制御性T細胞が変える病気の治療—ノーベル賞・坂口志文先生講演から見える近未来の医療

制御性T細胞(Treg)の発見とその機能解明により、2025年のノーベル生理学・医学賞を受賞した大阪大学特別栄誉教授、坂口志文先生の記念公演(日本医学ジャーナリスト協会主催)が2026年1月16日、東京都千代田区の日本プレスセンターで開かれました。「制御性T細胞と免疫寛容:発見と医療への展望」と題した講演で坂口先生はTreg発見までの歴史を振り返り、自己免疫病やがん治療への活用など医療における展望を語りました。講演の要旨をお届けします(免疫学になじみのない方の理解を助けるため、文意を変えない範囲で適宜用語の説明を付け加えています)。
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監修医師:
井上 祥(横浜市立大学共創イノベーションセンター特任准教授)
免疫はなぜ自分を攻撃しないのか
私たちの体を守る免疫系は、さまざまな抗原(異物)に対応できる反応性と、高い抗原特異性(特定の異物だけを正確に識別する能力)、免疫記憶、強力な抗原排除機構に加え、自己抗原(自分の組織)に対する無反応性――という特徴があります。
このうち抗原排除機構と免疫記憶によって、いったん自分に向かって免疫反応が起きると病気になります。抗原がある限り免疫反応が続くので、自己免疫病はなかなか治りません。あるいは、臓器移植でいったん拒絶反応が始まると止めるのは難しいということになります。
ドイツの細菌学者・免疫学者、パウル・エールリッヒ氏は1900年の論文で「生体は何らかの制御機構によって自己免疫を回避しているはず」だとして回避のメカニズムを「Horror Autotoxicus(自己中毒の恐怖)」と名づけ、その研究は最も重要度が高いとしました。
その後、1960年にノーベル賞を受賞したオーストラリアの免疫学者、マクファーレン・バーネット氏とイギリスの生物学者、ピーター・メダワー氏により、「(自己の組織を攻撃しない)免疫寛容は遺伝的に生まれた時から決まっているのではなく、適応的に(出生後に病原体や異物などと接することで)獲得されるものである」ことが証明されました。バーネット氏は自己に反応するリンパ球は未熟な状態で排除されるという説を唱え、メダワー氏が実験的に証明しました。
このメカニズムは存在しますが、実際の自己免疫病をそれで説明することには誰も成功していません。免疫寛容のメカニズムとして二つ目に提唱されたのは、自分に反応するリンパ球は作られるけれど、それは自己抗原を認識すると不活化され、死なないけれど反応しなくなるというもので「免疫無反応性(アナジー)」といいます。三つ目の説として、自分に反応するリンパ球は体の中にもあるが、それが増えたり活性化したりするのを抑えている別のリンパ球があるという「抑制」の考え方です。これをTregとして研究してきました。
「自分を攻撃するリンパ球を抑える」Tregの発見
愛知県がんセンターの西塚泰章氏と坂倉照妤氏は1969年に、正常なマウスから生後3日目に胸腺(胸の中央にあり、T細胞の分化や成熟など免疫系に関与する器官)を除去するとさまざまな臓器に炎症が起こることを見つけました。生後すぐに除去すると免疫の働きが低下しますが、3日目だと逆に免疫が高まり自分に対して攻撃が起きます。この現象は、ちょうどそのころに胸腺で免疫を抑えるようなリンパ球が作られると解釈すると、説明ができるのです。3日目までに自分を攻撃するリンパ球はある程度作られていましたが、胸腺除去でそれを抑えるリンパ球が作られなくなるため、少数ながらすでにできていた自分を攻撃するリンパ球が活性化されて増え、自己免疫病を起こしたということです。
正常な体の中には抑えるリンパ球と自己免疫病を起こすリンパ球があり、正常な動物から抑えるリンパ球だけを除いたらヒトと同じような病気が起こるか、実験を続けました。正常なマウスの脾臓(ひぞう)からT細胞を取り出してさまざまなマーカーを使って分類し、特定のリンパ球を取り除いてT細胞を持たないマウスに移植しました。
その結果、細胞表面にCD25というマーカーをもつ(CD25陽性)T細胞を除いた残りのT細胞を移植すると、ほとんどの自己免疫病を引き起こせたのです。もう1つ重要なことは、除いたCD25陽性T細胞を体に戻すと、病気が起きなくなります。これによって、制御性T細胞(Treg)という細胞の実体が世界で初めて証明されました。また、ヒトでも同じCD25陽性T細胞があることを証明しました。
胸腺では自己を攻撃する危険なリンパ球が作られますが、同時にそれを抑えるリンパ球も作られるということが証明できたのです。
同時にノーベル賞を受賞した2人の業績
今回、一緒にノーベル賞を受賞した米国のメアリー・ブランコウ氏、フレッド・ラムズデル氏は、Tregとは関係なく「スカーフィー・マウス」と「IPEX症候群」の原因遺伝子を見つけました。スカーフィー・マウスは、原子爆弾がヒトに与える影響を研究する中で見つかりました。全身に激しい炎症が起き、その原因がX染色体上の遺伝子にあるというマウスです。
