【性加害問題】被害者に必要な「心のケア」を医師が解説 「性暴力」によって失われるモノとは?
世間を大きく揺るがしている性加害問題。性暴力などによる被害は、心と身体にとって非常に大きな影響を及ぼします。それは決して一過性のものではなく、その後の人生にも関わってくることが少なくありません。そこで、各種報道などで目にすることも増えた性被害者への「心のケア」がどういうものであり、なぜ必要なのか、受けられる支援や治療について、精神科医の秋谷進先生に話を聞きました。
監修医師:
秋谷 進(東京西徳洲会病院小児医療センター)
性被害の定義とは? 性被害者への心のケアとは?
編集部
そもそも「性被害」とはどのようなことを指すのでしょうか?
秋谷先生
性被害とは受け手の同意がない性的な行為による被害を指します。それは性行為だけでなく、強要されるような言動、ボディサイズや性に関する経験を聞かれること、性的な視点で見られること、性的な情報を周囲に口外されることや公開されること、性器を触られる行為、盗撮、性器などを見せられる、被写体とされること、嫌がらせをされるといったことも含みます。
編集部
関係性やシチュエーションによって性被害にならない場合もあるのでしょうか?
秋谷先生
いいえ。たとえ相手が恋人、家族、友人、知人や配偶者含めどんな人であっても、自宅、相手の家、職場、学校、ホテルや遊戯場などどのような状況や場所であっても、受け手の同意がなければそれは性被害となります。
編集部
性被害者への「心のケア」とは、どのようなことを指すのでしょうか?
秋谷先生
性被害の悩みは、被害者が「たいしたことではない」「早く忘れるべきだ」「自分自身が悪いのだ」と考えてしまったり、もしくは周りの人からそれ同様のことを言われてしまったりして、誰にも相談することができずに放置されてしまうことがあります。そんな中で性被害者の気持ちに寄り添い、受け止め、今後どうしていくべきかを導いていくことが「心のケア」となります。
編集部
些細なことでもサポートしてもらえるのですか?
秋谷先生
心のケアは性被害に遭った方が希望すれば、誰でも受けることができます。相談したいことや悩んでいることがあれば必ず心のケアを受けましょう。性被害者が悩んでいるならば、決して些細なことではありません。「昔のことだから……」とあきらめずにサポートを受けてください。
編集部
もう少し詳しく教えてください。
秋谷先生
性被害は「魂の殺人」とも言われます。性被害者が生きやすい社会の実現を目指す当事者団体「一般社団法人Spring」の調査によると、性被害を受けてからそれを認識するまで平均6~7年かかると報告されています。被害を受けて突然、記憶をなくしてしまうなどの解離症状に悩み、病院を受診してカウンセリングを受けるうちに、あれは性被害だったのだと気づくこともあります。防衛反応で自らが忘れようとしている場合もあるのです。性被害の加害者はたとえ覚えていなかったとしても、被害者の心と身体は傷ついている可能性があります。
編集部
そもそも心のケアはどこで受けられるのですか?
秋谷先生
心のケアは、警察や病院をはじめとする心の相談ができる場所で受けることができます。被害者支援団体や各地の性暴力救済センターでも受けられます(予約が必要な場合あり)。実際に、病院など医療機関で性被害に遭われた方が心のケアを受ける場合、その3分の2が警察や児童相談所などからの紹介によると報告されています。
性被害が心理的に及ぼす影響とそのためのケア内容
編集部
性被害を受けた人は、どのような心理的影響を受ける可能性があるのですか?
秋谷先生
性被害を受けた人は安心感が損なわれ、不安、恐怖、自責感、自分には生きる価値がない、死にたい、ショックでパニックに陥る、被害の様子がフラッシュバックするなど、人によって様々な心理的な影響を受ける可能性があります。そして、過半数の方がトラウマを抱えることがわかっています。最も大きな問題は自信を失い、自分自身に価値を見いだせなくなってしまうことです。これらは心身の不調、日常生活や社会生活に影響を及ぼします。
編集部
生活にはどのような影響をもたらすのでしょうか?
秋谷先生
たとえば睡眠障害を始めとする睡眠への影響、食欲不振や増加、めまいや吐き気といった様々な不調があります。さらに社会生活でも、仕事や学校に行けない、外出を伴う活動などができない、人と話したくない、誰にも会いたくなくなるといった状態になる可能性があります。
編集部
心のケアは性被害者の回復にどのような役割を果たすのですか?
