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腸内細菌が私たちの未病・健康に与える影響は、今や様々な医療の分野でも注目されています。潰瘍性大腸炎などの難病を改善する可能性があるだけでなく、がん治療にも重要な役割を果たすことが研究で明らかになってきました。個々人に合わせた未病・医療の時代を切り拓く可能性もある腸内細菌の最前線について、黒岩祐治神奈川県知事と株式会社メタジェン代表の福田真嗣さんに対談をおこなっていただきました。

>【動画】「茶色い宝石®」で未病改善! 健康維持から難病治療までアプローチする腸内細菌の新たな可能性とは

黒岩 祐治
黒岩 祐治(くろいわ ゆうじ)
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神奈川県知事。1954年神戸市生まれ。1980年早稲田大学卒業後、フジテレビに入社。1988年から「FNNスーパータイム」キャスターを務め、救急医療キャンペーン「救急医療にメス」が救急救命士の誕生に貢献。1990年放送文化基金賞などを受賞。1992年「報道2001」キャスター、1997年ワシントンD.C.特派員を歴任。2009年フジテレビを退職し、国際医療福祉大学教授に。2011年神奈川県知事に初当選。2022年、3期12年に渡る「未病改善で健康長寿」の取り組み実績が国際機関に認められ、「The Healthy Ageing 50」として高齢化社会をより良くする世界のリーダー50人に日本人として唯一選ばれる。
福田 真嗣
福田 真嗣(ふくだ しんじ)
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株式会社メタジェン代表取締役社長CEO。2006年明治大学大学院農学研究科博士課程修了後、理化学研究所基礎科学特別研究員などを経て、2012年より慶應義塾大学先端生命科学研究所特任准教授に就任。2019年に同特任教授に昇任。2016年より筑波大学医学医療系客員教授、2017年より神奈川県立産業技術総合研究所グループリーダー、2019年よりJST ERATO副研究総括、2022年より順天堂大学大学院医学研究科特任教授を兼任。2013年文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞。2015年文部科学省科学技術・学術政策研究所「科学技術への顕著な貢献2015」に選定。同年、株式会社メタジェンを設立し、現職に就任。2019年に経済産業省を中心とした官民が推進するスタートアップ育成支援プログラム「J-Startup」に選定。

神奈川県が取り組む未病改善!
未来を切り拓く新たなアプローチ

黒岩祐治黒岩知事

神奈川県知事の黒岩祐治です。神奈川県では、未病の改善に向けた取り組みを進めています。専門家をお呼びしてその議論をさらに深めていく企画の第1回目として、株式会社メタジェン代表取締役社長CEOの福田真嗣さんにお越しいただきました。よろしくお願いします。

福田さん福田真嗣

よろしくお願いします。

黒岩祐治黒岩知事

今日のテーマは「茶色い宝石®とともに描く未来」というものですが、茶色い宝石®については後でじっくりとお聞きしたいと思います(※)。その前に、我々が進めている未病の改善に関する取り組みについて、改めてお話をさせていただきたいと思います。

※茶色い宝石®:株式会社メタジェンの登録商標

黒岩祐治黒岩知事

こちらは神奈川県の人口ピラミッドです(※1)。1970年には綺麗なピラミッド型でしたが、2060年になると全く逆の形になります。高齢化の進み方が大変速く、持続可能な状況ではないと言えます。とくに、高齢者の方々が病気になることを防がなければ、皆さんを救うことができなくなる。だから、根本的にそのコンセプトを変えなければいけないと思いました。

人口ピラミッド図

※1 人口ピラミッド図

黒岩祐治黒岩知事

健康と病気の間には明確な線があると考えがちなのですが、実際にはグラデーションになっています(※2)。そのため、病気になってから治すのではなく、グラデーションのどこにいても、少しでも白い方を目指して行動することが大事だという「未病コンセプト」を提唱しています。