一方、ヒトの免疫病として、1982年にX染色体上の1遺伝子異常が原因で起こる「IPEX症候群」が小児科の医学誌で報告されました。さまざまな臓器の自己免疫病、炎症性腸炎、アレルギーが起こる病気です。この二つの原因となる遺伝子を彼らが見つけて「Foxp3」と名付けました。一つの遺伝子異常でさまざまな病気が起こる、極めて重要な遺伝子です。
これが、自らの当時の研究と非常に似ていることに気づき、Foxp3とCD25のマーカーを使って調べたところ、Foxp3陽性細胞の大部分はCD25陽性でした。かつて、CD25陽性細胞を除いたら自己免疫病が起きたのは、実はFoxp3陽性細胞の大部分を取り除いたからだったのです。この時点で、Foxp3とTregが結び付きました。
このことからいえるのは、実は我々はすべて、潜在的に危険な自己反応性リンパ球を健康な個体中に持っているけれども、病気を起こさないようにTregによって抑制的に制御されているということです。
もう1つわかったのは、「自己」と「非自己」の境界は固定されたものではなく、動かせるということです。境界を少し下げれば自己免疫病になります。ということは、Tregの機能的操作、量的操作によって境界を上げ下げすれば、自己免疫病もがんも治療でき、移植医療も可能になるということです。
Foxp3の遺伝子を正常なリンパ球に導入すると制御性リンパ球に転換できることもわかっています。遺伝子療法としてFoxp3を使えば、自己免疫病の治療は原理的には可能なのですが、遺伝子がどこに入るかわからず危険だということで現時点では行われてはいません。
自己免疫病をTregで治療する方法は
次に、普通の一般的な自己免疫病とTregはどう関係しているのかが問題になります。
免疫の反応性のバリエーションを決めるSNPs(1塩基多型:特定のタンパク質の“設計図”となる遺伝子の配列で、1カ所だけ別の文字に置き換わっていること)が一番多いのは、Tregに関する遺伝子のエンハンサー(特定の遺伝子の“読み出し”効率を高めるDNA上の領域)部分であることを証明しました。1型糖尿病や関節リウマチになりやすい人の遺伝子を見ると、そこにSNPsがあります。
そうした自己免疫病の治療の方法の一つはTregを増やすこと。もう一つは「抗原特異的な免疫抑制」ですが、現代の免疫学ではまだ達成できていません。ステロイドやシクロスポリン、タクロリムスなどの免疫抑制薬は、急性期は抑えられても、副作用の問題もあって慢性的な免疫抑制は難しいのです。Tregは抗原特異的なリンパ球ですから、これを増やせば問題が解決できます。
ではどうするか。病気を起こすリンパ球には抗原特異性があるので、それをTregに転換できるような技術開発をすれば、疾患特異的な免疫抑制が可能になります。その実現に向けて、病気を起こすリンパ球を生体の中で転換する、あるいは体外に取り出して転換後に戻すという技術開発を進めています。
がん治療への応用
自己免疫病とは逆の考え方で、がんの治療にもTregが利用できるのではないかと研究が進められています。Tregを減らすと、自己免疫が起きる半面、がんに対する免疫が強まります。がん細胞は自己の組織に現れますが「完全な自己」ではありません。抗原性が高いので、Tregを短時間、自己免疫は起こさないけれどがん免疫を起こせる程度に調節する、という方法によって治療することが考えられます。
がんがひとところにとどまっている限りは手術や放射線治療ができます。亡くなる方の90%は転移が原因です。ですから、がんと診断されたその日から免疫反応を高めて、将来起こるかもしれない転移を抑えることが重要だと思っています。
研究室では「頭痛がしたらアスピリン、がんになったらフンフン(別の薬)」を合言葉にしています。がんが見つかったらすぐに、どんながんに対しても効果があり、自己免疫が起こらず、口から飲める簡便で、低コストの薬を飲む、という時代が10年後、20年後に来ると信じています。
まとめ―さまざまな病気の治療を変える可能性
まとめになります。Tregを増やすことで、自己免疫病やアレルギー、炎症性腸炎などさまざまな病気を治療でき、移植医療にも活用できる可能性があります。さらに、Tregは組織の修復にもかかわるし、肥満などの免疫代謝疾患に対しても重要だということがわかりつつあります。Tregを減らせばがん免疫を強めることができますし、慢性の感染症の治療に使える可能性についてもわかりつつあります。
編集部まとめ
かつて「自己中毒の恐怖」として恐れられた免疫反応は、制御可能なメカニズムとして解明が進んでいます。Tregの発見から始まったこの分野は、単一の病気だけでなく、がん、アレルギー、炎症性腸炎、さらには組織修復や代謝疾患(肥満など)に至るまで、幅広い領域の理解と治療を変えようとしています。
「自己と非自己の境界は固定されたものではなく、Tregによって動かせる」。この坂口先生の言葉通り、T細胞のバランスを操ることで、多くの困難な病気が克服される日が近づいているのかもしれません。



