佐藤弘道「脊髄梗塞」で絶望。「完治しない病」と闘う現在の姿とは(1/2ページ)
体操のお兄さん・佐藤弘道さんが発症したことで多くの人が耳にするようになった脊髄梗塞。未解明な部分が多いこの病気は、突然の発症によって人生を一変させ、日常生活の動作が困難になることもあります。絶望的な状況を乗り越え、現在は後遺症と向き合いながらリハビリに励む佐藤さんの実体験をもとに、脊髄梗塞の実態について深掘りします。少しでも症状の改善を目指す皆様に向けて、循環器内科専門医の原正彦先生と佐藤弘道さんに対談して頂きました。
佐藤 弘道(元体操のお兄さん)
1968年生まれ。日本体育大学体育学部卒業。NHK Eテレ「おかあさんといっしょ」第10代体操のおにいさんを12年間務める。2002年有限会社エスアールシーカンパニーを設立し、正課体育・課外体操教室、講演会、研修会など全国で活動。2024年6月に脊髄梗塞の発症を公表した。弘前大学大学院医学研究科博士課程修了(医学博士)。タレント業やCM、舞台、イベント、雑誌など数多く出演し、親子のための体操や監修、CM用などのオリジナル体操を考案するなど多方面で活躍。弘前大学特別招聘教授、朝日大学客員教授、大垣女子短期大学客員教授、名城大学薬学部特任教授も務める。
監修医師:
原 正彦(循環器内科専門医)
2005年島根大学医学部医学科卒。神戸赤十字病院、大阪労災病院で研修の後に大阪大学大学院医学系研究科循環器内科学で学位取得。その後大阪大学医学部附属病院未来医療開発部 特任研究員を経て日本臨床研究学会 代表理事。2016年に大阪大学発ベンチャーとして、仮想現実(VR)技術を用いた医療機器を開発、普及するため株式会社mediVRを設立。American Heart Association、AmericanCollege of Cardiology で若手研究員奨励賞を3年連続受賞するなど、日本のデータを使って世界で勝負してきた知識と経験を活かし数多くの臨床研究をサポート。これまで査読英文誌に92編の研究結果を報告。2019年から島根大学地域包括ケア教育研究センター客員教授。
「このまま死んでもいい」ひろみちお兄さんを突如襲った“脊髄梗塞”
原先生
現在の体調はいかがですか? 残っている麻痺や感覚障害について教えてください。
佐藤さん
体調に関しては比較的良好ですが、今も腰回りの感覚が鈍くてお風呂に入っても温度があまりわからない状態です。おへそから下に痺れが残っており、特に足の指先に向かうほど痺れが強く、排泄障害も残っています。
原先生
そうなのですね。脊髄梗塞の患者さんでは両足の麻痺や感覚障害、排尿・排便障害が代表的な3つの症状と言われています。感覚は改善してきているのですか?
佐藤さん
発症当時と比べると足の感覚が約6割ほど戻ってきた印象です。初期の頃は、必ず手で温度を確認しないと入浴することが怖かったのですが、今は感覚が改善し温度も多少わかるようになりました。
原先生
そうなのですね。先ほどスタジオに入られた時も、すでに歩かれていたので驚きました。
佐藤さん
脊髄梗塞という病気はどのような病気なのでしょうか? 頻度や発症する確率はわかっているのでしょうか?
原先生
脊髄梗塞は脊髄に栄養を運んでいる動脈が詰まる病気です。脳梗塞と同じように血管が詰まることで発症します。割合としては、脳卒中全体の1〜2%程度の発症率と言われています。様々な報告がありますが、日本人10万人あたり3人程度の確率で発症すると言われており、すごく珍しい病気です。
佐藤さん
僕はとても健康に気をつけていて、お酒も多く飲まない、タバコは吸わない健康人だと思っていました。遺伝で脂質異常症の数値が少しだけ高い程度でしたが、毎年健康診断もしていて異常はありませんでした。それでも血管が詰まるということは、ほかに原因があるのでしょうか?
原先生
脊髄梗塞は原因不明な場合も多いですが、主なリスク要因は、脳梗塞や心筋梗塞と共通しています。高血圧や糖尿病、脂質異常症、喫煙などがあり、これら1個につき血管が詰まるリスクが約4倍程度上がります。しかし、加齢に伴う変化もありますので健康に気をつけていても発症する場合があります。佐藤さんは診断をされた当時どのような心境でしたか?
