進展を待つか、先手を打つか―「高リスクのくすぶり型多発性骨髄腫」治療の前進と残る課題

血液がんの一つである「多発性骨髄腫」には、貧血や骨痛など多発性骨髄腫に伴う症状が出る前の「くすぶり型」の段階があります。従来は、症状が出るまでは経過観察するのみでした。しかし、高リスクのくすぶり型多発性骨髄腫の進展を遅らせる初めての治療薬として「ダラツムマブ(商品名:ダラキューロ)」が2025年11月に承認され、新たなアプローチが可能になりました。2026年2月25日に東京都内で開かれたくすぶり型多発性骨髄腫に関するプレスセミナーから、診断基準や治療に対する考え方について、福岡大学医学部 腫瘍・血液・感染症内科学 教授の髙松泰先生による講演の要約をご紹介します。
免疫の要が「がん化」する多発性骨髄腫
私たちの血液中には、酸素を運ぶ赤血球、出血を止める血小板、そして感染防御に働く白血球が流れており、これらはすべて骨髄の「造血幹細胞」から作られています。このうち、白血球の一種であるB細胞は、最終的に「形質細胞」へと変化し、体内に侵入した病原体を攻撃するタンパク質である免疫グロブリン(抗体)を作り出す役割を担います。この形質細胞ががん化し、骨髄中で異常に増殖してしまう病気が「多発性骨髄腫」です。
がん化した形質細胞(骨髄腫細胞)は、病原体を殺す能力を持たない単一の免疫グロブリンを大量に産生し続けます。その結果、血液中に単一のタンパクが増加すると「Mタンパク血症」と診断されます。多発性骨髄腫は、骨髄中での形質細胞の増加と、Mタンパクの存在が診断の基本となっています。
進展すると現れる四つの症状
骨髄腫細胞が増殖すると、正常な形質細胞が減少して正常な免疫グロブリンが作られなくなります。そのため患者さんの感染防御力は低下し、一般の人に比べて感染症に5倍もかかりやすくなります。多発性骨髄腫の診断後1年以内に亡くなるケースの4分の1は感染症が原因といわれています。
さらに病状が進むと、体全体に深刻なダメージが現れます。以下四つの代表的な症状は、その英語の頭文字から一般的に「CRAB(クラブ)症状」と呼ばれています。
- 高カルシウム血症(C:Calcium) 骨の破壊が進むことでカルシウムが血液中に大量に溶け出し、便秘、吐き気、食欲不振などの消化器症状や、倦怠感、脱力などの精神・神経症状、多尿・多飲(喉の渇き)などが現れる。重症化すると意識障害や不整脈、腎不全を引き起こす
- 腎機能障害(R:Renal) 大量に作られたMタンパクの一部が腎臓の尿細管(腎臓の中で尿を作るための細い管)を詰まらせる。さらに高カルシウム血症やアミロイドという物質の沈着、感染症治療の抗菌薬や痛み止め、造影剤などの薬剤の影響も加わり、腎臓の働きが著しく悪化する
- 貧血(A:Anemia) 骨髄腫細胞が骨髄を占領するため、正常な血液細胞が作れなくなり、患者さんの半数が診断時に貧血を示す。頭痛や倦怠感(けんたいかん)、軽い運動での動悸や息切れの原因となる
- 骨病変(B:Bone) 骨を壊す「破骨細胞」が活性化し、骨を作る「骨芽細胞」の働きが抑えられるため、骨がもろくなり、強い痛みや病的骨折を引き起こしやすくなる
多発性骨髄腫は高齢者に多く、男女ともに40歳を超えると発症率が高まり、85歳から89歳が最も高くなります。また、罹患率は年々増加傾向にあります。
患者には納得しがたい「症状が出るまで経過観察」
多発性骨髄腫は、ある日突然発症するわけではありません。発がん初期の遺伝子異常により「MGUS(意義不明の単クローン性免疫グロブリン血症:異常な形質細胞が少量のMタンパクを産生する前がん状態)」が起こり、二次的な遺伝子異常が加わることで「くすぶり型多発性骨髄腫」となり、さらに遺伝子異常が重なって多発性骨髄腫へと進展していくと考えられています。「くすぶり型」とは、多発性骨髄腫になる一歩手前の段階であり、骨髄中の異常な形質細胞の増加やMタンパクは認められるものの、CRAB症状のような臓器障害が全く出ていない状態です。海外の研究では、40歳以上の全人口における有病率は0.53%、年齢中央値は70歳と報告されています。
