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「患者さんが何に苦しんでいるか」多様な甲状腺疾患の症状を前に、患者中心の医療を貫く

 公開日:2026/03/06

駒込駅近くで甲状腺疾患を専門とする医療法人社団金地病院。甲状腺疾患は症状が多彩で、患者が医師に気づかれないまま長期間苦しむケースも少なくないといいます。院長の山田惠美子先生が一貫して大切にしているのは「病気ではなく患者さんを診る」という信念とのことでした。複雑な現場で、山田氏はいかに患者に向き合い、医療を実践しているのか。医師としての原点から、診療現場の課題、そして患者への思いまで、信念を貫く医療者の声を聞きました。

山田 惠美子

監修医師
山田 惠美子(医療法人社団 金地病院)

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東京女子医科大学卒業。同大学病院内分泌内科(現・内分泌センター)にて研鑽を積み、甲状腺専門病院として半世紀以上の歴史を持つ同院へ入職。1991年に院長就任。専門領域はバセドウ病・橋本病・甲状腺腫瘍などの甲状腺疾患全般および内分泌内科。日本内科学会認定内科医、日本甲状腺学会認定専門医。

「患者さんを診る」ことを原点に、医師を志したきっかけ

「患者さんを診る」ことを原点に、医師を志したきっかけ

編集部編集部

甲状腺の医師を志した背景、甲状腺診療に惹かれた理由を教えてください。

山田病院長山田病院長

私の父は金地という医師で、もともと甲状腺を専門としていました。医師を志す際に、身近にあった甲状腺という分野を自然と選んだという経緯があります。医学部を卒業して、どの診療科に進むかを決めるとき、父の背中を見ながら「自分も甲状腺医療に携わりたい」と考えるようになりました。
ただ、単に父の跡を継ぐというだけではなく、甲状腺医療の奥深さに引き込まれていったのです。東京女子医科大学での研修や、内分泌代謝内科での経験を重ねるなかで、多くの患者さんが甲状腺疾患によって苦しんでいることを実感しました。同時に、診断までの道のりが長く、複雑なケースが多いことにも気づきました。その課題に向き合いたいという思いが、専門性を深めるモチベーションになっていきました。

甲状腺疾患の多彩な症状と診断の難しさ

甲状腺疾患の多彩な症状と診断の難しさ

編集部編集部

入り口のきっかけはお父様でも、次第に甲状腺医療そのものに惹き込まれていったのですね。甲状腺の患者さんを診てこられた中で、心に残っているエピソード、特に印象的な診療経験はありますか?

山田病院長山田病院長

一人一人の患者さんというよりは、甲状腺疾患全体を通じて感じていることがあります。この病気の特徴は、本当に多彩な症状が出現することです。具体的には、頭の髪の毛が抜けやすくなったり、異常な発汗が起きたり、足から先の著しいむくみが出たりと、全身に及ぶ症状が現れます。
問題は、これらの症状がどこに原因があるのか、患者さん自身も医師も気づきにくいということです。患者さんは心身の不調を感じて、様々な病院を渡り歩くことになります。イライラや不安感があれば精神科へ、動悸を感じれば循環器内科へ、皮膚のかゆみがあれば皮膚科へ、そのように複数の診療科を受診してから、ようやく甲状腺が原因だと判明するケースが多いのです。患者さんの中には、数軒から十軒近い病院を訪ねてから来院する方もいらっしゃいます。これが甲状腺疾患の診断が遅れる大きな理由の一つです。

「患者さんが何に苦しんでいるのか」に目を向けるという信念。

「患者さんが何に苦しんでいるのか」に目を向けるという信念。

編集部編集部

甲状腺疾患の悩みは人それぞれなのですね。そのような患者さんに対応される際、意識されている信念や哲学のようなものは何ですか?

山田病院長山田病院長

夫の母校である慈恵医科大学の教えとして「病気を診ずして病人を診よ」というものがあります。これは素晴らしい教えで、私も単に甲状腺疾患という病気を診断し、治療するのではなく、その病気を患った患者さん自身に目を向けることを大切にしています。
具体的には、患者さんが何に苦しんでいるのか、この病院で何を治してもらいたいのか、どういう生活を取り戻したいのか。そうした患者さんの声によく耳を傾けることだと考えています。そのため、患者さんの訴えをしっかり聞いた上で、患者さんが納得する医療を心がけています。これは単なる検査値の改善ではなく、患者さんの生活の質や心理状態も含めた、全人的な医療を目指すということです。
医師側の論理だけで治療を進めるのではなく、患者さんの立場に立って考えることが、信頼関係を築く第一歩だと考えています。

現場で向き合う課題と限界。患者の自覚と継続的治療の難しさ

現場で向き合う課題と限界。患者の自覚と継続的治療の難しさ

編集部編集部

甲状腺疾患は診断が遅れてしまうことが多いとおっしゃっていましたが、甲状腺疾患の診療で直面する難しさ、困難さ、限界のようなものはどのようなものですか?

