【闘病】「あなた、死にますよ!」 二度の宣告と骨壊死。『難病』に人生をむしばまれた絶望の15年

うつとパニック障害で休職中、「元気に過ごしていたはず」の日常に、「全身性エリテマトーデス(SLE)」は何の前触れもなく忍び寄っていました。唯一の異変は、水分を取ってもトイレに行かなくなったこと。そんな小さな違和感が、やがて重い診断へとつながっていきました。見えにくい病とともに生きる、比嘉さんの物語を聞きました。
※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2025年6月取材。

体験者プロフィール:
比嘉美都子さん
1977年生まれ、神奈川県在住。SLEおよびシェーグレン症候群を患う。腎生検の失敗、転院や、感染症による複数回の手術を経て、膠原病・整形外科の両面で治療を継続。関節壊死(えし)による人工関節手術を乗り越え、現在は症状も安定し、前向きな通院生活を送る。診断時は損害保険会社勤務。
むくみからはじまった異変――病気発覚と治療への第一歩

編集部
病院を受診したきっかけを教えてください。
比嘉さん
アイスコーヒーをよく飲んでいたのに全然トイレに行かなくなり、気付いたら足がどんどんむくんできたことがきっかけです。看護師の姉に相談すると「心臓にも関係するから病院に行ったほうがいいよ」と勧められ、かかりつけの内科を受診することに。そこで足の付け根のエコー検査を行った結果、「血管が映らない」と言われ、大学病院への紹介状をもらいました。翌日、紹介先の病院を受診しましたが、その時にはもう下半身全体がむくんでいる状態でしたね。
編集部
病院では、どのような検査を受けたのでしょうか?
比嘉さん
詳しくは覚えていませんが、とにかくたくさんの検査を行いました。検査後、先生からいきなり「あなた、死にますよ!」と言われて驚きましたね。「明日から入院です」とも告げられましたが、月末に心療内科の初診が控えていたので、少し時期をずらしてもらって。診断結果は、「心臓肥大」「肺に水がたまっている」「ループス腎炎(SLEに合併して生じる腎臓病)」でした。ほかの内容については、15年ほど前のことなので思い出せません。
編集部
診断結果を聞いた時の心境を教えてください。
比嘉さん
パニックにはならなかったですが、頭にたくさん「?」が浮かびました。とにかく、わけがわかりませんでしたね。
編集部
自覚症状などはあったのでしょうか?
比嘉さん
指の関節が腫れることは時々ありましたが、それ以外は元気でした。病気に関してあまり知識がなかったので、姉が調べてくれた資料を読んで理解を深めました。
編集部
入院してからは、どのような治療を行われたのでしょうか?
比嘉さん
利尿剤と水分制限ですね。ただ、利尿剤は入院前からずっと飲んでいましたが、あまり効果がなくて。入院後は、1日あたりに摂取してよい水分量が「水500mlと缶コーヒー1本まで」と制限されました。利尿剤の量を1錠から2錠へと増やしても、あまり効かなかったですね。最終的に利尿剤から点滴へ切り替えて、やっとトイレに行けるようになったんですよ。入院してからの1カ月間は、体内の余分な水分を抜きながら、さまざまな検査を受けました。
編集部
検査や治療の中で、印象に残っていることはありますか?
比嘉さん
点滴に切り替えてから体が少しずつ楽になってきたことは覚えています。ただ、水分制限が厳しくて夏場はつらかった……。だから、水を大事に飲んでいました(笑)。あと、検査が連日のようにあったから、病院にいる時はいつの間にか“慣れ”みたいなものも出ていた気がします。
編集部
退院前には、医師からどのような説明を受けましたか?
比嘉さん
1カ月ほど経った頃、そろそろ退院かなと思っていたら、先生から「ご家族を呼んでください」と言われて。言われた通りに姉夫婦に来てもらったところ、医師から「あなたはSLE(全身性エリテマトーデス)です」と告知されました。その場で難病であること、妊娠・出産は難しいことなども説明されましたね。病気についてたくさんのことを教えてもらいましたが、ショックが大きくて正直あまり頭に入ってきませんでした。その後、もう1カ月追加入院することになり、3日間のステロイドパルス療法(大量のステロイド点滴投与)を行いました。4日目からはステロイド40mgの服用、副作用を抑える薬の投与、毎食前の血糖値測定もスタート。「ステロイドは血糖値が上がりやすい」と言われていたのに、なぜか私は毎朝低血糖でした。数値が低過ぎる時は、いろいろな種類のブドウ糖を飲まされましたね。どうしても数値が上がらない時は、点滴用のブドウ糖まで口にすることになって……。あの味は今でも忘れられません(笑)。
編集部
退院してからの生活を教えてください。
比嘉さん
月に1度のペースで診察を受けていました。途中で担当医の異動があり、後任の先生が膠原病に詳しいということで、そのまま診てもらっていました。でも、検査数値があまりよくないにもかかわらず、どんどんステロイドの量を減らされていき、最後の診察では2mgまで下げられて。「この先生では無理だな」と思い、転院を申し出ました。
信じられる先生に出会うまで

