【闘病】ALSで亡くなった父に続き自分も発症… 「家族性ALS」を患って始まった壮大なチャレンジ
20歳のときに父をALS(筋萎縮性側索硬化症)で亡くし、自身も33歳で同じ病気を発症した青木渉さん。ALSのなかでもまれな、遺伝が関係して発生する「家族性ALS」と診断され、現在、日本では未承認のSOD1-ALSの新薬「トフェルセン」を使用した継続的な治療と日本での早期承認を願い、積極的にメディアにも出演。「ALSの治療」だけでなく未承認新薬治療への挑戦を通して、日本の医療が抱える大きな問題である「ドラッグラグ」に対しても、同時にチャレンジ(発信活動)を続けている青木さんに、これまでの話を聞きました。
※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2023年11月取材。
体験者プロフィール:
青木 渉
1988年生まれ、現在35歳。趣味はサッカー(ALS発症前)、スポーツ観戦、絵を描くこと。2011年日本大学生産工学部卒業後、2012〜2021年までは自分の店を持つことを夢に、都内の飲食店に就職。4店舗の店長を務めた。2021年10月、足に違和感を感じる。2022年6月ALSと診断を受ける。同年8月に家族性SOD1型ALSと判明(20歳の時に父が同病で他界)。2023年6月YouTube『ALS 〜新薬への道のり日記〜』にて発信活動を始めた。現在、歩行障害、手や呼吸器にも徐々に症状が現れている。
https://www.sho510.com/(青木渉サポーターの会HP)
記事監修医師:
村上 友太(東京予防クリニック)
※先生は記事を監修した医師であり、闘病者の担当医ではありません。
「もしかして、自分も父と同じ病気かも」
ALSを発症する以前、職場での青木さん
編集部
症状が出始めたのはいつですか?
青木さん
2021年10月ごろです。小走りをしたとき足が前に出てこないという違和感を覚えました。
編集部
突然、足が動かなくなったのですか?
青木さん
はい。コロナ禍だったので、最初は運動不足かなと思ったんです。でも、コロナ前まではサッカーを続けていたので、そんなにすぐに運動不足になるわけはないだろうと思いました。
編集部
そのあとは?
青木さん
階段を上り下りするときなどに、「ちょっとおかしいな」と思うことが続きました。いろいろ試してみて、足の指に力を乗せられず、爪先立ちができなくなっているということがわかりました。
編集部
どんな病気を疑いましたか?
青木さん
調べてみると、原因としては二つ考えられることがわかりました。一つは椎間板ヘルニア、もう一つは神経の病気です。それで早速、近所の整形外科で検査をしてもらったのですが、椎間板ヘルニアを示すような異常はなし。紹介状をもらい、近くの脳神経内科を受診しました。
編集部
そこで異常が見つかったのですね。
青木さん
すぐに精密検査を受けた方がいいと言われ、都内の大学病院に紹介状を書いてもらいました。その後、検査入院をしてALSの確定診断がついたのは2022年6月です。
編集部
発覚した時の心境はどうでしたか?
青木さん
実は私が20歳のとき、父がALSで亡くなっていたので、足が次第に動かしにくくなってきた頃から、「もしかして自分も……」という不安がありました。だから確定診断が出たときは、それほどショックはありませんでした。
編集部
お父さんも同じ病気で亡くなられていたのですね。
青木さん
はい、父も同じように足の違和感から症状が始まったこともあり、大学病院を受診した頃から、「自分も父と同じ病気ではないか」という考えが強くなっていきました。確定診断が出て2か月後、遺伝子検査で家族性ALSと診断されました。
編集部
当時、お仕事はされていたのですか?
青木さん
はい、大学卒業後は飲食店に勤めていて、将来は自分の店を持ちたいと頑張っていたのですが、症状が進むにつれて店に立つのは難しくなり、6月以降は内勤に変えてもらいました。その後2023年1月には仕事を断念、今は傷病手当金の支給を受けています。
アメリカで新薬承認。希望の光が……
青木さんのYouTubeチャンネル「ALS 〜新薬への道のり日記〜」
編集部
ALSには治療薬がないと聞きます。
青木さん
現在に至るまでALSは治療法が確立されていません。そのため治療の目的は病気の進行を抑制することで、当初は服薬による治療を続けながら2か月に1回くらい通院して、現状を確認するといった程度でした。
編集部
治療中、辛かったことはなんですか?
青木さん
どれだけリハビリを頑張っても、まったく成果が見えないことです。最初の頃は頑張って4kmウォーキングをすることもありましたが、一生懸命やってもまったく効果が見えない。それどころか確実に症状は進んでいく。それが精神的にとても辛かったです。
編集部
そんなときは、何が支えになったのですか?
