疫系疾患を専門とする内科を受診しました。そこで受けた血液検査では、抗核抗体(細胞の核の成分に対する自己抗体で、膠原病などの診断指標となるもの)以外は全て正常。「たぶん軽いリウマチだろう」と医師に免疫抑制剤(過剰に働いている免疫の働きを抑える薬)を処方してもらい、痛みが少しずつ楽になったんです。症状が楽になったころに結婚し、薬を調整してもらい妊娠しました。喜んだのも束の間、羊水過小(胎児の周囲にある羊水が正常よりも極端に少ない状態)と胎児発育不全(おなかの中の赤ちゃんが週数相当に発育していない状態)、早期破水などさまざまあり、妊娠32週に帝王切開で出産することになりました。過酷な妊娠経過をたどったため、産科医師に「お母さんは何かリウマチ以外の病気を持っているのではないか?」と言われて。産後、近所に開業したリウマチ科で「血液検査に異常が表れないタイプのリウマチ」の治療を受けて寛解したんです。
編集部
寛解期は、どれくらいの期間だったのでしょうか?
たいママさん
7年ですね。その後、母が亡くなったことによるストレスからか、土踏まずの痛みが出現し、リウマチ科を再び受診することにしました。以前と同じように免疫抑制剤を処方されたものの、それでも痛みが治まらず、医師に相談すると「大したことないのに大げさに言うたらアカン」「薬ばかりに頼らずに少しは我慢しなさい」と言われてしまいました。何度も違和感を訴えたにもかかわらず、理解してもらえなかったので、膠原病を専門とする内科を受診したこともありました。しかし、その内科では「薬の飲み過ぎです」と言われたため、元のリウマチ科の医師に戻りました。この時期に、さらに別の病院を探し続ければよかったのか……振り返ってもいまだに正解が分かりません。
もっと早くに検査してほしかった

編集部
診断が変わったきっかけについて教えてください。
たいママさん
再燃から2年がたった冬、指先の皮膚が突然真っ白になる「レイノー症状」が起きたことと、悲しくても涙が出ないことに気付いたため、シェーグレン症候群の抗体検査を希望しました。おそらく、目の水分が極端に失われていたのだと思います。叔母がシェーグレン症候群だったので、症状について知っていたんです。結果はSSA抗体・SSB抗体(シェーグレン症候群の患者の血液中に高頻度で見られる自己抗体)共に陽性。そこで初めて、「シェーグレン症候群」と診断されました。発症から20年の時がたっていました。
編集部
検査結果を知った時の医師の反応や、たいママさんの心境について教えてください。
たいママさん
医師は焦ったような感じで「初診のリウマチ患者には必ず膠原病の抗体検査をしているのに、なぜあなたには実施しなかったのだろうか」「こんなに長く通院してくれているのに、なぜもっと早くに気付いてあげられなかったのか」と反省していました。正直に言うと、今まで検査をせずに私の痛みを否定していた医師に対して、めちゃくちゃ腹が立っていて、「もっと早くに検査してほしかった!」と怒鳴りたかったです。一方で、病名が分かったことでホッとしたのも事実です。「彼がリウマチの専門医として知られていることは事実だし、これからはきちんと治療してもらえるはずだ」と自分に言い聞かせて、その気持ちを抑えることにしたんです。
編集部
シェーグレン症候群とは、どのような病気なのでしょうか?
たいママさん
本来、細菌やウイルスなどの外敵から身を守るための免疫が、自分自身を誤って攻撃してしまう「自己免疫疾患」の一つです。涙腺、唾液腺、汗腺が侵され、乾燥症状と関節痛やだるさが起こります。今は根本的な治療法はなく、症状を緩和する対症療法が行われています。目の乾燥症状には目薬、口の乾燥には唾液を出す薬、などです。私の場合、「唾液を出す薬は副作用の関係で使えないため、人工唾液を使う」と伝えられました。また、「免疫抑制剤の継続と痛み止めの服用をし、痛みのひどいときはステロイド注射をする」とも説明されました。
“病気と共に生きる、これが私”

編集部
診断後、医師との関わりや生活に変化はありましたか?
たいママさん
病名が分かってから、それまでやや高圧的だった医師の態度が変わりました。痛みを訴えると「かわいそうに……痛いよね」と寄り添ってくれ、ステロイド注射を打ってもらえています。生活面では、天候の悪化や冷えるとさらに痛むので、冷え対策をきちんと行うようになりました。雨が降る前も気圧の変化で痛みが強くなるため、買い物に行く日は朝から天気予報をチェックし、雨が降り出す前に買い物を済ませるようにしています。晴天が続くとドライアイの症状がひどくなったり、日の光を浴びると日光過敏症(通常では問題にならない程度の日光を浴びただけで、皮膚に赤みや発疹などの異常が表れる状態)の症状が出たりするので、完全に調子の良い日はあまりありません。一年中つらい日が多く落ち込んでいた時期もありましたが、最近になって“病気と共に生きる、これが私”と思えるようになりました。
編集部
現在の体調について教えてください。
たいママさん
痛む関節が増え、パートが終わり家に帰ると、ぐったりと疲れてしまいます。ステロイドを増量すると副作用が起こるため、JAK阻害薬(細胞にある「JAK」という酵素の働きを阻害することで炎症を抑え、症状や病気の進行を抑制する薬)を服用するようになりました。
編集部
最後に、読者へのメッセージをお願いします。
たいママさん
自分の症状をしっかりと医師に訴えましょう。日々の小さな変化をメモにとどめ、診察時にきちんと伝えてください。医師の言いなりにならず、少しでも不安なことがあれば納得できるまで話をしてみるとよいと思います。
編集後記
病名が判明するまで20年――たいママさんの闘病記に触れると、自己免疫疾患の診断の難しさ、患者の声に耳を傾けることの大切さ、そして「自分の体の変化をあきらめずに伝え続けること」の重要さに改めて気付かされます。今も痛みと付き合いながら日常を送る彼女の姿は、慢性疾患と向き合う多くの人にとって、大きな力となるはずです。
本稿には特定の医薬品、医療機器についての記述がありますが、情報提供のみを目的としたものであり、医療上の助言や販売促進などを目的とするものではありません。
なお、メディカルドックでは病気の認知拡大や定期検診の重要性を伝えるため、闘病者の方の声を募集しております。皆さまからのご応募お待ちしております。

記事監修医師:
田島 実紅(医師)
※先生は記事を監修した医師であり、闘病者の担当医ではありません。