佐藤さん
発症直後は、このまま死んでもいいと思うほど絶望的でした。最初の1~2週間は何もできず体重も5kgくらい落ちましたが、日々リハビリをしていく中で徐々に前向きな気持ちになることができました。
入院中の写真
原先生
発症した時の状況について教えていただけますか?
佐藤さん
朝起きた時に左足が痺れていました。その後、空港に移動しましたが3時間後くらいには痛みが強く冷や汗をかき、吐き気もありました。腰回りはコンクリートのように強張っていて動くことができませんでした。
原先生
脊髄梗塞発症の典型的な症状です。痛みを伴う場合が7割程度で発症から12時間以内に症状が最も重症な点に達すると言われています。両足の力が急速に入らなくなった場合、脊髄の何らかの病気を疑います。MRI検査ですぐに診断されたのですか?
佐藤さん
レントゲンを撮りましたが、腰の骨は問題無いと言われました。その後、MRIを撮ったところ胸髄(脊髄の胸の部分)の7〜11番あたりに病変があり、脊髄炎か脊髄梗塞の可能性があると言われ入院になりました。
原先生
そうなのですね。脊髄梗塞は診断が非常に難しい病気です。診断基準としては、12時間以内に急激に発症する両足の麻痺、MRIで梗塞の所見が確認できること、脊髄の圧迫所見がないこと、ほかの疾患が除外できることなどが挙げられます。人の背骨(脊椎)には脊髄という神経が通っています。脊椎には番号がついており、頸椎が7個、胸椎が12個、腰椎が5個あります。一つ一つの脊椎の間から神経が出ていて、何番の脊髄が体のどの部分の動きや感覚を支配しているかが決まっています。
佐藤さん
症状は何番の脊髄で血管が詰まるかによって変わるのですか?
原先生
基本的には詰まった番号から下の神経経路が全て障害されてしまいます。首に近い部分で梗塞が起きると、両手にも症状が出ます。発症頻度としては下位胸髄から下が多く、体幹や両足に症状が出る場合が多いと言われています。
佐藤さん
ほかに症状が変わる要因は何かあるのですか?
原先生
脊髄には前方に1本、後方に2本の血管があり、前方の血管が詰まる可能性が高いと言われています。前方の血管が詰まると脊髄の前2/3が障害され、運動麻痺や温度感覚、痛みの感覚が鈍くなります。後方の血管が詰まると深部感覚という関節の位置や筋肉の伸張具合など内部の状態を感じる感覚が障害され、バランスがとりにくくなるなどの症状が認められることが多いです。発症後の治療はどのようなことをされていたのですか?
佐藤さん
治療はステロイドの点滴を3日間受けました。その後、脊髄の浮腫が徐々に軽減し、痛みなどの症状も軽減しました。僕の場合は発症後早い段階でステロイド治療が開始できましたが、一般的にはどのような治療がされるのでしょうか?
原先生
急性期の治療方法として多くの場合は血流の改善と浮腫の軽減を目的に治療がおこなわれます。血栓が原因の場合は血栓を溶かす点滴や血液をサラサラにする薬を飲む場合や脊髄動脈の血液の流れを良くする目的で腰椎ドレナージという治療が行われることもあります。佐藤さんの受けたステロイド治療は日本ではよく行われる治療の一つです。
佐藤さん
脊髄梗塞の治療の効果について明確に証明されているものはないと聞きますが、いかがでしょうか?
原先生
はい。明確な効果が医学的に証明された急性期の治療法はまだありません。ですが、その時ベストであると考えられている治療やできる治療、そして急性期以降のリハビリを一生懸命積み重ねて取り組むことで改善の可能性が広がると思っています。
佐藤さん
脊髄梗塞は治らない病気と言われていると思いますが、治る人もいるのでしょうか?
原先生
「治る」の定義を病気になる前の状態とすると、難しい場合が多いかもしれません。しかし近年、再生医療やロボット、バーチャルリアリティーを用いたリハビリなど新しい治療も多く出てきています。さらに脊髄損傷に比べると長期間経過しても改善することが多いという報告もありますので、様々な治療を試してみることで時間がかかっても機能が改善してくる可能性は十分にあると考えています。
佐藤弘道「脊髄梗塞」で下半身麻痺。壮絶なリハビリ生活と今後の展望