青木さん
家族や友人の存在です。病気になる前となった後で、何が一番変わったかといえば、自分にとって大切な人の存在を実感できるようになったこと。健康だったときには感じられなかった人のやさしさを、身をもって知ることができるようになりました。
編集部
そんななか、あるニュースが飛び込んでくるのですね。
青木さん
はい、それまでもアメリカでALSに対する新薬「トフェルセン」の治験が行われていることは知っていました。その薬が2023年4月、アメリカで治療薬として承認されたというニュースを聞いたのです。しかも投与対象は私と同じ、「SOD1」という遺伝子変異を持つ患者。ぜひともこの薬を使いたいと思うようになりました。
編集部
でも日本では未承認ですよね。
青木さん
はい、その薬を日本で使うには個人で輸入するしかありません。個人で輸入と言っても、実際に私が直接製薬会社とやり取りしているわけではなく、治療を受けている大学病院による「未承認新規医薬品等を用いた医療提供」制度を活用して輸入してもらっています。そのためには莫大な費用がかかり、私個人の力では到底及びません。それで病院の勧めや周りの人の協力もあって、募金活動(※プロフィール内「サポーターの会」HP参照)を始めました。
編集部
現在はYouTubeやメディアなどにも積極的に登場されていますね。
青木さん
病気になってすぐの頃は、近しい人たち以外は病気のことを公表していませんでした。でも「どうしても治療薬を試したい」という思いで募金活動を始めてからは、募金してくださった方への現状報告や、同じ病気と闘っている人へのエール、それから「ドラッグラグ」についてたくさんの人に知ってほしいという思いから、積極的に情報を発信するようになりました。
編集部
「ドラッグラグ」とは?
青木さん
海外で承認されている薬が日本でも承認され、使えるようになるまでの時間差のことです。世界ではすでに治療薬として使用されているのに、日本では承認のプロセスが遅れていて、いまだ認められていない薬がたくさんあります。
編集部
悩ましい問題ですね。
青木さん
はい。特にALSのように進行の早い疾患にとってドラッグラグはまさに命取りになりかねません。ドラッグラグについて少しでもたくさんの人に知ってもらい、現状が改善されることを期待しています。
編集部
ALSだけでなく、「ドラッグラグ」とも闘うのは大変そうです。
青木さん
それでも「ひとりじゃない」と言って支えてくれる人がいます。大変さの一方で、それを上回るくらい人の温かさも感じることができるのが、とてもうれしいです。
病気と「向き合う」のではなく「受け入れる」
編集部
今後、どのように治療を進めていきたいと思いますか?
青木さん
これまで皆様のご支援のお陰でトフェルセンの治療を3回行うことができました。トフェルセンは継続投与が必要なので、現在4回目、5回目の治療を目指して募金活動をしています。円安ということもあって、今後も継続してこの治療を続けていくことは、正直なところ現実的ではありません。
編集部
そのためにも、一刻も早くドラッグラグの解消が必要なのですね。
青木さん
現在、「トフェルセン」の国内における迅速承認を要望する署名活動(※プロフィール内「サポーターの会」HP中の活動報告を参照)と、ALSの患者さんやご家族を対象にしたアンケートを行っています。11月中旬、ALS協会の協力もあり、厚生労働省と面談を行うのですが、その際に署名とアンケートを提出する予定です。
編集部
政府や医療機関に望むことはなんですか?
青木さん
1日でも早く、ドラッグラグを改善してほしいと思います。欧米では早期承認制度が確立されていて、新薬を承認するまでの期間を短くしようという動きが活発です。でも日本にはそうした制度がありません。
編集部
一刻を争う患者さんにとっては、とてももどかしい問題ですね。
青木さん
海外で承認された薬が日本で認められるまで、4年もかかったというケースがあります。その4年間で、いったいどれだけの命が救えたか。医薬品の承認においては未来のことだけではなく、「今の患者」をもっとみてほしいです。
編集部
新薬が承認されたら、一般には治療法がないとされているALSの希望の光になりますね。
青木さん
そう思います。難病とされる病気でも、私は可能性をあきらめたくない。少しでも可能性があるなら、確実にアプローチしていきたいと思っています。
編集部
あきらめないという強い気持ちが大事なのですね。
青木さん
確かにそれはそうなのですが、「あきらめない」という気持ちだけを前面に出すと、かえって自分が苦しくなって生活はうまくいかないと思うんです。
編集部
それはどういうことですか?
青木さん
自分の過去を振り返っても思うのですが、病気に対して真正面からぶつかると自分が苦しくなる。たとえば「どうしてこんなにリハビリを頑張っているのによくならないんだ」とか……。頭のなかは常に病気のことでいっぱいになり、病気に人生を支配されてしまいます。
編集部
なるほど、ではどんな心境が必要なのでしょうか?
青木さん
病気を受け入れる気持ちがないと、病気は良くならないと思っています。たとえ進行したとしても「しょうがない」と受け入れて、今の最善を尽くす。「病気が自分のすべて」になってしまうのではなく、「自分の一部に病気がある」くらいがちょうどいい。病気と正面から対峙するのではなく、受け入れる姿勢が大事なんじゃないかなと思います。
編集部
最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。
青木さん
可能性を感じるものにはしっかりとアプローチをして、ベストを尽くすことが大事だと思っています。それは病気だけでなく、仕事や勉強などでも同じこと。私も「ALSは治らない」「難病」と言われ、希望を閉ざされることもありますが、それでも可能性は捨てたくない。どんな難題だとしても、少しでも可能性を感じることがあれば、チャレンジする姿勢が大事だと思います。
編集部まとめ
現在日本では約1万人がALSを発症しているとされています。原因が解明されておらず、治療法も確立されていないなかで治療に臨むのは、強い心が必要になります。ALSとドラッグラグの、2つの問題と闘う姿に、日本が抱える医療の問題や健康という価値に、改めて気づかせてもらいました。
なお、Medical DOCでは病気の認知拡大や定期検診の重要性を伝えるため、闘病者の方の声を募集しております。皆さまからのご応募お待ちしております。