山田病院長山田病院長

大きな限界の一つは、患者さんが薬を継続的に飲まなければ、病気は良くならないということです。ここが多くの医師が困難を感じる部分です。
自覚症状がない状態で診断がついた患者さんの場合、本人は「自分は病気ではない」という認識の方もおられます。そのような患者さんに「毎日欠かさずお薬を飲んでください」と説明しても、納得していただけないケースがあります。毎日服用しなければ病気は改善していきませんし、最悪の場合、死に至る可能性さえあります。そうした重大性を患者さんに理解していただくのには、一方的に言い聞かせるだけでは限界があると感じています。
また、患者さんの生活習慣も大きく影響します。例えば、喫煙習慣がある患者さんの場合、甲状腺のお薬の効きが悪くなります。それでも禁煙できない患者さんがいらっしゃり、医師として「本当に残念だな」という思いを感じることもあります。医学的なエビデンスだけでなく、患者さん自身の動機付けや生活の変容を促すことの難しさが、甲状腺疾患診療の大きな課題です。

診断技術の進化。超音波検査がもたらした転機

診断技術の進化。超音波検査がもたらした転機

編集部編集部

やはりそうなると、症状を早期発見できるのに越したことはないと思います。甲状腺診療の分野で、技術はどのように発展してきたのでしょうか。歴史的な変化や、今後期待される新しい技術についてお聞かせください。

山田病院長山田病院長

甲状腺疾患の治療薬に関しては、実は長い間、大きな進歩がありません。バセドウ病に対しても2種類の薬しかありませんし、甲状腺機能低下症に対しても1種類の薬しか存在しないのが現状です。
しかし、ここ数十年で大きく変わったことがあります。それは甲状腺超音波検査の登場と発展です。当初、超音波は限定的な用途でしたが、次第に頸動脈エコー検査が広がるにつれて、その過程で甲状腺のしこりを見つける医師が増えました。頸動脈と甲状腺は解剖学的に近い場所にあるため、頸動脈エコーを行う医師たちが甲状腺のしこりを発見し、当院へ紹介してくれることが多くなったのです。
超音波診断技術の進化により、自覚症状がない状態でも甲状腺腫瘍を発見できるようになりました。これは患者さんにとって大きなメリットです。腫瘍には良性と悪性がありますが、超音波によって早期に発見し、適切な対応ができるようになったことは、甲状腺医療における重大な進歩だと言えます。
一方で、治療薬の開発については、今後の大きな期待があります。より多くの選択肢が患者さんに提供できれば、その人に最適な治療法を選択できるようになると思います。

患者さんが「安心して相談できる場所」を目指して

患者さんが「安心して相談できる場所」を目指して

編集部編集部

甲状腺専門の医師にしか甲状腺疾患の可能性に気付けない、ということが起こりにくくなっているのはいいことですね。最後に、甲状腺の不調や病気に不安を感じている患者さんへ、院長として大切にしている思いをお聞かせください。

山田病院長山田病院長

患者さんがどういうことを望んで病院に来院しているのか、その期待や関心事をよく聞くことが、私たちの役割だと考えています。単に検査を進めるのではなく、患者さん自身が何を解決してもらいたいのか、どういう状態になることを望んでいるのか。そうした患者さんの真の声に耳を傾けることが大切です。
甲状腺の病気かもしれないと不安に思っている方にお伝えしたいこととしては、甲状腺に関する検査は採血で簡単に行うことができるということです。甲状腺機能検査と甲状腺自己抗体検査の両方を受けることで、多くの情報が得られます。できれば甲状腺超音波検査も合わせて受けていただくことをお勧めします。
現在、多様な症状があって困っている場合、一般の内科では肝臓や腎臓、コレステロール値などを検査することが多く、甲状腺は検査対象に含まれていないことが多いです。ですから、「もしかしたら甲状腺が原因かもしれない」と疑われたら、ご自分からの方から医師に「甲状腺の検査をしてください」とお申し出ください。基本的には、どこの病院やクリニックでも対応できる検査です。
皮膚科では「髪の毛が抜けるのは年のせい」と言われてしまったり、循環器科では「心臓は大丈夫」と診断されたりする場合もあります。でも、あなた自身が「これは甲状腺が関係しているかもしれない」と感じたなら、その直感を大切にしてください。自分の身体の声に耳を傾けながら、医師に相談していただければと思います。

編集部まとめ

編集部まとめ

山田惠美子院長が一貫して大切にしているのは、「患者さんを診る」という信念でした。甲状腺疾患という複雑で診断が難しい領域において、医学的なエビデンスだけでなく、患者さんの声に耳を傾け、その人の人生や生活の質に目を向けることの大切さを、山田先生の言葉から伺えました。超音波診断技術の発展により、甲状腺疾患の発見機会は増えている今だからこそ、診断後の患者さんに、いかに信頼と安心を提供できるかが重要なのだと感じました。

この記事の監修医師