「傷つくのは病気だけでいい」- 万博XRゲームで伝える抗体医薬品と個別化医療の最前線

2025年大阪・関西万博のinochiのペイフォワードWeek会場(ギャラリーWEST)にて、中外製薬が革新的な挑戦に取り組んでいます。それは、最新のXR(クロスリアリティ)技術を駆使した体験型ゲームで、がん細胞を狙い撃つ抗体医薬品の仕組みを子どもたちに伝えるというものです。そこには、日本のがん治療をリードしてきた同社の創薬哲学が込められています。正常細胞を守りながらがん細胞を攻撃する技術、そして一人ひとりの遺伝子情報に基づいて最適な治療を選ぶ個別化医療の最前線。万博という世界の舞台で、中外製薬が描く「ヘルスケアの未来」の全貌を取材しました。

目次 -INDEX-
抗体医薬品のパイオニアが掲げる創薬哲学
「傷つくのは病気だけでいい」松坂桃李さんが出演する中外製薬のテレビCMで流れるこのメッセージは、同社の創薬コンセプトを示しています。
「オンコロジー製品(がん領域)は当社ラインナップの約半分を占めていますが、残りは血友病などの希少疾病を含むスペシャリティ製品(がん以外の領域)です。また、当社製品の特徴として、全体の約60%が抗体医薬品で構成されています」と中外製薬の嶋内氏は説明しています。
従来の抗がん剤は、がん細胞を攻撃する際に正常細胞も傷つけてしまうという副作用がありました。これに対し、抗体医薬品は主にがん細胞をピンポイントで狙い、正常細胞はあまり傷つけないように設計されています。
「有効性ばかりが注目されがちですが、安全性とのバランスが重要です。副作用が少ないということは、患者さんが長期間、スケジュール通りに治療を続けられるということ。これも治療成功の大きな要因です」
XRゲームで体感する「がん細胞狙い撃ち」
この創薬コンセプトを万博来場者に分かりやすく伝えるために、中外製薬はカンテレXR事業部と共同で「アトラクションXRゲーム」を開発しました。
ゴーグルを装着すると、目の前の仮想空間にがん細胞と正常細胞が現れます。プレイヤーはコントローラーを使い、がん細胞を狙います。がん細胞を撃つと得点が加算されますが、誤って正常細胞を撃ってしまうとマイナスになります。
「子どもたちには難しいかもしれませんが、実はこのゲームにはストーリーが組み込まれているのです」と嶋内氏は明かします。
最初は従来の抗がん剤という設定で攻撃を開始しますが、がん細胞を破壊した後に、そこから飛び散ったがん遺伝子の破片を採取します。これを遺伝子診断し、その結果に基づいて最適な抗体医薬品が選択され、連射できるようになるという仕組みです。
個別化医療の最前線をゲームで表現
このストーリー展開は、現在のがん治療の最前線である「個別化医療(プレシジョンメディシン)」の流れを忠実に再現しているといいます。
「パーソナライズドヘルスケアという言葉がありますが、同じがん患者さんでも、治療はその人によって違います。中外製薬はこの個別化治療に非常にこだわっています」
また、同社は分子標的薬の開発だけでなく、薬の投与可否の判断などに用いられるコンパニオン診断やがん遺伝子パネル検査とよばれる遺伝子検査・診断にも力を入れています。「個別化医療では、患者さんの病変の遺伝子変異などを調べて、その遺伝子変異に対応する治療薬が使われます。ある治療薬が患者さんに効果があるかどうか、治療の前にあらかじめ検査することで最適な治療方法の提供を目指します」
ゲーム体験の前後にも工夫が凝らされています。待ち時間には「抗体って何?」「ゲノム診断治療って何?」といった基本的な疑問に答えるパネルを設置しています。専門知識がない来場者でも理解できるよう配慮されています。
医薬品の品質管理を学ぶ「異物検出体験」
ゲーム体験後は、医薬品製造における品質管理の重要性を学ぶコーナーが用意されています。
「薬は安全に投与されなければなりません。製造過程で異物が混入していないか、またバイアルに傷が入っていないかを検出する工程があり、それを子どもたちに体験してもらいます」
小さな異物や傷が入っているバイアルと入っていないバイアルを見比べ、品質管理の大切さを実感できる仕組みです。「品質を確保し安全な医薬品を届けることも私たちが非常に大事にしている要素です」と嶋内氏は強調します。
デジタル時代の新たな情報発信
中外製薬の薬は、がん治療薬や希少疾病を含むスペシャリティ領域の製品など、専門的な知識が必要な製品が多いため、MR(医薬情報担当者)による対面でのコンサルティングが基本となります。
しかし、規制強化やコロナ禍を経て、デジタルを活用した情報提供も急速に進化しています。
「医療従事者向けのホームページを充実させ、会員制度を設けています。ウェブセミナーや、先生方の興味に合わせたコンテンツをタイミングよく配信し、それをMRの活動とも連動させます。これをオムニチャネル戦略と呼んでいます」
さらに、薬の情報だけでなく、がん就労支援やAYA世代(思春期・若年成人)のがん、妊孕性(妊娠するための力)といった幅広い情報も提供しています。医療従事者の関心を引きながら、最終的に適切な情報提供につなげています。
万博が示す医療の未来
inochiのペイフォワードWeek会場での中外製薬の展示は、単なる企業PRに留まりません。XRという最新技術を使い、複雑な医療の仕組みを誰もが理解できる形で提示する試みです。
「将来ヘルスケアってこんな風になるんだな、という未来を想像してもらいたい」
抗体医薬品による精密ながん治療、一人ひとりに最適化された個別化医療、そしてデジタル技術を活用した新たな医療情報の届け方。中外製薬が万博で示すのは、すでに始まっている医療の未来です。
子どもたちがXRゲームで楽しみながら学ぶ抗体医薬品の仕組みは、10年後、20年後の標準治療となっているかもしれません。万博という「未来社会の実験場」で、次世代に医療の可能性を伝える、そこに中外製薬は挑戦しています。
編集部まとめ
中外製薬が万博で示す抗体医薬品と個別化医療の最前線。その会場の一角では、もう一つの医療革命が静かに進行しています。心臓移植を5年待つ日本の過酷な現実を変えるべく、大阪大学の澤芳樹教授が開発した世界初のiPS細胞由来心筋シート。40年間「助けられない命」と向き合い続けた心臓外科医の執念が生んだこの技術は、万博のテーマ「いのち輝く未来社会」の原点でもありました。
後編では、再生医療がもたらす希望と、大阪大学 澤芳樹教授が描く壮大な医療ビジョンに迫ります。




