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【糖尿病性腎症】悪化の原因となるタンパク質を発⾒ 末期腎不全の発症リスク評価や治療に新たな道

 更新日:2023/03/27
糖尿病性腎症の悪化の原因となるたんぱく質を発⾒ 末期腎不全の発症リスク評価や治療に新たな道

糖尿病性腎症の末期患者で、人工透析治療などが必要となる末期腎不全の発症に、タンパク質「NBL1」が関わっていることを、日本大学医学部内科学系腎臓高血圧内分泌内科の小林洋輝助教らの研究グループが発表しました。今後、NBL1を標的とした治療を開発することで末期腎不全の発症リスクを低下させることが期待できるといいます。今回の研究報告が糖尿病性腎症の治療にもたらす意義を小林洋輝助教に取材し、詳しく伺いました。

小林 洋輝

監修医師
小林 洋輝(日本大学医学部附属板橋病院)

プロフィールをもっと見る
2011年日本大学医学部卒業、2018年ハーバード大学医学校ジョスリン糖尿病センター リサーチフェロー(日本学術振興会海外特別研究員)、2022年日本大学医学部 内科学系腎臓高血圧内分泌内科学分野助教。日本腎臓学会専門医、米国腎臓学会上級会員、日本内分泌学会専門医、日本透析医学会専門医、日本高血圧学会専門医。
現在は日本大学医学部附属板橋病院に勤務しており、腎臓疾患、内分泌疾患、糖尿病、高血圧等の診療・研究に携わる。

人工透析や腎移植を要する末期腎不全の主たる要因である「糖尿病性腎症」

人工透析や腎移植を要する末期腎不全の主たる要因である「糖尿病性腎症」

編集部編集部

まず、糖尿病性腎症という疾患について詳しく教えてください。

小林洋輝先生小林先生

糖尿病性腎症は糖尿病に伴う高血糖によって起こる腎臓の障害です。腎臓は体の背部の左右2か所にあり、①血液をろ過して老廃物を尿として排出②体の水分量の調節③血液中の電解質濃度を一定に保つという主に3つの働きがあります。糖尿病により血糖値が高い状態が続くと、全身の血管がダメージを受けます。特に腎臓は毛細血管が多く集まっている臓器なので、腎臓の機能低下により、水分や老廃物がスムーズに排出されにくくなり、腎障害が進行するとむくみや倦怠感などの全身症状が現れるようになります。

編集部編集部

糖尿病性腎症は治療すれば治るのでしょうか?

小林洋輝先生小林先生

現代医学では、糖尿病性腎症により一度進行した腎機能の低下を元に戻すことはできません。現状としては、糖尿病性腎症を病初期の段階で認識して、進行させないための治療が行われています。具体的な治療法は、生活習慣の見直しと薬物療法がありますね。糖尿病性腎症を病初期の段階で見つける方法としては、尿検査による尿中アルブミン測定があります。

編集部編集部

糖尿病性腎症が進行すると、どのような状態になるのでしょうか?

小林洋輝先生小林先生

糖尿病性腎症の進行などで腎臓の機能が10%以下程度まで著しく低下すると、尿量が減少したり、倦怠感を自覚したりするようになり、自分の腎臓だけでは生命が維持できない状態になります。これが末期腎不全と呼ばれる状態で、外から腎臓の機能を代替する治療が必要になります。

編集部編集部

糖尿病性腎症が末期腎不全の主たる原因になっているとのことですが、日本における透析医療の現状について詳しく教えてください。

小林洋輝先生小林先生

腎臓の機能を代替する末期腎不全の治療には、腎移植と人工透析がありますが、日本では、ドナー不足のため腎移植数がかなり少なく、人工透析が圧倒的多数を占めています。人工透析には、腹膜透析と血液透析がありますが、多くの方が受けているのが血液透析です。

編集部編集部

人工透析をうけている患者数は増えているのでしょうか?

小林洋輝先生小林先生

人工透析の患者数は35万人で微増しており、2022年時点で国内の人工透析医療費は年間でおよそ1.5兆円にものぼります。特に、人工透析の原因となる腎臓病の4割が糖尿病性腎症になるので、日本の医療費を削減のためにも、糖尿病性腎症の予防がとても重要なのです。

糖尿病性腎症の悪化の原因となるタンパク質「NBL1」

糖尿病性腎症の悪化の原因となるタンパク質「NBL1」

編集部編集部

今回発表された研究内容について詳しく教えてください。

小林洋輝先生小林先生

腎臓の機能が低下していく過程では腎臓の組織では「線維化」と呼ばれる現象が観察されます。その「線維化」に関連するシグナルとして以前からTGF-βシグナルが知られていました。今回の研究では、末期腎不全に至っていない糖尿病の患者さんの血液を調べて、このTGF-βシグナルに関連する25種類のタンパク質を測定しました。その結果、末期腎不全のリスクが高い患者さんの中で、「NBL1」というタンパク質の数値が非常に高くなっていることが分かりました。そこで、NBL1が糖尿性腎症の進行に関わっているのではないかという仮説を立てました。