編集部
転院はすぐにできたのでしょうか?
比嘉さん
はい。市民病院への紹介状を書いてもらい、翌日早速受診しました。ここでもたくさんの検査を受けたものの、診察の時に先生から「うちでは診ることができません。別の大学病院へ行ってください」と言われてしまって。結局その翌日、紹介された大学病院を再受診して検査を一からやり直し。診察室に呼ばれて開口一番、またしても「あなた、死にますよ」と言われたんです。人生でこの言葉を2度聞くなんて思いませんでした(笑)。
編集部
再入院後、どのような治療が行われたのですか?
比嘉さん
以前と同じくステロイドの投与ですね。医師に「なぜこんなにステロイドを減らしたの?」と聞かれましたが、私にはわかるわけもなく、「前の先生が毎回『数値が悪い』と言いながら薬を減らしていた」とだけ伝えました。結局、ステロイドは30mgからの再スタートとなりました。実はその頃には、ステロイド治療の影響で両膝の骨が壊死して杖を使っていて。治療の初期に「10年後、20年後に大腿骨頭壊死になることがある」とは言われていましたが、まさか両膝が一気にダメになるなんて想像もしていませんでした。
編集部
整形外科の治療も大変だったと聞きました。
比嘉さん
そうですね。最初は別の病院の整形外科に通っていましたが、「まだ若いから人工関節の手術はできない。50代か60代になるまでは経過観察」と言われてしまって。でも、「年を取ってから歩けるようになっても意味がない。今歩けるようになりたい」と先生に訴えて、大学病院に転院することにしました。その大学病院で、一番痛みがひどかった左膝に人工関節を入れる手術を受けることになったのです。今も通い、診察を受けています。
編集部
膝の手術はうまくいったのでしょうか?
比嘉さん
術後翌日からリハビリがはじまり、立っても痛くないことに感動しました。本来は3週間で退院予定でしたが、傷が塞がらず1カ月半入院。その間に何回か縫合手術をしました。退院時も傷口が不安定で、1週間後にまた受診することに。診察の際、傷口をみた担当医が上の先生を呼び、「少し痛いかもしれないけど……」という言葉とともに鉄の棒のようなものを傷口に落としました。経験したことない激痛にもん絶していたら、「あぁ、骨だね」と言われて。翌日から再び入院し、形成外科の先生主体で再度縫合手術をすることになりました。術後目覚めると左足全体の下に板が固定されていて、看護師さんから「絶対に膝を曲げてはいけない」と言われましたね。皮膚が足りなかったら下腹部から皮膚移植をするという話も出ていましたが、不要となり1カ月で退院できました。ただ、その後も左足は2回感染症を起こし、約1カ月入院。入院初日には消毒の手術を受けました。3回目の感染症が起きた時に、一度人工関節を外し骨セメントで固定する、車椅子生活がスタートしました。先生から「新しい人工関節を入れる」と言われましたが、1年間感染症を起こすことなく右膝の人工関節の手術を受けることができ、今は年に1回の経過観察で済んでいます。
自分の体の小さな変化にも耳を傾けてほしい

編集部
SLEを発症後、生活にはどのような変化がありましたか?
比嘉さん
ステロイドを多く服用していた時期は過食がひどく、体重が大きく増えてしまい、何とか食欲と体重を抑えようと努力していました。あとは、免疫力が下がっているので、今もずっとマスク生活を送っています。
編集部
もし昔の自分に声をかけられるとしたら、どんな助言をしたいですか?
比嘉さん
あの頃は仕事にのめり込み過ぎていて、平日は3時間睡眠が当たり前の生活を送っていました。本当に“体にむち打って”働いていたと思います。「定時で帰るくらい、楽に仕事をしなさい」と伝えたいですね。
編集部
現在の様子をお聞かせください。
比嘉さん
今は、膠原病内科と内分泌内科に、2カ月に一度のペースで通院しています。最初はステロイドしか薬がありませんでしたが、途中から免疫抑制剤も処方されるようになり、ステロイドの量が徐々に減っていきました。しばらくしてSLEに特化した薬が登場し、現在はステロイドを2.5mg服用しています。関節の痛みがあるため、抗リウマチ薬も使っていますし、過去に肺に血栓が飛んだこともあるので、血液をサラサラにする薬や副作用を抑える薬など、さまざまな薬も併用しています。SLEの症状は、今のところ関節痛がメインで数値的にも安定しており、比較的落ち着いている状態です。
編集部
今服用中の薬について、具体的に教えてもらえますか?
比嘉さん
メインの薬は、「プレドニン(ステロイド)」2.5mg、「タクロリムス」1mgを1日3錠、「メトトレキサート」2mgを1週間に3錠、「プラケニル」200mgを交互に1錠か2錠(1日置き)、「エペリゾン」50mg、「フェロミア」50mgです。そのほかにもいろいろと服用していて、体調に合わせた調整を行っています。
編集部
現在の生活で感じていることや、工夫していることはありますか?
比嘉さん
まだ仕事に復帰できるほどではないですが、一人暮らしをしていても特に問題なく生活できています。朝起きた時に指のこわばりを感じたり、手にうまく力が入らなかったりする日もありますが、日常生活に支障が出るほどではありません。
編集部
医療従事者に望むことはありますか?
比嘉さん
今通っている病院の先生は親身に話を聞いてくれて、親切・丁寧に説明してくれますし、特にありません。転院してよかったですね。
編集部
最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。
比嘉さん
この病気は、外見からはほとんどわかりません。でも、杖を使っているので一応“障がい者”ではあります。発症のきっかけが特になかったこともあり、何の前触れもなく突然やってきた病気だなと感じていますね。「何日も高熱が続いた」などの体験談を見かけますが、どんな形で症状が表れるかは人それぞれです。気付きにくい病気だからこそ、自分の体の小さな変化にも耳を傾けてあげてほしいですね。
編集後記
突然の発症、繰り返される入退院、そして見た目ではわからない葛藤の日々。比嘉さんの体験は、誰にとっても他人事ではありません。日々の小さな不調にも耳を傾け、心と体に優しい生活を送ることが、未来の自分を守る第一歩なのかもしれません。
なお、メディカルドックでは病気の認知拡大や定期検診の重要性を伝えるため、闘病者の方の声を募集しております。皆さまからのご応募お待ちしております。

記事監修医師:
宮部 斉重
※先生は記事を監修した医師であり、闘病者の担当医ではありません。

