ドラマ「19番目のカルテ」で話題の“線維筋痛症”。原因不明の激痛を総合診療医が解説

松本潤さん主演のドラマ「19番目のカルテ」で注目を集めた線維筋痛症。全身の激しい痛みに苦しみながら、検査では異常が見つからない……そんな患者さんの苦悩がリアルに描かれました。原因不明の痛みを抱える人々に寄り添い、生活全体を支える総合診療医の役割とは何か。筑波大学附属病院で総合診療科を率いる前野哲博先生に、診断の難しさや治療アプローチ、そして地域医療における総合診療医の重要性について伺いました。

監修医師:
前野 哲博(筑波大学医学医療系 地域医療教育学教授・筑波大学附属病院 副病院長・総合診療科長)
1991年筑波大学医学専門学群卒業。河北総合病院で初期研修後、1994年筑波大学総合医コースレジデントを経て、1997年川崎医科大学総合診療部で総合診療の体系的教育を受ける。筑波メディカルセンター病院総合診療科を経て、2000年より筑波大学講師、2009年より現職。日本プライマリ・ケア連合学会副理事長、日本医学教育評価機構研修委員会副委員長、全国地域医療教育協議会理事などを務める。日本内科学会認定総合内科専門医・指導医、日本プライマリ・ケア連合学会認定家庭医療専門医・指導医。
検査で見つからない痛み。線維筋痛症の診断はなぜ難しいのか

編集部
線維筋痛症の診断が難しいと言われる理由を教えてください。
前野先生
線維筋痛症には特異的なマーカー(診断の決め手となる検査値)がないのです。関節リウマチだったら自己抗体が上がっている、炎症反応が上がっているといった客観的な指標がありますが、線維筋痛症にはそれがありません。患者さんは本当に激しい痛みを感じているのにCTやMRIで調べても、どの臓器にも形態異常は見つからないですし、血液検査でも異常は認められないのです。
編集部
診断がつくまでにどのような経緯をたどることが多いのでしょうか。
前野先生
医師は体の訴えがあると、その原因を探そうとします。でも原因を探しても見つからない、別の検査をしても見つからないということを繰り返すうちに、時間だけが経過してしまいます。臓器別の専門科の場合、自分の専門領域に異常がないとわかると「うちじゃないので、ほかを当たってください」と言われてしまうこともあります。そうするとまた一からやり直しで、診断がつくまでに本当に長い時間がかかってしまうのです。
編集部
ドラマでも診断がついてホッとする場面がありましたが、実際の治療はどうなのでしょうか。
前野先生
線維筋痛症の難しいところは、残念ながら特効薬がないことです。診断がついたら薬を飲めば必ず症状から解放されるというわけではありません。ドラマの第1話でも「診断がつきました、治ります」という表現ではなく、現実に近い形で「やっと診断がついた、正体がわかった」とホッとしたという描写でした。最終話でも、その患者さんは「だいぶ良くなり日常生活を送れるようになりました」という状態で、完治したとは言っていませんでしたね。
総合診療医が実践する「丸ごと診る」アプローチとは

編集部
総合診療医として、診断がつかない患者さんとどう向き合っていますか。
前野先生
総合診療科には診断がつかない方が多くいらっしゃいます。診断がつかない、あるいは重大な病気ではないけれど症状は続いているという人を、診断をつけて治療するという枠組みだけで考えると「診断つきません、私のところじゃありません、どこか行ってください」となってしまいます。もちろん、私たちは診断を付けるために最大限の努力をしますが、それでも診断がつかない人も、私たち総合診療医はずっと診ていきます。総合診療医が見放したらもう行くところがないですからね。
編集部
痛みを抱える患者さんにはどのようなアプローチをされるのですか。
前野先生
まず私たちのゴールは、少しでも不快な時間を減らし、生活の支障を減らすことです。痛みというのは「認知」による影響を大きく受けます。痛い、つらいということに意識を集中すると症状はより増幅されます。仕事に行けない、家事もできない、なんとかしてほしいと思い続けることで、自分でイメージトレーニングをして症状を強くしてしまっているのです。
編集部
具体的にはどのような治療をおこなうのでしょうか。
前野先生
患者さんに詳しくお話を伺うと「友達と話していると症状が和らぐ」「映画を見ている時は症状を感じない」とおっしゃる方がいます。そこで、1日のうちでつらさを感じない時間を少しずつ増やしていくことを目指します。症状があっても動かせる範囲で体を動かしてみたり、認知を変えてみたりすることで、痛みに対して過敏に研ぎ澄まされた神経を和らげていきます。そうすると痛みも減って日常生活が送れるようになり、仕事や家事をできるようになる。そのような良いループを回していくようなアプローチをします。ただし、長年固まったループを解きほぐすのは年単位の時間がかかるので、私たちは最初から長く付き合うつもりで関わっています。
地域医療の危機を救う総合診療医の重要性

編集部
総合診療医が今なぜ必要とされているのでしょうか。
前野先生
高齢化が進み、複数の健康問題を持つ人が増加しています。さらに今後は人口減少の影響で医療機関の集約化が進むことは確実です。そのような状況では、在宅医療や一次救急を担う人がいなければ地域医療が成り立たなくなってしまいます。実際に診療所医師の半数以上が60歳を超えているのが現実で、今後15年ほどで、かなりの地域で診療所数が半分以下になってしまうと予測されています。
編集部
専門医では地域医療を支えることは難しいのでしょうか。
前野先生
地域を診るということは、その地域の人々を診るということです。めまいがするから耳鼻科とは限らなければ、頭が痛いから神経内科とも限りません。大人も子どももいますし、精神疾患や皮膚の問題、腰痛など、内科以外にもたくさん診なければなりません。臓器別の専門医では対応できない部分が多いのです。私たちは「地域という場を、丸ごと、ずっと診る医者」でいたいと思っています。患者さん目線で言えば「近くで、何でも、いつでもいつまでも診てくれる医師」ということです。
編集部
読者の方々に総合診療科をどう活用してほしいですか。
前野先生
実は「総合診療科」という看板だけでは判断できない場合があります。実際に外来に行ってみると、臓器別専門医の先生が曜日交代で診ているというようなケースも少なくないからです。本当の意味での総合診療医を探すには、日本プライマリ・ケア連合学会のサイトで「家庭医療専門医」を検索していただくといいと思います。専門医の資格を取られた方々なので「丸ごと診る」に近い価値観で診てくれる可能性が高いです。
編集部まとめ
前野先生への取材を通じて、総合診療医が単に「何でも診る医師」ではなく、患者さんの生活全体を支え、地域医療を守る重要な役割を担っていることがわかりました。線維筋痛症のような診断の難しい疾患に対しても、原因探しに固執せず、患者さんの困りごとに寄り添い、年単位で伴走していく姿勢は、専門分化が進む現代医療において貴重な存在だということがわかりました。
関連:
一般社団法人日本プライマリ・ケア連合学会「家庭医療従事者を探す」
https://www.primarycare-japan.com/datalist/



