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国内患者数約3万人「重症筋無力症」治療の新時代―新薬登場で個別化治療進展にも期待

 公開日:2026/02/26
国内患者数約3万人「重症筋無力症」治療の新時代―新薬登場で個別化治療進展にも期待

Johnson & Johnson(ヤンセンファーマ株式会社)は、全身型重症筋無力症治療薬「アイマービー(一般名:ニポカリマブ)」の発売に伴う記者説明会を2025年11月12日、東京・日本橋で開催しました。新薬発売を機に、疾患の現状と治療の課題、そして新たな治療選択肢がもたらす可能性について、専門医による講演が行われました。
重症筋無力症は、自己抗体によって筋肉の動きが阻害される難病で、国の特定疾患に指定されています。「重症筋無力症は実は治る疾患ではなく、長期的に寛解を維持することが難しいのが現状です」と、総合花巻病院脳神経内科部長の長根百合子医師は講演で説明しました。約50年前からステロイド治療が普及し死亡例は大幅に減少しましたが、完全に症状がなくなる「寛解」を達成できる患者さんの割合は、1940年代から2000年代までほとんど変わっていないという現実があります。
本稿では、長根医師の講演をもとに、重症筋無力症がどのような病気なのか、なぜ治療が難しいのか、そして新薬がどのような仕組みで働くのかを解説します。

長根 百合子

監修医師
長根 百合子(総合花巻病院)

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総合花巻病院 脳神経内科 部長。1994年岩手医科大学医学部卒業。同大学神経内科勤務を経て、2006年より総合花巻病院に勤務。日本神経学会専門医・指導医、日本神経治療学会評議員、日本神経免疫学会評議員。重症筋無力症診療ガイドライン作成委員会研究協力者、Japan MG Registry study group事務局を務め、全国筋無力症友の会顧問としても患者支援に尽力している。

重症筋無力症とは

自己抗体が筋肉への信号を阻害する病気

重症筋無力症は、英語で「Myasthenia Gravis(マイアステニア・グラビス)」といい、頭文字をとって「MG」と呼ばれます。この病気は、両端が骨に付着し、自分の意思で動かすことができる骨格筋の「神経筋接合部」という場所に問題が起きる自己免疫疾患です。神経筋接合部とは、運動神経の末端と筋肉の接触部分で、脳からの「動け」という命令を筋肉に伝えます。このとき神経筋接合部では、神経伝達物質「アセチルコリン」が放出され、筋肉側の「アセチルコリン受容体」がこれを受け取ることで筋肉が収縮します。

重症筋無力症の患者さんの約8割では、アセチルコリン受容体に対する「自己抗体」が作られています。抗体は本来、細菌やウイルスなど外敵を攻撃するものですが、自己抗体は誤って自分自身の組織を攻撃してしまいます。この自己抗体が神経筋接合部の信号伝達を阻害することで、筋肉がうまく動かなくなるのです。

国内患者数は約3万人、65歳以上の発症が増加

国内では患者数が増加傾向にあります。2006年の全国調査では1万5100人でしたが、2017年には2万9210人とほぼ倍増しました。人口10万人あたりの有病率も、11.8人から23.1人へと増えています。「この背景には診断の向上や、高齢化などが影響していると考えられています」と長根医師は説明します。男女比は1対1.7(2006年)で女性にやや多く、発症年齢は乳幼児から高齢者まであらゆる世代に及びます。特に近年は65歳以上で発症する「高齢発症」の患者さんが増えているのが特徴です。なお、遺伝することはまれとされています。

重症筋無力症の症状

まぶたが下がる、物が二重に見える「眼筋症状」

重症筋無力症では、全身の骨格筋が影響を受けるため、さまざまな症状が現れます。特に頻度が高いのが、まぶたを上げる筋肉が障害される「眼瞼下垂(がんけんかすい)」と、眼球を動かす筋肉が障害されることで物が二重に見える「複視」です。これらは「眼筋症状」と呼ばれ、多くの患者さんがこの症状から発症します。

生涯を通じて眼筋症状だけにとどまるタイプは「眼筋型MG」と分類されます。一方、全身に症状が広がるタイプは「全身型MG」と呼ばれ、舌や顔、喉の麻痺による症状も現れます。具体的には、長く話していると呂律が回りにくくなる、うまく飲み込めない、硬いものをかむとあごが疲れやすいといった症状です。

反復運動で悪化、夕方に症状が重くなる特徴

「MGは反復運動で悪化し、安静で軽快するという特徴があります」と長根医師は説明します。ドライヤーや歯磨きといった繰り返しの動作で脱力が誘発される「易疲労性」や、朝は比較的調子が良くても夕方にかけて症状が悪化する「日内変動」も特徴的です。さらに重度になると、手足に明らかな筋力低下が出たり、重度の嚥下障害(えんげしょうがい)が現れたりします。最も重い状態は「クリーゼ」と呼ばれ、自力で呼吸できなくなり人工呼吸器管理が必要となることもあります。ただし、「最近は早期診断、適切な治療により、クリーゼまで至る重症例はかなり減ってきています」と長根医師は述べました。

従来治療の問題点と患者さんの負担

ステロイド治療で死亡例は減少、しかし寛解率は変わらず

重症筋無力症の治療は、約50年前から大きく変わりました。1970年頃に高用量経口ステロイド療法が普及し、死亡例は劇的に減少しました。「1940年代は死亡例が約30%もいて、本当に大変な疾患だったのですが、高用量経口ステロイド療法の普及により、死亡例は大きく減りました」と長根医師は解説します。