以前は「くすぶり型」の段階では治療を行わず、症状が出るまで経過観察とされていました。抗がん剤を用いた従来の治療(MP[メルファラン+プレドニゾロン]療法など)の時代には、症状がない段階で治療を開始しても、症状が出てから治療を開始しても、生存率に差が認められなかったためです。
しかし、この「症状が出現してから治療を開始する」という方針は、患者さんの立場からは納得しがたいものがあるでしょう。治療開始の目安となる「症状が出るまで待つ」ということは、骨折の痛みや貧血に伴う倦怠感、息切れなどのつらい症状が起こってしまうことを意味するからです。腎機能が障害されると、治療薬の排泄(はいせつ)が遅れて副作用が強くなる危険性もあり、治療の安全性も下がってしまいます。
こうした背景から、2014年に多発性骨髄腫の診断基準が大きく改訂されました。CRAB症状がなくても、「骨髄中の形質細胞が60%超」「MRIで局所性の骨病変が2カ所以上」などの基準を満たす患者さんは、2年以内に80%以上の高確率で多発性骨髄腫に進展することが判明しました。そのため、これらの基準を満たす場合は直ちに「多発性骨髄腫」として治療を開始することになったのです。
誰を早期治療すべきか? 今後の最大の課題
くすぶり型多発性骨髄腫の患者さんは、すべてが同じスピードで多発性骨髄腫に進展するわけではないことが分かっています。進展の確率は最初の5年間が年10%、次の5年間が年3%、10年以降は年1%であることが示されています。これは、時間がたてば進展しにくくなるという意味ではなく、「急速に進展する人」と「ゆっくり進展する人」という多様な患者さんが混在していることを示しています。
ゆっくり進展する人には従来の経過観察が適切ですが、急速に進展する高リスクの患者さんを的確に見つけ出し、臓器障害が起きる前に治療介入できれば、つらい症状の出現を防ぎ、新規薬剤を用いてより安全に長く病気をコントロールできる可能性が高くなります。
現在の最大の課題は、「いかにしてその高リスクの患者さんを高精度に抽出するか」です。世界中の研究グループが独自のリスク分類を提唱しています。代表的なアメリカのメイヨークリニックとスペインのPETHEMAの基準で診断を突き合わせると、リスク判定が完全に一致する割合は3割未満にとどまるという報告もあり、最適な基準の確立には至っていません。
最新のアプローチとして、次世代シークエンサー(遺伝子の配列を高速で大量に読み取る解析装置)を用いて骨髄腫細胞のゲノム解析を行ったところ、いくつかリスク因子が見つかりました。これらの遺伝子変異の有無でリスク分類をしたところ、平均1.2年で多発性骨髄腫に進展する高リスク群を見つけ出すことができたと報告されています。非常に理にかなった手法ですが、問題点として、一つにはどのリスク因子を調べるのが一番良いのかわかっていないことがあります。もう一つ、数十万円という高額な検査費用が、実臨床への導入の壁となっています。
我々は、診断後18カ月間の「Mタンパクの増加スピード」と、多発性骨髄腫の「ステージング」に使われる血液中のβ2ミクログロブリン値を組み合わせることで、精度の高いリスク抽出が可能になることを見出しました。
2020年にはIMWG(国際骨髄腫作業部会)から新しいリスク分類が提唱され、これが現在世界で最もよく使われる分類となりつつあります。
こうしたさまざまな方法が提唱されていますが、どれが最適であるかは、これから検証しなければいけない状況です。
多発性骨髄腫に対する治療は、症状が出る前に始めることで、患者さんがつらい思いをせず、進展を食い止め、より安全に治療ができる可能性が高くなると考えられます。そのためには、早期にCRAB症状が現れる(多発性骨髄腫へ進展する)危険性が高いくすぶり型多発性骨髄腫の患者さんを精度高く抽出できる基準をいかに見つけるかが、今後の課題だと思います。
*本稿には特定の医薬品についての記述がありますが、情報提供のみを目的としたものであり、医療上の助言や販売促進などを目的とするものではありません。