未病の説明図

※2 未病の説明図

黒岩祐治黒岩知事

そのために重要なのは、食・運動・社会参加といった日常生活の中で健康になっていくことです。さらに、再生医療、ビッグデータやAIなどといったアプローチを融合させながら、健康な時代を長くしていくことを目指す「ヘルスケア・ニューフロンティア」という神奈川県の取り組みも実施しています。このような背景があり、今回はメタジェンの事業について伺いたいのですが、よろしいでしょうか。

便に含まれる腸内細菌がカギ!
疲労軽減や睡眠改善の新たな手法

福田さん福田真嗣

それでは「茶色い宝石®」についてお話させていただきます。私たちの便には、腸内環境情報が含まれています。ここから健康社会を実現しようというのが、私たちのコンセプトになります。私たちのお腹の中にはたくさんの腸内細菌がいますが、そのバランスが崩れると、実は色々な疾患につながるということが、様々な研究によりそのメカニズムまで明らかになっています。

福田さん福田真嗣

腸内細菌は腸だけでなく様々な疾患、例えば脳疾患や精神疾患などにも大きく影響を及ぼすことが近年の研究でわかってきています。一方で、腸内細菌のバランスを保つことができれば、そうした疾患の予防にもつながることに加えて、持久力の向上や疲労軽減、睡眠の質などにも影響することがわかってきています。

福田さん福田真嗣

この「お腹の中にどのような腸内細菌がいて、どういう成分を作り出してくれているのか」という情報が、便に出てくるのです。便には宝石と同じくらい非常に価値があるといった意味で、私たちは「茶色い宝石®」と呼んでいるわけです(笑)。

福田さん福田真嗣

私たちのコアテクノロジーは、この茶色い宝石®の中に含まれる腸内細菌と、腸内細菌が作り出す様々な物質を細かく調べることができるというものです。その情報を活用することによって、病気を未然に防ぎ、将来的には病気をなくしていきたいと思っています。

福田さん福田真嗣

実は、どんな腸内細菌がいるか、どんなバランスかというのは人によって違います。この違いが、私たちの体質に大きく影響することもわかってきています。例えば、同じものを食べた場合でも、人によって腸内細菌が異なるため、食べたものから完全に同じ栄養素が体に供給されるわけではありません。そのため、実は同じものを食べても人によって効果があったり、あるいは効果が低かったりすることがわかってきました。

福田さん福田真嗣

腸内環境のタイプ別に、ヘルスケアや医療を考えていく必要があります。そのような背景から、メタジェン社・カルビー社・サイキンソー社の3社で連携して「Body Granola(ボディグラノーラ)」という商品を作りました。ボディグラノーラは、ご自身の腸内フローラを最初に調べた上で、そのタイプに合わせたグラノーラのトッピングを選んで食べていただくというものです。

福田さん福田真嗣

結局、お腹の中に住み着いている腸内細菌は人によって違うので、腸内細菌にどんな餌を与えるかが非常に大事です。自分の腸内細菌に合わないものを食べたとしても、腸内細菌が対処できず、良い成分があまり作られないこともあります。

黒岩祐治黒岩知事

「⚪︎⚪︎菌が入っています」というヨーグルトはありますが、タイプ別のヨーグルトはまだないですよね。

福田さん福田真嗣

そうなんです。まだそこまでできていないので、そこを私は社会実装していきたいと考えています。グラノーラは第1弾でしたが、第2弾、第3弾と増やしていきたいです。

難病治療の新アプローチ!
腸内細菌移植でがんや
潰瘍性大腸炎への効果

福田さん福田真嗣

そのほかに、医療への応用もあります。知事は「潰瘍性大腸炎」をご存知ですか?

