「心臓リハビリテーションの医学的根拠」をご存じですか? 専門医が教える正しい運動処方とは

「1日8000歩歩くことで死亡リスクが下がる」「筋トレは抗うつ薬より効果的」──近年、運動の薬理効果に関する研究報告が相次いでいます。しかし、「エクササイズ・イズ・メディシン(運動は薬)」という概念は、実は1960年代から存在していたことをご存じでしょうか? 心臓リハビリテーションの専門医・上月正博先生は、30年以上前からこの考え方に基づいて治療に取り組んできました。運動療法が薬物治療と同等、時にはそれ以上の効果を発揮する科学的メカニズムとは? そして、なぜ運動の効果は「伝わりにくい」のか? 豊富な臨床経験を持つ専門医が、運動処方の真実に迫ります。
目次 -INDEX-

監修医師:
上月 正博(山形県立保健医療大学 理事長)
「エクササイズ・イズ・メディシン」は新しくない?──40年前から存在した概念

編集部
最近「エクササイズ・イズ・メディシン」という言葉をよく耳にしますが、これは新しい概念なのでしょうか?
上月先生
私が心臓リハビリに関わるようになったのは、1981年の研修医時代です。東京女子医科大学で研鑽してきた医師が在籍した福島県いわき市医療センターの循環器内科に所属したときに、運動負荷試験※1や心臓リハビリが積極的におこなわれている環境に身を置きました。
※1 運動負荷試験:心臓に運動による負荷をかけて心機能を評価する検査
編集部
先生が最初に運動療法の意義と効果を実感されたのはどのような場面だったのでしょうか?
上月先生
「なぜこんなに効果があるのか」「なぜ患者さんがこんなに喜ばれるのか」─その理由を探究していくうちに、運動の持つ多面的効果の奥深さに気づいたのです。単なる体力向上ではなく、血管機能の改善、自律神経の調整、炎症の抑制など、まさに薬と同じような生理学的変化が運動で起こっていることが分かってきました。
編集部
心臓リハビリが医療として認められるまでには、どのような変遷があったのでしょうか?
上月先生
そこで心臓リハビリの重要性が再認識されました。アメリカからの論文で、ステント治療をおこなうより運動療法のほうが長期的な心筋梗塞の再発防止に有効であるという報告が出され、心臓リハビリが治療として重要視されるようになったのです。その後、ステントは改良されて再狭窄のリスクは大幅に低下しましたが、心臓リハビリは心筋梗塞や狭心症のみならず、慢性心不全、大血管手術後、末梢動脈疾患などでも有効性が証明されるようになり、現在では、循環器のガイドライン※4でも心臓リハビリのエビデンスレベルが高く評価され、重要な治療法として位置づけられています。
※2 ステント治療:狭くなった血管を金属製の網状の筒で拡張する治療法
※3 再狭窄:一度治療した血管が再び狭くなること
※4 ガイドライン:医療従事者向けの診療指針
なぜ運動の効果は「伝わりにくい」のか?──複雑性と経済性のジレンマ

編集部
運動療法の効果が科学的に証明されているにも関わらず、一般の人に伝わりにくいのはなぜでしょうか?
上月先生
西洋医学では通常、一対一の因果関係で理解されます。「この薬がこの症状に効く」という具合にですね。しかし、運動療法は単一のメカニズムで一つのパラメータを改善する薬とは異なり、多様な効果を同時に発揮します。この複雑さが理解されにくく、むしろ曖昧さと捉えられる結果、信頼性に乏しいと誤解されやすく、行動変容を促すのが難しい要因となっています。
編集部
具体的にはどのような効果が同時に現れるのでしょうか?
上月先生
これだけ多岐にわたる効果を一度に説明しても、「結局何に効くの?」という疑問を持たれてしまいがちです。薬のように単純に「血圧を下げる」「血糖値を下げる」といった単純明快な説明ができないのが、運動療法の伝わりにくさの原因でもあります。
編集部
経済的な観点から見ると、運動療法はどのような位置づけになるのでしょうか?
上月先生
そのような理由から医療費の対象を絞らざるを得ず、重症患者には診療報酬の点数がつきますが、軽症者や予防段階では自己負担となることが多いのです。これは制度上の課題でもあります。私は一般の人に運動療法の効果を伝える際、寿命の延長という側面に焦点を当てることが、最もインパクトが大きいと考えています。例えば、喫煙と寿命の関連を例に挙げると、単に「健康に悪い」と伝えるだけでなく、「平均寿命が○年短くなる」という具体的なデータを示すことで、より強いインパクトを与えられます。
個人差を考慮した「運動処方」の実践──FITT-VP原則の重要性