ただし、高用量のステロイドをいきなり投与すると、初期増悪からクリーゼに至る場合があるため、少量から徐々に増やしたあと高用量で維持し、ゆっくり減量するという治療スタイルがとられていました。改善に要する期間が極めて長く、患者さんは長期の入院を強いられる場合があったといいます。また、減量中に症状が再び悪化して減量を中断し、患者さんによっては数年、数十年もの間、中等量以上のステロイドが投与され続けることも少なくなかったそうです。中等量以上のステロイド投与を年単位で続けると、満月様顔貌、肥満、糖尿病、骨粗鬆症、不眠、抑うつといった患者さんの生活の質に大きく影響する副作用が発生する可能性があります。

ここで重要な事実があります。症状が改善する患者さんは増えましたが、完全に症状がなくなる「寛解」を達成できる患者さんの割合は、1940年代から2000年代までほとんど変化していないのです。長根医師らが継続している全国調査によると、日常生活に支障のない改善レベル以上を達成している患者さんは2010年の49.5%から2021年には約58.0%まで増加しています。一方で、「完全寛解」と「薬理学的寛解」を合わせた「寛解」を達成した患者さんは2010年の調査でも2021年の調査でも10%台にとどまっていました。また、21.1%が複数の免疫治療薬による治療や血漿浄化療法、免疫グロブリン静注療法などを一定期間行っても十分な改善が得られない「難治例」に該当することが分かりました。

症状の変動が「怠けている」と誤解される

「MGの症状というのがなかなか周囲に理解されず、ある日は元気なのに急に寝込んでしまうこともあり、そういった症状の変動が怠けているとか、サボっていると誤解されているような現状があります」と長根医師は説明します。医療従事者からも誤解を受けることがあり、精神的な問題ではないかと診断されたり、そのように扱われたりする場合もあるといいます。

日本国内で行われた調査では、職を有していた680例のうち、185例(27.2%)が失職を経験していました。また、244例(35.9%)が収入減少を経験し、うち115例は50%以上の減収だったという深刻な結果も報告されています。「いつ悪化するか分からないという不安から、計画を立てて生活することが難しい」という声もあります。

アイマービーの特徴

FcRn阻害薬という新しいアプローチ

こうした課題に対し、近年は分子標的薬の開発が盛んになっています。今回発売されたアイマービーは「FcRn阻害薬」という種類の薬です。

「FcRn」とは「新生児型Fc受容体」の略で、血中を循環するIgG(免疫グロブリンG)の「リサイクル」に関わっています。通常、血中から細胞内に取り込まれたIgGがFcRnに結合すると、再び血中に戻されてリサイクルされます。一方、FcRnに結合できなかったIgGはリソソーム(細胞内でさまざまな生体分子の分解を担う小器官)で分解されます。FcRn阻害薬はこのリサイクルを妨げることで、重症筋無力症の原因となる病原性自己抗体(IgGの一種)を減少させます。

「簡単に言うと、注射によってIgGを減少させることができる薬剤になります。血漿浄化療法(人工透析のように血液を体外に取り出し専用の装置で自己抗体を取り除く治療)もIgGを減少させますので、『注射でできる血漿浄化療法』と表現されることもあります」と長根医師は説明します。

2週間隔の継続投与で安定した症状管理を目指す

これまでのFcRn阻害薬は、症状が悪化したタイミングで一定回数投与し、症状が良くなってまた悪化したら次のサイクルを行う、という「サイクル治療」でした。アイマービーは投与方法が異なり、初回は体重あたり30mgを投与し、以後は2週間隔で体重あたり15mgを継続して点滴静注します。「FcRn阻害薬による維持療法を継続することによって、より安定した症状管理が行われることが期待されます」と長根医師は述べています。

アイマービーの臨床試験結果

国際共同第III相試験で有効性を確認

アイマービーの有効性は、国際共同第III相試験「Vivacity-MG3試験」で検証されました。標準的な治療で十分にコントロールされていない全身型重症筋無力症の患者さん199例が参加し、24週間の二重盲検期間でプラセボ群とアイマービー群が比較されました。

主要評価項目である日常生活動作スコア(MG-ADL)の変化量では、すべての解析集団でアイマービー群がプラセボ群を上回り、統計学的な有意差が示されました。アイマービーは投与開始2週目から改善が見られ、24週まで改善が続き、その後48週まで安定した改善レベルが維持されていました。

ステロイド減量も可能に、12歳以上の小児にも承認

継続試験では、最終観察時にステロイドを減量できた患者さんが56.8%、中止に至った患者さんが8.5%いました。「ステロイド減量ができた患者さんたちも、症状が悪化することなく安定して減量が可能だったことが示されています」と長根医師は報告しています。

また、アイマービーは成人だけでなく12歳以上の全身型重症筋無力症に対しても承認を取得しており、FcRn阻害薬として初めての小児期への適応となりました。安全性については、頭痛や上気道感染がこれまでのFcRn阻害薬と同様に報告されています。また末梢のむくみや筋けいれんはアイマービーに特徴的な有害事象として注意が必要です。

長根医師は講演の最後に、「分子標的薬の選択肢が増えてきている状況にあり、患者さんの状況に応じた個別化治療が今後進展する可能性が期待されています」と締めくくりました。

講演者:長根百合子医師(総合花巻病院 脳神経内科 部長)
主催:Johnson & Johnson(ヤンセンファーマ株式会社)
開催日:2025年11月12日

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