編集部編集部

今回発表された研究報告の結果が示すポイントについて詳しく教えてください。

小林洋輝先生小林先生

実際に、NBL1の血中濃度と腎臓の組織障害には強い相関関係があり、細胞実験で腎臓の細胞にNBL1を加えると、アポトーシス(細胞死)へ誘導されることが明らかになりました。このような結果から、血中NBL1が糖尿病性腎症の進行に関連していると今回の研究で発表するに至りました。これまでNBL1が腎臓やそのほかの臓器障害と関連があるという研究報告はされていないので、画期的な発見と言えます。

編集部編集部

末期腎不全の発症に、タンパク質「NBL1」が深く関わっているとのことですが、血中NBL1はどのような状態だと上昇するのでしょうか?

小林洋輝先生小林先生

現時点では血中のNBL1の上昇要因については明らかになっていません。生まれつきの遺伝的要因や、特定の生活習慣によるもの、血糖値コントロールの不良などが可能性として考えられます。

編集部編集部

血中NBL1が増加することで、将来の末期腎不全の発症リスクが高まる仕組みとはどのようなものなのでしょうか?

小林洋輝先生小林先生

あくまで仮説になりますが、NBL1の上昇にともない、BMP7の保護作用が抑制されて糖尿病性腎症が進行すると考えられます。糖尿病性腎症の進行にはTGF-βシグナルが関わっていますが、このシグナルと関連するほかのタンパク質に「BMP7」があります。以前より、BMP7は腎臓の障害に対して保護的に働き、NBL1はBMP7に対して拮抗的に働くことが知られていました。またはBMP7の働きとは別に、まだ知られていないNBL1の受容体が存在して、それを介して糖尿病性腎症が進行する可能性もあるかもしれません。

今回の研究結果が糖尿病性腎症の治療にもたらす意義

今回の研究結果が糖尿病性腎症の治療にもたらす意義

編集部編集部

NBL1と腎障害との関連を世界ではじめて明らかにしたとのことですが、この研究結果が糖尿病性腎症の治療にもたらす意義と期待される今後の展開について教えてください。

小林洋輝先生小林先生

今回の研究の意義は大きく分けて2つあります。1つ目はNBL1を測定することにより、末期腎不全のリスクが高い糖尿病患者さんを見つけられることです。早い段階で患者さんを同定できるようになれば、積極的な治療介入により、末期腎不全の発症リスクを抑えられるでしょう。2つ目はNBL1をターゲットにした治療法を開発できる可能性があることです。すでに動物実験では、NBL1を抑える治療で糖尿病性腎症の進行を抑えられるかどうかを検証しています。将来的には、NBL1を標的にした糖尿病性腎症の治療法が開発されて、末期腎不全のリスクが抑えられることを期待しています。

編集部編集部

糖尿病性腎症を予防、または悪化させないために、生活習慣や食生活の中で気をつけるべき注意点があれば教えてください。

小林洋輝先生小林先生

良好な血糖値を保って糖尿病を悪化させないことと、血圧をしっかり管理することが重要です。また、患者さんによって状態が異なるので、まずはかかりつけの医師の指示に従って、処方された内服薬を飲み続けることが大切ですね。あとは食生活と運動習慣にも注意が必要です。血圧管理のために塩分摂取量を1日6g以下にしたり、糖尿病性腎症の進行の程度や活動量に合わせたエネルギー、タンパク質の摂取量の調節も大切になります。

編集部編集部

最後に、読者へのメッセージがあればお願いいたします。

小林洋輝先生小林先生

糖尿病性腎症を予防するには、糖尿病にならないことが一番です。健康診断等で血糖値が高めと分かった段階で、生活習慣を見直して改善に努めましょう。すでに糖尿病を発症している方も、食事や運動などの生活習慣を見直すことで、糖尿病性腎症の進行を緩やかにできます。また、近年は糖尿病性腎症の進行を遅らせる内服薬も出てきていますのでかかりつけ医の指示を守ることが大切です。現時点では、糖尿病など生活習慣病に対する特効薬はありません。私自身も研究者として、糖尿病など生活習慣病に関する画期的な治療法の開発を目指して、研究に取り組んでいきたいと思っています。

編集部まとめ

今回の小林先生へのインタビューを通じて、現代の医学では糖尿病性腎症を完治させることは難しいため進行をおさえるための治療が行われている現状、また末期腎不全の原因となる糖尿病性腎症の進行には、「NBL1」とうタンパク質が関わっているということが分かりました。今後さらに研究が進み、血中NBL1の測定により将来の末期腎不全発症リスクの早期発見が可能になったり、末期腎不全の治療薬が開発されたりする未来に期待が高まります。

この記事の監修医師