【闘病】閉経前の“不正出血”と思っていたら「卵巣がん」と「子宮体がん」になっていた…(1/2ページ)

かずこさん(仮称)は、1年ほど不正出血を経験し、その後大量出血で病院を受診したところ、子宮体がんと卵巣がんが判明しました。女性特有の疾患である子宮体がん、卵巣がんは初期症状が不正出血のみで、多くの人が見過ごしやすい疾患です。かずこさんの話から、子宮体がん、卵巣がんの初期症状を知り、定期検診や婦人科受診の重要性を理解していきましょう。
※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2025年3月取材。

体験者プロフィール:
かずこ(仮称)
50代女性。2023年ごろから不正出血を発症した。更年期も重なっていたため、「生理が終わるころなのだろう」と思い、放置してしていたところ、2024年の3月に大量出血が始まった。生活にも支障が出たために産婦人科で検査をおこなったところ、検査結果が出る前にすぐ大きい病院へ向かうよう紹介状が出された。その後、4月より検査が続き、子宮体がんおよび卵巣がんと診断され、4月末に手術となった。さらに、6回の抗がん剤治療をし、現在も経過観察中。

記事監修医師:
鈴木 幸雄(神奈川県立がんセンター/横浜市立大学医学部産婦人科)
※先生は記事を監修した医師であり、闘病者の担当医ではありません。
日常の忙しさで病気の落ち込みを避けられた

編集部
最初に、かずこさんの闘病経験を通して、読者に最も伝えたいことは何ですか?
かずこさん
いろいろありますが、一番は「自己判断は危ない」ということです。インターネットでもSNSでも、情報を調べるときは自分に都合のよい情報を無意識に集めてしまうものです。自分はがんだと思いたくない心理から、自然とそうなってしまいます。ですから、誰が発信しているかわからない情報を鵜呑みにするのではなく、「おかしい」と思ったら病院へ行くことが大事です。そして、女性の場合、婦人科系はどうしても敬遠しがちですが、とにかくまずは病院へ行くことが大事だと伝えたいです。また、少しでも普段と違う症状、違和感があったら検診することも大事だと言いたいです。女性の場合は特に更年期と重なりいろいろな症状が出る中で、更年期だからと自己判断しがちだと思います。私自身も不正出血があっても、年齢のせいだと思い込んでいたためです。
編集部
ではかずこさんの子宮体がん、卵巣がんが判明した経緯について教えてください。
かずこさん
2023年ごろから不正出血が始まり、それから長く続いていたことが始まりです。50代に入り、「生理の終わりごろなんだろう」と思い、1年ほど放置していました。しかし、2024年3月ごろから大量に出血しだしたので、産婦人科で検査をしてもらったところ、「すぐに大きい病院へ行くように」と紹介状を受取りました。
編集部
紹介先の病院で判明したということですか?
かずこさん
紹介先の病院でも、改めて検査をしてもらうことになりました。そして、内診をおこなったところ、先生から「これは手術になります」と説明があり、検査を一通り終えたうえで、子宮体がんと卵巣がんが疑われるとの診断を受けました。
編集部
病気が判明したときの心境についても教えていただけますか?
かずこさん
病院を紹介されてから、手術の日程があっという間に決まり、検査も立て続けだったため、忙しくて何かを考える余裕はありませんでした。仕事も忙しいうえに、子どもの高校入学も重なり、とにかく考える暇がなく、検査をこなしてその合間に高校の準備や入学式を終わらせることができました。その点では、自分の病気のことで思い悩む暇がなく、深く落ち込んで塞ぎこんだり、何も手につかなくなったりすることがなかったのは幸いでした。
治療が始まったら「自分の体ファースト」を意識した

編集部
医師からはどのように治療を進めると説明があったのでしょうか?
かずこさん
子宮体がんと卵巣がんがあると言われたのですが、「子宮体がんよりも、病状としては腹膜播種があるため卵巣がんの方が心配な状態である」と説明がありました。手術後にすぐに切除部分を病理検査に出し、そこから治療方法を決めると説明されました。手術のあと退院前に説明があり、抗がん剤治療も6回行うとのことでした。
編集部
それだけ忙しく過ごしていたということは、日常生活では変化はなかったのでしょうか?
かずこさん
自分の中に変化はありませんでしたが、周囲にがんであることを明かしてからは、検診を受けた方がよいと伝えていきました。先述の通り、日常生活はいろいろなことが重なっていたこともあり、よい意味で大きな変化はありませんでした。
編集部
がん治療で手術や抗がん剤の投与など、大変なことも多かったかと思います。かずこさんが治療中の心の支えにしていたことは何でしょうか?
かずこさん
治療を受けると私の体は思いのほか回復が早かったので、そこからは「とにかく自分の体のことだけ考えていこう」と決め、それが支えになっていました。あとは入院中に同室で仲良くなった人が2人いまして、その人たちと病気のこと、家族のこと、これからのことを話せたことが支えとなりました。同じ境遇の人だからこそ自分を飾ることなく、本音で話せたことが大きかったです。



