糖尿病治療薬で心臓も守る時代へ SGLT2阻害薬・GLP-1薬が心臓疾患にも効果的な理由とは

糖尿病治療は長らく「血糖値を下げること」が最大の目標とされてきました。しかし、近年では「糖尿病」と「心臓疾患」の深い関わりが明らかになり、治療戦略は「心血管疾患を予防し、生命予後を改善する」方向へ大きくシフトしています。特に、SGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬といった薬剤は、血糖コントロールだけでなく心臓を守る効果があることが大規模臨床試験で証明されています。今回は、白楽内科循環器クリニック院長の市川晋也先生に「糖尿病治療で心臓も守る時代」について、最新のエビデンスと臨床現場での実際を伺いました。

監修医師:
市川 晋也(白楽内科循環器クリニック)
SGLT2阻害薬・GLP-1受容体作動薬とは?

編集部
はじめに、糖尿病治療薬であるSGLT2阻害薬とはどんな薬なのでしょうか?
市川先生
SGLT2阻害薬は腎臓でブドウ糖を再吸収する働きを抑える薬です。本来、腎臓は血液中の糖を再吸収して体内に戻しますが、SGLT2阻害薬はこの再吸収を妨げて尿に糖を排泄させます。その結果、血糖値が下がる仕組みです。特徴的なのは、体重減少や血圧低下といった副次的効果も得られることですね。
編集部
GLP-1受容体作動薬はどのような薬なのかについても教えてください。
市川先生
GLP-1受容体作動薬ですが、こちらは「インクレチン」という消化管ホルモンの働きを模倣する薬です。食事を摂ると体内でGLP-1というホルモンが分泌され、膵臓からのインスリン分泌を促進し、逆にグルカゴンという血糖を上げるホルモンを抑制します。さらに、胃の動きを抑えて満腹感を持続させるため、食欲が抑えられ、体重減少にもつながります。
編集部
従来の血糖降下薬に比べると、多面的に作用する薬なのですね。
市川先生
はい。従来は「血糖値を下げること」が第一でしたが、これらの薬剤は「血糖コントロール以上の効果」が注目されています。そして、ここが非常に重要な点なのですが、近年の研究でSGLT2阻害薬とGLP-1受容体作動薬が「心疾患のリスクを減らす」ことが明らかになってきたのです。
心臓を守る新たなエビデンスとは

編集部
心臓を守る効果について、具体的にどんな臨床試験で示されているのですか?
市川先生
まずSGLT2阻害薬ですが、代表的なのは「EMPEROR試験」です。これはエンパグリフロジンという薬を使った大規模臨床試験で、複数の試験において心臓の収縮力に関わらず心血管死または心不全入院のリスクを有意に減らしたことが報告されました。さらに「DAPA-HF試験」では、糖尿病の有無にかかわらず心不全の入院リスクを減少させる効果が確認されています。ほかにはダパグリフロジンでも同様の結果が得られています。また、カナグリフロジン、ダパグリフロジン、エンパグリフロジンにおいて慢性腎臓病の進行抑制が報告されており、国内でも糖尿病だけでなく、慢性腎不全、慢性心不全の治療においても保険適用になっています。
編集部
GLP-1受容体作動薬の臨床試験についても教えてください。
市川先生
GLP-1受容体作動薬では「LEADER試験」が有名です。リラグルチドという薬を使った試験で、心筋梗塞や脳卒中といった動脈硬化性の心血管イベントを減らす効果が示されました。また、「SUSTAIN-6試験」ではセマグルチドで同様の効果が確認されています。ほかには、チルゼパチドはGIP/GLP-1二重作動薬として従来のGLP-1作動薬よりも強力な血糖降下作用と体重減少作用がSURPASS試験で示されています。
編集部
SGLT2阻害薬は心不全に強く、GLP-1受容体作動薬は動脈硬化性疾患に効果があるという棲み分けが見えてきますね。
市川先生
その通りです。こうしたエビデンスを背景に、日本糖尿病学会と日本循環器学会の合同ガイドラインでも、心血管疾患を合併、またはリスクが高い糖尿病の患者さんに対して、SGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬の使用が強く推奨されています。つまり、治療の目的が「血糖値を下げる」から「合併症を防ぎ、寿命を延ばす」方向へシフトしているわけです。
臨床現場での選択と今後の展望

編集部
実際の診療では、どのように薬を選択されているのですか?
市川先生
患者さんの背景によって選び分けています。例えば、心不全や腎機能障害がある場合はSGLT2阻害薬を優先します。一方で、心筋梗塞や脳梗塞といった動脈硬化のリスクが高い方、また肥満を合併している方にはGLP-1受容体作動薬を選ぶことが多いですね。経口のGLP-1受容体作動薬は、原則としてほかの糖尿病治療薬で十分な効果が得られない場合に保険適用で使用されます。そのため、まずは禁忌がなければSGLT2阻害薬を選択することが多いのが実際です。一方で、高度な肥満を伴い血糖コントロールが難しい症例では、チルゼパチドの投与が検討されることもあります。なお、治療効果を高めるため、これらの薬剤を併用するケースも増えています。
編集部
副作用の懸念もあるかと思いますが、その点はいかがでしょう?
市川先生
SGLT2阻害薬は尿中に糖が増えるため、尿路感染や性器感染、頻尿による脱水のリスクが上がります。GLP-1受容体作動薬は吐き気や嘔吐などの消化器症状が出やすいですし、注射製剤が多いことから抵抗感を持つ方もいらっしゃいます。ですから、処方する際にはリスクとメリットを丁寧に説明し、患者さん自身が納得して選択できるよう心がけています。
編集部
費用面も患者さんにとっては重要な要素ですよね。
市川先生
そうですね。新しい薬剤はどうしても薬価が高くなります。ただ、心疾患の発症を防ぐことで長期的には医療費の抑制につながる可能性もあります。費用対効果を踏まえ、患者さんと相談しながら最適な治療を選んでいます。
編集部まとめ
糖尿病治療は「血糖値を下げる」時代から「心臓や腎臓を守る」時代へと大きく変わろうとしています。SGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬は、その変化を象徴する薬剤です。エビデンスに裏付けられた心血管保護効果は、患者さんの生命予後を改善し、より質の高い生活を支える可能性を秘めています。市川先生の言葉からもわかるように、これからの糖尿病治療は単なる血糖コントロールではなく、患者一人ひとりの心血管リスクや生活背景に応じた「総合的な医療」が求められています。
医院情報

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| 診療科目 | 循環器内科・内科・糖尿病内科・呼吸器内科 |




