【闘病】「フォーカルジストニア」を乗り越え、ピアノ演奏を再開した脳神経内科医のリハビリ体験記
勝手に筋肉が緊張し、身体の動きや姿勢を制御できなくなる神経疾患である「ジストニア」。話を聞いた青嶋さんは、大学時代にフォーカルジストニア(局所性ジストニア)を発症し、生き甲斐であるピアノが全く弾けなくなり、絶望の淵に立たされました。現在(取材時)では、フォーカルジストニアを専門とする脳神経内科医として研究と診療に取り組みながら、10年越しにピアノを再開。リハビリにより演奏会ができる程にまで回復したそうです。フォーカルジストニア発症後、もう一度ピアノが弾けるようになるまでの話を詳しく聞きました。
※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2022年11月取材。
体験者プロフィール:
青嶋 陽平
東京都在住。1988年生まれ。診断時は大学生。14歳からピアノを始める。22歳の時、演奏中に右手の親指が曲がる、人差し指が突っ張るという症状が現れ、全く弾けなくなり、ピアノをリタイア。10年後、フォーカルジストニアのリハビリ指導をしている先生に習い、リハビリ方法の探求を重ね、演奏会ができる状態にまで回復。現在は脳神経内科医・研究員。X(旧Twitter)「@memory_wind」にて、ジストニアの解説やリハビリ方法に関するコンテンツを公開中。
記事監修医師:
村上 友太(東京予防クリニック)
※先生は記事を監修した医師であり、闘病者の担当医ではありません。
大好きなピアノが弾けなくなり絶望と孤独を感じた
編集部
まずはじめに、ジストニアについて教えていただけますか?
青嶋さん
ジストニアは、意思に反して特定の筋群がギューッと緊張し、身体の動きや姿勢を制御できなくなる神経疾患です。手、足、首、瞼、口、舌、声帯など、特定の部位にジストニアが起こる場合をフォーカルジストニア(局所性ジストニア)と呼び、長期間の訓練で習得した特定の動作や、それに類似した動作でのみ症状が起こる場合を動作特異性ジストニアと呼びます。動作特異性ジストニアは、楽器演奏やスポーツなど、正確性、俊敏性を要する動作、特に身体の一部に負担がかかる動作、心理的な負担を伴う動作の反復練習を長期間行うことがきっかけとなって発症します。
編集部
ピアノを演奏する青嶋さんには具体的にどのような症状が現れたのでしょうか?
青嶋さん
演奏中、特定の指が勝手に丸まったり、跳ねたり、ふるえたり、思わぬ方向に引っ張られたり、ブレーキがかかったり、時には「膝カックン」のように指の支えが外れたりして、何にせよ演奏が妨げられます。また、関節の曲がり具合や力の入り具合の認識がおかしくなり、正しいフォームがどうであったか、これまでどのように弾いていたのかさえ、わからなくなってしまうこともあります。
編集部
病気が判明した経緯について教えてください。
青嶋さん
指の不調が起こり始めた時に、演奏家の身体のトラブルに関する本やインターネットの記事を読んでフォーカルジストニアを知りました。その特徴に自分の症状がぴったり合致したので、これに違いないと納得しました。その後、不随意運動を専門で診られている脳神経外科の先生の病院を受診し、フォーカルジストニアだと診断され、説明もしていただきました。
編集部
どのように治療を進めていくと医師から説明がありましたか?
青嶋さん
ジストニアの治療には内服治療、ボツリヌス注射、脳外科手術、反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)などがあることを教えていただきました。また、ジストニアの研究論文を頂戴し、経頭蓋直流電気刺激(tDCS)の話も聞かせてもらいました。治療を希望する場合には再診をという方針になりました。
編集部
病気が判明したときの心境について教えてください。
青嶋さん
ピアノは私にとって生涯の趣味になるはずだったものなので、ピアノが弾けなくなったことは非常にショックで、まさに絶望的な気分でした。当時はピアノの音を聴くだけで涙が出てきました。ほかの場面ではちゃんと手が動くのに、ピアノだけができなくなるという不思議な状況に陥り、その辛さや深刻さを共有できる人は周りに居なかったので、孤独でした。ピアノに向かう度に症状は必ず現れ、練習しても悪化するばかりで、改善する未来が全く想像できませんでした。アマチュアの私でさえこれほど辛かったので、専門の道に進んで発症した方などは、もっと辛い思いをされているのではと想像します。
編集部
発症後、生活にどのような変化がありましたか?
