妊娠前の健康管理は何をすればいいかご存じですか? 「プレコンセプションケア」の必要性を医師が解説!

若い世代が将来の妊娠や出産、子育てなどに備え、正しい知識で健康管理をすることを目的とする「プレコンセプションケア」は近年、注目を集めています。しかし、言葉は知っていても「具体的に何をすればいいのかわからない」という人も多いのではないでしょうか。「はやしARTクリニック半蔵門」の林先生に、プレコンセプションケアについて詳しく解説していただきました。

監修医師:
林 裕子(はやしARTクリニック半蔵門)
プレコンセプションケアとは?

編集部
プレコンセプションケアとはなんですか?
林先生
プレ(pre)は「〜の前の」、コンセプション(conception)は「妊娠」を指します。すなわち、プレコンセプションケアは「妊娠前におこなう健康管理」という意味です。2006年にアメリカ疾病予防管理センター(CDC)が、健康な赤ちゃんを授かる可能性を高めるために、医師や医療の専門家から受ける医療的ケアの必要性を提唱しました。それを受けて、WHOは2012年に「プレコンセプションケアとは、妊娠前の女性やカップルに医学的・行動学的・社会的な健康介入をおこなうこと」と定義しました。
編集部
プレコンセプションケアについて、もう少し詳しく教えてください。
林先生
「妊娠前の母体の健康が胎児や子どもの将来に影響を与える」という考え方自体は、古くからありました。そして、1900年代になると妊娠前の健康の重要性が認識されるようになり、「女性が妊娠期間中にどのように生活するかが、子どもの予後に影響を与える」という考え方が広まりました。また、日本産科婦人科学会から出ている産婦人科診療ガイドライン産科編2023では、「プレコンセプションケアは思春期前から生殖可能年齢にある全ての人を対象とする」とされています。つまり、プレコンセプションケアとは将来の妊娠・出産・育児への準備であると言えるでしょう。
編集部
具体的には、どういった取り組みをするのでしょうか?
林先生
一言に言えば、「将来の妊娠や出産を見据えて、心と体の健康づくりをしよう」ということです。例えば、「バランスの良い食事をする」「タバコを吸わない」といったこともプレコンセプションケアの一環です。そのほか、「適正体重の維持」「受動喫煙を避ける」「葉酸を摂取する」「適度に運動する」「生活習慣病を予防する」「感染症から身を守る」なども含まれます。
編集部
プレコンセプションケアの目的はなんですか?
林先生
プレコンセプションケアをおこなうことで、若い世代は健康を増進し、より質の高い生活を実現できるようになります。また、元気な赤ちゃんを授かるチャンスを増やし、将来の子どもたちが健康な生活を送れるようにすることもプレコンセプションケアの目的とされています。妊娠前にカップルが健康であることは、不妊症や妊娠中の意図しない疾患にかかるリスクを減らしますし、妊娠前からの健康維持はがんや性感染症などを減らすことにもつながります。
編集部
女性がおこなうものなのですか?
林先生
いいえ。妊娠や出産は女性だけでなく男性も関わってくるため、プレコンセプションケアは女性だけでなく、男性が積極的におこなうことも大切です。男性の健康状態が不良であることは、不妊や流産のリスクにつながります。
編集部
プレコンセプションケアは、どこで受けることができるのですか?
林先生
プレコンセプションケアはご自身の努力でできることに加えて、がん検診や予防接種など医療機関でなければできないことに我々が介入します。
医療機関で受けられるプレコンセプションケア