秋谷先生
性被害者の心のケアで、最も大事なことは自尊感情(自己を肯定できる状態)や自己効力感(目標などを達成できると考えられる状態)を適切に修復することです。失った自信は簡単には回復できませんが、心のケアによって自信を取り戻し、様々な性被害による影響から回復していくことになるのです。
編集部
性被害者にはどのような治療・アプローチが必要ですか?
秋谷先生
まず、性被害によって受けた心身への影響を、周囲の人に理解してもらえるということが非常に大事なステップになります。信頼できる人に辛さを分かってもらえるということは、性被害者にとって安心感につながります。ですから、まずは安心感を得られるようにすることから始めます。
編集部
簡単なことではなさそうですね。
秋谷先生
性被害者は辛い体験に自分で蓋をしてしまい、人に話すことができなくなります。蓋をすることで完全に過去の出来事とできればいいのですが、ほとんどの人はそれをトラウマとしてその後も抱え込んでしまいます。心のケアによって導かれ、トラウマを人に話せるようになることは、より良い回復につながることが分かっています。そのため専門家によって、性被害に遭われた方の適切な目標を面接のたびにアセスメント(評価・分析)し、ともに目標に向けて進めるように寄り添っていきます。
編集部
性被害者のケアにおいて、情報の保護やプライバシーの確保はどのように考慮されますか?
秋谷先生
性被害者の心のケアにおいて、情報の保護やプライバシーは非常に重要な問題です。それらが確保されなければ、更なる不安、すなわち二次障害が生じる可能性もあります。そのため、情報やプライバシーに関しては必ず最善の処遇で扱われています。
性被害者へのアフターケアの必要性と家族・友人ができること
編集部
性被害者が回復するまでの流れや必要な時間について、指標などはありますか?
秋谷先生
性被害者が「心のケアはもう十分だから必要ない」と感じたときが一応のゴールとなりますが、人によってこれまでの発達・養育や環境要因も異なるため、決められたマニュアルや目安のような所要期間はありません。本人が「もう大丈夫だ」と認識できても、何らかの壁に当たったときに、再び不安な気持ちが出てきてしまう。そして、「心のケア」を受けて再び自信を取り戻すといった経過を繰り返すことがほとんどです。
編集部
性被害者の支援において、家族や友人がどのような役割を果たすことができますか?
秋谷先生
家族や友人が性被害者の気持ちに寄り添うこと、被害者を受け入れることが当人の安心感につながります。人は心が弱っているときには優しくしてほしいものです。被害を受けた人に、そばにいてくれる人がいる、見守ってくれている人がいると認識してもらうことが肝要です。当人は1人きりになりたいときもあるかもしれませんが、信頼できる人がそばにいることは、一番の安心感につながると考えられています。次に「あなたは悪くない」と繰り返し伝えることも大事なことです。また、性被害者にはそのときの証拠保全、望まない妊娠へ対処するための病院受診や法的手続きを始めとする専門機関の利用が必要な場合があります。そういった時にも、家族や友人の支援が必要となる可能性もあります。
編集部
性被害者への心のケアにおいて、継続的なケアは受けられますか?
秋谷先生
性被害者へ心の安心感を与えるために、「いつでもここに来れば安心」「もしまた不安や壁に当たったときには、いつでもここに来ればいい」と思える安全基地の存在が支えになります。必要な時はいつでもサポートを受けに戻ってきてください。実際に、そうやって性被害の心のケアが非常に長期にわたる場合も少なくありません。
編集部
最後にメッセージをお願いします。
秋谷先生
人生は一度きりですが、何度でもやり直せます。人に相談することは、相手にどう思われるか不安になったり、緊張したり、怖かったりするかもしれませんが、我々と一緒に歩んでみようと踏み出してほしいです。心のケアにおいて、「言葉」は人に多大な影響を与えます。「あなたは1人じゃない。みんながいるよ」ということを被害に遭われた方々には覚えておいてほしいと思っています。
編集部まとめ
性被害者が抱える大きな問題は、自信が損なわれることであり、いかにそれを回復させるかが、その後の被害者の心のケアの焦点のようです。直近のできごとだけでなく、遠い過去に「同意」のない嫌な体験の心当たりがある方は、ぜひ「心のケア」を受けてみることを検討してください。
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