青嶋さん
働き始めてからは、ピアノに触れるのは趣味の作曲の時くらいでした。音楽が大好きで、聴覚や発声の仕組みに興味があったため、もともと私は耳鼻科医を目指していましたが、自分の手の不調はジストニアという神経疾患であること、治療法が確立していないことなどを知っていく中で、演奏家であり、この病気の当事者であり、医療従事者であるという境遇なのだから、自分がその専門医にならねばと使命感を感じ、脳神経内科医になる道を選びました。人生の大きなターニングポイントでした。
編集部
病に向き合う上で心の支えになっているものを教えてください。
青嶋さん
共にフォーカルジストニアと闘っている仲間、既に克服された先輩方、リハビリレッスンの先生方、回復を願ってくれる友人や音楽仲間、また、直接の繋がりはなくともジストニアの診療・施術・研究に尽力されているセラピストや研究者の方々、その全員が私の心の支えです。また、私は職業上、ジストニアの患者さん以外にも、神経難病をお持ちの方に沢山お会いします。皆さんそれぞれ、私には想像もつかないような思いや経験をされている中で、たくましく前を向いて歩む姿勢を見せてくれます。私の方が患者さんから力を頂くことも多々ありますね。
編集部
遠ざかっていたピアノを2020年に再開されたそうですね。
青嶋さん
改善へのアプローチは人それぞれですが、私が選んだ方法は、ジストニアに罹患してその後克服した経験のある人に会いに行くことでした。何人もの演奏家の方々にお会いして、体験談やリハビリ方法を伺いました。ジストニアを克服されているピアニストの先生方をはじめ、ボディワークの先生方などジストニア当事者ではない方も含め、多くの方から回復のためのヒントを頂き、幸い、最近2年間で症状はだいぶ改善して、今後も良くなっていく自分を想像できるようになりました。ボディワークのひとつであるアレクサンダー・テクニークを学んだことも、改善の大きな要因です。
編集部
アレクサンダー・テクニークとはどういったものなのでしょうか?
青嶋さん
身体がどのように動き、どのように感じるかについての気づきを高めることによって、身体の使い方を学び直すというものです。不必要なこわばりを認識して解放する身体技法なのでジストニアと相性が良く、リハビリの基盤となります。効率的な身体の使い方を学べば、故障の予防だけでなく、パフォーマンスの向上も期待できるので、ジストニアなどの病気がない方にもお勧めです。
ジストニアにはスイッチがある
編集部
リハビリには懸命に取り組んでいるそうですね。
青嶋さん
はい。フォーカルジストニアの改善方法は、リハビリの他にも沢山の選択肢がありますが、どれを選んでも改善のためにはリハビリが必須です。リハビリの内容は多種多様で、症状を入念に分析して自分に合う方法を模索し、試行錯誤を続けることになるのですが、ピアノを例に、多くの方にとって有効な方法をお伝えさせてください。
編集部
わかりました。では、まずはじめに何をすればよいのでしょうか?
青嶋さん
まずは、どの指にどのような動きが起こるのかを把握します。ある指が丸まってしまう場合、ほかの指も丸まったり、反発して跳ね上がったり、複数の指に影響が出ることが多いです。次に、それらの症状が、どの指をどう動かした時に起こるのかを分析します。私の場合、親指で打鍵した後、人差し指を降ろす瞬間に、親指と人差し指がくっついてしまいます。症状が誘発される動きを私は「スイッチ」と呼んでいます。症状が起こる指とスイッチになる指は、別々の指であることが多いです。弾きにくい運指を細かく分解し、ゆっくり動かしてスイッチが入る瞬間をピンポイントで特定することが重要です。
編集部
スイッチを見つけることが大切なのですね。
青嶋さん
スイッチは至る所に潜んでいて、それを見つけては1つずつ攻略していきます。スイッチはゆっくり通過すれば発動しにくい、つまりジストニアが起こりにくいのです。また、指に加える力が少ないほど、症状を起こさずに通過できます。症状が起こらないレベルにまで、スピードや力の量を落として、指はただ垂れ下がっている5本の糸であるかのように脱力し、ゆっくり優しく正常な動きを手に覚えさせていきます。スイッチが入るポイント、指が引っ張られそうになる”ざわざわ感”を感じるポイントを、症状を出さずに通過するというのを繰り返すことがリハビリの基本メニューです。はじめは、完全に静止して鍵盤上に手を置くだけというリハビリや、症状が起こる手には力を全く入れずに反対の手を使って指を他動的に動かし、鍵盤に触れる感覚を馴染ませていくリハビリも有効です。
編集部
リハビリをする上で気をつけなければならないことはありますか?