編集部
医療機関では、どのようなケアを受けることができるのでしょうか?
林先生
WHOが提唱しているプレコンセプションケアとしての医療的介入が必要な項目は、非常に多岐にわたります。栄養状態、喫煙、遺伝的条件、環境衛生、不妊症・不育症をはじめ、暴力、性感染症、HIV、メンタルヘルス、精神作用物質の使用、ワクチンで予防可能な疾患などもプレコンセプションケアに含まれます。そのほか、痩せや肥満をチェックしたり、糖尿病や高血圧などの生活習慣病を予防したりすることも大事な要素です。
編集部
幅広いのですね。
林先生
これらの内容には、全てプレコンセプション的な意味合いが含まれています。例えば、妊娠初期の風疹感染は先天性風疹症候群(胎児の白内障、難聴、先天性心疾患など)の原因になります。そのため、母子健康手帳を見返してワクチンの接種漏れがないか確認し、必要があればワクチンを接種することも、健康的な妊娠や出産のためには大切なことであり、プレコンセプションケアの一環となります。
編集部
なるほど。健康な妊娠出産を叶えるためには、そうしたことが必要なのですね。
林先生
私は、プレコンセプションケアの目的を「不妊原因につながるような項目がないかを確認すること」と「健康に妊娠ができる状態か確認すること」と理解しています。糖尿病や高血圧などの生活習慣病は妊娠や出産、さらには新生児の健康にとって大きなリスクとなり、妊娠前に血糖コントロールが不良だと先天異常リスクが上昇しますし、高血圧を合併しての妊娠は早産や低出生体重児のリスクにつながります。そうしたリスクを排除するため、早期に医療介入して健康に妊娠できる体づくりをおこなうのがプレコンセプションケアの目的なのです。
編集部
プレコンセプションケアは保険適用ですか?
林先生
保険適用にはなりませんが、一部の自治体は助成金を用意しています。東京都を例に挙げると、「TOKYOプレコンゼミ」を受講した人を対象に、都が指定する検査のうち、個人の状況に合わせて医師と相談の上、実施した検査などの費用を助成してもらうことができます。また、プレコンセプションケアとしておこなった検査で疾患が見つかった場合、早期に治療をおこなうことが可能です。
自宅でできる妊娠前のケア

編集部
一方、自宅ではどのようなケアができるのでしょうか?
林先生
バランスの良い食事を心がけ、適正体重を維持することは重要です。近年、日本では若い女性の痩せが大きな問題になっており、政府が推進している健康プロジェクト「健康日本21」でも、20代女性における痩せの比率を低下させることが目標の1つに掲げられています。女性が低栄養の状態で妊娠した場合、低体重児を出産する確率が高くなりますし、低体重で生まれた子どもは将来、糖尿病や高血圧など生活習慣病を発症するリスクが高くなることも明らかになっています。こうした事態にならないよう、妊娠や出産前から適正体重を維持することが大切です。
編集部
そのほかには、どのようなケアが必要ですか?
林先生
睡眠リズムを整えて質の良い睡眠をとったり、ストレスを溜めない生活を心がけたりすることも大切です。また、かかりつけ医をもったり、必要な検査やワクチンを受けたりすることも、プレコンセプションケアにおける重要なアクションです。
編集部
様々なことが必要なのですね。
林先生
加えて、葉酸を積極的に摂取していただきたいです。なぜなら、葉酸は神経管閉鎖障害発症リスクを低減させる作用があるからです。特に妊娠計画開始から妊娠初期については、通常の2倍以上の量を推奨されていますが、食事からの葉酸摂取だけでは厚生労働省の推奨量を満たすことはできません。しかも一般的なサプリメントで摂取しようと思っても、必要血中濃度まで達するのに通常1カ月以上かかってしまいます。そのため、できるだけ早期から葉酸摂取をすることが必要なのです。
編集部
プレコンセプションケアを実践するには、非常に幅広い知識が必要になりますね。勉強になりました。
林先生
現在、様々な自治体がプレコンセプションケアに関する取り組みを進めていますが、その内容は地域差が大きいことに加え、助成制度が整っているところとそうでないところの差もみられます。そのため、プレコンセプションケアに興味がある場合は「お住まいの自治体でどのような助成が得られるのか」「そこではどのようなサービスを提供しているのか」を確認してみてください。必ずしもそこで提供されているサービスだけでは十分なことも多く、自治体の助成を使ってがん検診を受けたり、婦人科を受診して月経不順や過度の月経痛の治療を受けたりすることも必要かもしれません。そうした広い視野で「自分の健康管理は大丈夫だろうか?」「将来妊娠や出産をする上でリスクになりそうなことはないだろうか?」と考えてみることが大切です。困ったことがあればぜひ医師に相談しながら、積極的に自分の健康づくりに取り組む土壌を作れたらと思います。
編集部
最後に、読者へのメッセージをお願いします。
林先生
プレコンセプションケアと聞くと、「妊娠を希望する女性がおこなうべきもの」というイメージがあるかもしれませんが、女性だけでなく男性もおこなうべきものです。また、広義にとらえれば妊娠や出産を祈望する女性に限らず、あらゆる人が自分らしく健康に生きるために必要な取り組みと言うこともできます。健康のレベルを引き上げ、より満足度の高い充実した人生を歩むためにも、ぜひプレコンセプションケアというフレームを活用し、ご自分の健康状態を振り返ってみることをおすすめします。
編集部まとめ
プレコンセプションケアの内容は非常に広範囲に渡りますが、全てにおいて共通しているのは「健康な生活を歩むために必要なものである」ということです。これを機に、パートナーや両親と健康についての話をしてみるのもいいかもしれませんね。
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