黒岩祐治黒岩知事

安倍元総理が苦しまれていた病気ですね。

福田さん福田真嗣

はい。潰瘍性大腸炎は難病指定されていて、患者数も20万人以上と難病の中で患者数が一番多い疾患なのですが、実は健康な人の腸内細菌を活用することによって、症状を改善する可能性が臨床研究で示されました。

福田さん福田真嗣

私たちのグループ会社のメタジェンセラピューティクス社では、この治療方法を厚生労働省に先進医療として申請しています。まず、潰瘍性大腸炎の患者さんに3剤混合の抗菌剤を2週間飲んでいただき、患者さんの腸内細菌を一度全て排除してから、健康な人の腸内細菌を大腸内視鏡を使って移植するという治療方法です。

黒岩祐治黒岩知事

腸内細菌の移植は、それほど大きな手術ではないのですか?

福田さん福田真嗣

メスは使いません。いわゆる大腸カメラと同じでお尻から内視鏡を挿入して、そのときに健康な人の便の懸濁液(けんだくえき)を腸内に入れます。

黒岩祐治黒岩知事

「今やりたい」という人がいたらできるのですか?

福田さん福田真嗣

今は先進医療として実施人数も決まっているのでできませんが、今回の成果を評価して有効性が認められたら誰でもできるようになります。将来的には保険適用での提供を目指しています。

黒岩祐治黒岩知事

こうした研究は、世界中で進んでいるのですか?

福田さん福田真嗣

様々な臨床研究が進んでいます。もう1つご紹介したいのが、がんの領域で腸内細菌を活用できる可能性についてです。がんの治療で注目されている「免疫チェックポイント阻害薬」という薬の効き目が、腸内細菌のパターンに依存するということがわかってきました。

黒岩祐治黒岩知事

よく効く人と、そうでもない人がいるということですか?

福田さん福田真嗣

はい。そのため、免疫チェックポイント阻害薬の治療効果がなかった患者さんに、治療効果があった人の腸内細菌を移植してもう1回治療すると、3割ほど効くようになることが報告されています。

福田さん福田真嗣

さらに最新の研究では、メラノーマというがんの患者さんに、あらかじめ健康な人の腸内細菌を移植しておくと、治療効果を得られる人の割合が通常20〜30%なのが65%に上がるといった研究成果も報告されています。

黒岩祐治黒岩知事

画期的な研究ですね。「効く薬を開発しなきゃいけない」というこれまでの考え方と違い、「その薬を効くように腸内細菌を変えていく」わけですね。

福田さん福田真嗣

おっしゃるとおりです。

腸内細菌と遺伝子が導く
個々人に合わせた
未病・医療の可能性

黒岩祐治黒岩知事

腸内細菌の話は、漢方に近いと感じる部分があります。漢方では「証」と呼ばれるタイプの仕分け方があります。汗っかきな人、怒りっぽい人などのタイプ分けをして、「この人はこんなタイプだからこの生薬を組み合わせる」といったように個別対応するのです。

黒岩祐治黒岩知事

製薬の場合は症状があれば、性別もあまり考慮せず、大人と子どもで量を調整することはあっても、個別に対応することはありませんよね。そのような意味で、先ほどの腸内細菌の話は個人のタイプに合わせた漢方のアプローチと、非常に近いと感じました。

福田さん福田真嗣

それはまさに我々がやろうとしていることです。先ほどの西洋医学の薬でも人によって効果に差があり、また腸内細菌にも違いがあるという事実がわかってきました。一部の漢方薬では、ある腸内細菌がその成分を代謝して活性することで効果が出るということも既にわかっています。同じ漢方薬を使っても「この菌がいる人は効くけれど、いない人には効かない」ということがあるわけです。

黒岩祐治黒岩知事

一方で、そのような個別化医療という新しい医療の流れでよく出てくるのは遺伝子の話ですよね。遺伝子は、今の話の流れとは少し違いますか?