編集部
具体的な運動処方について、個人差をどのように考慮すべきでしょうか?
上月先生
そこで重要になるのが、V(ボリューム:頻度×強度×時間)とP(プログレッション:漸進性/リビジョン:修正)の概念です。ボリュームが運動効果を決定するわけであり、ボリュームを安全かつ効果的に運動強度や時間を上げていくプログレッション/リビジョンに努める必要があります。
※5 FITT-VP原則:Frequency(頻度)、Intensity(強度)、Time(時間)、Type(種類)、Volume(量)、Progression /Revision(漸進性・修正)を考慮した運動処方の原則
編集部
この運動処方の考え方は、薬の処方と似ているとお聞きしました。詳しく教えてください。
上月先生
薬を処方するときも、患者さんの年齢、体重、腎機能、肝機能などを考慮して用量を決めますよね。運動処方も全く同じで、その人の心機能、運動能力、年齢、合併症などを総合的に判断して、最適な「用量」を決めるのです。
編集部
特別な配慮が必要な人への対応はいかがでしょうか?
上月先生
プールでのウォーキングは、浮力により関節への負担が少なく、水圧による抵抗が筋力トレーニングにもなります。また、高齢化に伴い心臓病や腎臓病など複数の疾患を抱える人が増えていますが、運動療法はこうした重複障害を持つ方々の予後改善にも有効です。
個々の患者さんの状態に合わせて運動処方を調整し、特にボリュームを意識して増やしていくことが重要です。定期的に運動量を見直し、必要に応じて修正することも大切ですね。
海外との比較と今後の展望──集中リハビリから自立支援へ

編集部
日本の心臓リハビリは、海外と比較してどのような特徴があるのでしょうか?
上月先生
アメリカでは集中的なリハビリテーションをおこない、その後はほかの場所で継続するという考え方が一般的です。一方、日本では比較的長期間の医療管理下でのリハビリテーションが可能ですが、これには一長一短があります。
編集部
アメリカのシステムと日本のシステム、それぞれのメリット・デメリットとはどのようなものでしょうか?
上月先生
一方、日本のシステムは、より長期間にわたって医療従事者がサポートできるため、安全性が高く、個々の患者さんの状態変化にきめ細かく対応できます。ただし、医療依存になりがちで、自立への移行が遅れる場合もあります。ドイツの循環器疾患の2次予防施設ヘルツグルッペを参考に、日本でも同様の施設(メディックスクラブ)が展開されています。各国の医療制度や社会情勢に応じて、最適なシステムを構築していく必要がありますね。
編集部
今後の心臓リハビリテーションの課題と展望についてお聞かせください。
上月先生
一方で、最近は腎臓リハビリテーションへの関心も高まっています。私の著書がAmazonの健康雑誌で腎臓分野1位を獲得したように、心臓以外の臓器疾患に対する運動療法への注目も集まっています。重要なのは、臓器疾患があっても運動能力が高い人は長生きするということです。1日の歩数が寿命を予測する重要な指標となることが分かっており、呼吸器疾患の患者さんでも同様の傾向が見られます。
運動療法は寿命を延ばす効果が期待できる数少ない手段の一つです。安価で手軽に取り組めるにもかかわらず、その効果は絶大です。ただし、患者さん自身の努力が必要で、いかにモチベーションを維持していただくかが今後の大きな課題だと考えています。
編集部まとめ
今回のインタビューで最も印象深かったのは、「エクササイズ・イズ・メディシン」が決して新しい概念ではなく、40年以上前から実践されてきた治療法だという事実でした。流行に左右されない、確固たるエビデンスに基づいた医療として、心臓リハビリテーションが発展してきたことがよく理解できました。
運動療法の効果が「伝わりにくい」理由として、その複雑性が挙げられたのも興味深い指摘でした。薬のように単純明快な効果ではなく、多岐にわたる健康改善効果を同時に発揮するからこそ、その価値を正しく伝えることが重要だと感じました。
引用論文:
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Green DJ, et al. Exercise training enhances endothelium-dependent dilatation in healthy young men. J Am Coll Cardiol. 1999;33(5):1381-1386.
Saltin B, et al. Response to exercise after bed rest and after training: a longitudinal study of adaptive changes in oxygen transport and body composition. Circulation. 1968;37/38(suppl VII):VII-1–VII-78.
Riebe D, Ehrman JK, Liguori G, Magal M. ACSM's Guidelines for Exercise Testing and Prescription. 10th ed. American College of Sports Medicine; 2017.