青嶋さん
症状がはっきりと出てしまうレベルの動きは、極力繰り返さない方が良いです。演奏の本番中に症状が出るのはやむを得ませんが、リハビリではテンポ通りに曲を弾くよりも、スイッチが入らずに済む動きを馴染ませる時間を増やす方が近道です。症状が出るレベルのスピードで弾き続けると、悪化してさらに症状が起こりやすくなってしまいます。フォーカルジストニアは、負担がかかる動きの反復によって発症するので、弾きにくいと感じる運指をその速さのままむやみに繰り返すべきではないというのは、未発症の演奏家にとっても大切です。心地良く弾けるテンポで安全に練習していれば、負担を感じずに弾けるテンポも徐々に上がっていきます。
編集部
ほかにも重要なポイントはありますか?
青嶋さん
スイッチの分析に夢中になると、つい指の動きだけに意識が集中しがちです。体幹、腕、手首をしっかり動かして、手の重心移動を忘れないように心がけるようにしましょう。
編集部
力を追加することも必要になってくるのだとか。
青嶋さん
力を入れないリハビリのほか、力を追加するリハビリも必要です。ジストニアでは多くの場合、勝手に力んでしまう筋のほかに、スムーズに力が入らない筋が併存しており、知らぬ間にその筋が衰えていることがあります。ピアニストのジストニアで衰えやすい筋は2~5の指を伸ばすための総指伸筋です。衰えた総指伸筋を鍛えることは有効ですが、演奏中に指を必要以上に高く上げると、かえって負担が増えるので、特に独学でリハビリをされる場合には注意が必要です。力を追加するメニューを行った後は、一旦脱力するメニューに戻るなど、対極となる動きを並行して行うと効果的でした。
編集部
リハビリはつらくなかったのでしょうか?
青嶋さん
私は性格上、壮大な謎解きや探求的作業に根気強く挑むことが好きなので、リハビリは合っていたのだと思います(笑)。ただし、根気強く努力できる方でも、症状や環境は様々で、改善の一歩目が遠く感じることも珍しくありません。体系的なリハビリメソッドを開発するとともに、現在研究段階の医学的治療も普及させていくことの必要性を感じています。
再び演奏を楽しめる未来が訪れる可能性があることを伝えたい
編集部
同じ病気を抱えている人に伝えたいことはありますか?
青嶋さん
フォーカルジストニアについて調べると、確立した治療法はなく、難治であるという記事を目にします。私も発症からの10年間、一生ピアノは弾けないかもしれないという恐怖を感じていました。一時はピアノの音を聴くだけでも涙が出てくる状態でしたが、ジストニア克服経験のある先生方をはじめ多くの方々から頂いたヒントを基に、リハビリ方法の探求を重ね、長いトンネルを抜けて、ピアノの楽しさを10年越しに再び味わうことができています。どうか希望を捨てずにいてほしいです。今、改善のきっかけに出会えていなくても、今後の人生のどこかで遭遇することは十分に起こりうると思います。
編集部
医療従事者に望むことはありますか?
青嶋さん
音楽家のジストニアの研究開発には、医療従事者と音楽の専門家、ひいては医療機関と音楽の専門機関との連携が重要です。既に取り組まれている所もありますが、普及しているとは言い難く、今後の課題です。厄介なことに、医療や音楽の専門家であっても、ジストニアの症状の感覚やリハビリの工夫などは発症した当事者でないとわからない部分があります。医療従事者、各種セラピスト、研究者、演奏家、指導者などの多職種の連携に、ジストニア経験者を含めて、それぞれの知識やスキルを提供しあい、協力して治療や研究が行えるような場を作っていきたいと思います。
編集部
最後に、読者に向けてのメッセージをお願いします。
青嶋さん
ジストニアを発症しても、症状を改善・克服できる可能性、再び楽しく演奏できる未来が訪れる可能性があるということを改めてお伝えしたいです。一人でも多くの患者さんにそれを経験していただけるよう、私の経験を活かし、今後もジストニアの診療と研究に尽力いたします。この記事が、当事者の方の症状改善のきっかけになりましたら幸甚です。皆さんの症状が良くなることを心よりお祈りします。
編集部まとめ
生涯の趣味になるはずだったピアノが弾けなくなり、絶望の淵に立たされた青嶋さんですが、自らアクションを起こし、様々な人たちと関わり情報収集をしていく中で、もう一度ピアノが弾けるまでになりました。同じ病気を抱える演奏家の方にとっては心強いお話だったのではないでしょうか。青嶋さんのお話を通じて、もちろん個人差はあると思いますが、希望を捨てず、正しい情報を得てリハビリに臨むことの大切さを実感しました。
なお、Medical DOCでは病気の認知拡大や定期検診の重要性を伝えるため、闘病者の方の声を募集しております。皆さまからのご応募お待ちしております。