福田さん福田真嗣

そもそも人間がどういう生き物かというと、体の細胞が約30兆個であるのに対して、お腹の中にいる腸内細菌は約40兆個と見積もられています。さらに、遺伝子の数でいうと、人間は2万数千個である一方で、腸内細菌はその数百倍あります。

福田さん福田真嗣

人間というのは、人間の細胞と微生物の細胞が合わさってできた「超生命体」であるという考え方があります。つまり、人間の体側のことだけ調べてもわからなかったことが、腸内細菌と合わせて考えると理解できたり、あるいは治せなかった病気が実は治せたりするかもしれないという、まさに科学の最先端です。そのため、腸内細菌は、人間の病気を治したり健康状態を維持したりと、なりたい自分になるためにとても重要な「もう1つの臓器」と捉えることができます。

黒岩祐治黒岩知事

医療そのもののあり方を根本的に変えそうですね。茶色い宝石®が、なんかピカピカに見えてきました(笑)。

「腸内細菌叢バンク」で描く
未来のヘルスケアとは?

黒岩祐治黒岩知事

ちなみに、便はどのように保管するのですか?

福田さん福田真嗣

私たちは、便に含まれる腸内細菌の集団(腸内細菌叢)を常温で保存できる方法の特許を持っています。その便の中の腸内細菌は後から増やすことができるので、少量の便さえ採っておけば、将来的に腸内細菌を移植することが一般化してきたときに使える可能性があります。

黒岩祐治黒岩知事

調子が良いときの便を採っておいて、それを自分に移植するのが一番良い気がしますけど、どうでしょうか?

福田さん福田真嗣

未来の事業としてやりたいと思っています。加齢とともに人間は調子が悪くなっていきますが、それでも自分が健康なときの腸内細菌を採っておけば、将来的に活用できると考えています。自分の良い便を作ってそれを保管するという文化を、私は作っていきたいと考えています。

黒岩祐治黒岩知事

何歳から便を保存しておくと良いですか?

福田さん福田真嗣

技術的には0歳からできますが、小学生頃から年に1回くらい採るのが良いと思っています。便さえあれば分析データも取れるので、いつのタイミングでどう変わっていたのかという情報もわかります。そうすると「いつの時代に戻りますか?」と、便を選ぶことができるようにもなります。20代の便がいいのか、10代の便がいいのか、40代の便がいいのか、腸内細菌研究は今後さらに発展して色々なことが明らかになると思います。そして将来、自分の便を採っておきさえすれば、腸内細菌の機能が完全に解明された際に、自分が求める状態に合わせてどの便を使うかを選択できるようになる未来が、まさに未病改善につながるのではないかと考えています。

黒岩祐治黒岩知事

これは「腸内細菌叢バンク」ですよね。

福田さん福田真嗣

そのとおりです。実は、潰瘍性大腸炎の患者さんを治すために、健康な人の腸内細菌を集める仕組みとして、2025年の4月からメタジェンセラピューティクスの本社があり私も住んでいる山形県鶴岡市に設置することを決めました。日本初の腸内細菌叢バンク「J-Kinsoバンク」がスタートします。

黒岩祐治黒岩知事

まさか、最初は「茶色い宝石®」という冗談かと思ったら、冗談どころか医療の世界を根本的に変える大発明かもしれない。大改革かもしれないですね、これは。

福田さん福田真嗣

そうなんです。本当にここから、未病改善というものを私は実行していきたいと思っています。

黒岩祐治黒岩知事

我々も、頑張っていきたいと思います。本日はありがとうございました。

福田さん福田真嗣

ありがとうございました。

編集部より

腸内細菌が健康や医療に果たす役割は、今後ますます重要になりそうです。腸内細菌の移植が病気の治療において新たな希望をもたらす可能性に加え、その応用範囲も広がりそうです。これから個別化医療が進む中で、この分野は医療やヘルスケアの形を大きく変えていきそうです。次なる「茶色い宝石®」の輝きに期待が高まります。 この対談のあと、11月7~8日で国際シンポジウム「ME-BYOサミット神奈川2024」が 開催されました。黒岩知事や福田さんも登壇され、新たな未来社会の創造に向けて 幅広い議論が交わされました。その模様の動画は、特設サイトからご覧いただけます。
※本記事はメディカルドック医療アドバイザー鈴木英雄 医師(胃腸科専門医・指導医)の監修のもと制作しております

この記事の監修博士(農学)/株式会社メタジェン代表取締役社長CEO