「認知症は誰にでもなり得る病気であることを知ってほしい」エビデンスに基づいた予防法を解説
よく言われているのが、「孤独は認知症を加速させる」という説です。しかし、その根拠をたどっていくと、不明瞭であることが多いようです。そこで今回は、認知症にかかりやすい傾向・性格・環境はあるのかどうかを、「里村医院」の里村先生がエビデンスに基づいた解説をします。
監修医師:
里村 元(里村医院)
立証できない「なりやすい人」
編集部
今回のテーマは「認知症になりやすい人」ですが、傾向のようなものってあるのでしょうか?
里村先生
ご質問の答えとは逆になりますが、「認知症になりにくい人」の研究なら、かなり進んでいます。その代表例が、2009年から2年間、フィンランドでおこなわれた「フィンガー研究」です。60~77歳までの1260人を対象に「きめ細かく生活指導をケアしたグループ」と「一般的なアドバイスにとどめたグループ」を比較した結果、前者の方が認知機能低下リスクが低減したことが明らかになりました。他方、ご質問の「認知症になりやすい人」の傾向は、実際になった人からの聞き取り調査が難しいため、あまり進んでいません。
編集部
同研究の「きめ細かな生活指導」とは、どのような内容なのでしょうか?
里村先生
ここに書ききれないほど様々です。大きくは食事、運動、脳トレなどにわかれるのですが、食事療法だけでも10項目にわたります。「アルコールは1日に摂取する総エネルギーの5%まで」や「砂糖は1日50gまで」のように、数値目標を置いた“厳密”な内容になっていることが特徴です。詳しくは、「認知症 フィンガー研究」などで検索してみてください。
編集部
我々が日頃から目指す指標としては、むしろ「非現実的」に思えてしまいます。
里村先生
そうかもしれませんね。フィンガー研究を取り入れるとしたら、専門家による“つきっきりの指導”が前提になると思います。そこでWHO(世界保健機関)は2019年、「認知症リスク低減のためのガイドライン」で12項目の対策をまとめました。12項目とは、▽身体活動による介入、▽禁煙による介入、▽栄養的介入、▽アルコール使用障害への介入、▽認知的介入、▽社会活動、▽体重管理、▽高血圧の管理、▽糖尿病の管理、▽脂質異常症の管理、▽うつ病への対応、▽難聴の管理です。
編集部
WHOの示した12項目にしても、ハードルが高そうです。
里村先生
同ガイドラインの方向性は、概ね「生活習慣病予防」と重なってきます。つまり、生活習慣病予防が認知症予防の一部を兼ねると言ってもいいかもしれません。加えて、個人的な見解ですが、「いつかは認知症にかかるかもね」という楽観的な性格の人ほど、むしろかかりにくい印象です。悩みが深刻化していくと、同ガイドラインの「うつ病」の項目に引っかかってきそうですよね。
日頃から取り入れられる具体的な対策
編集部
生活習慣病予防と聞くと、急に話題が身近になりました。
里村先生
そうですね。とくに、年代を問わない糖尿病、中高年期の高血圧と脂質異常症に注意しましょう。対策としては、いわゆる「適度な運動、バランスの良い食事、十分な睡眠」が大切です。もう少し具体的に言うと、有酸素運動、日本酒にしたら1日1合程度の適度な飲酒、「地中海食」などが有効とされています。ほかには、赤ワインに含まれるポリフェノールにも注目が集まっていますよね。もちろん禁煙は、認知症予防に限らずおこなうべきです。
編集部
「地中海食」って、あまり聞いたことがありません。
里村先生
ぜひ、「地中海食ピラミッド」で検索してみてください。ピラミッドの頂点は「食べる量を少なくした方がいいもの」、底辺は「多く摂取した方がいいもの」です。WHOが推奨する「認知症予防に効果的な食べ物」をまとめてみると、結果として地中海地方の食生活に近かったことから、「地中海食」という概念が生まれてきました。
編集部
いわゆる「脳トレ」ってどうなのでしょうか。一時、麻雀が注目されました。
里村先生
国立長寿医療研究センターによると、麻雀のように座り続けていないで、脳トレと運動を同時におこなう方が効果的とのことです。同センターは独自に、計算やしりとりなどの脳トレと運動を組み合わせた「コグニサイズ」というプログラムを開発・運用しています。
編集部
ただし、これらの対策をすれば「絶対に認知症にかからないか」というと、そうではないですよね?
里村先生
はい。絶対に認知症にかからない方法はありません。同様に、生活習慣病予防がおろそかだったから認知症にかかったとも言いきれません。身体機能や脳機能の維持として生活習慣病対策は有効でしょう。ですが、認知症の人に対して「ズボラだったから認知症になったのだ」とは決めつけないことですね。その1点だけはご注意ください。
「いつかは誰でもなるもの」と捉えてみる
編集部
結論が見えてきましたね。「なる・ならない」の二元論ではなく、確率の問題であるということですか?
里村先生
はい、確率論です。「人生100年時代」と謳われていますが、ヒトはもともと100年生きることを前提にしていませんでした。認知症に限らず、運動機能の衰えによるロコモ、老眼や白内障といった目の病気も同様で、「加齢による衰え」は誰にでも訪れます。
編集部
認知症は、長生きという恩恵が生んだ「副産物」なのですね。
里村先生
そうですね。認知症を「長生きの証」のように捉えた方が、よりポジティブなのかなと思っています。そして、加齢を“遅らせる方法”なら、いくつか考えられます。上記で見てきた生活習慣病予防策は、その顕著な一例です。
編集部
自立して生きられる「健康寿命」という概念も、使われるようになってきました。
里村先生
一般的な「平均寿命」と、元気で過ごせる「健康寿命」の間には、約10年のギャップがあると言われています。医療によって平均寿命を延ばしている側面があるからです。このギャップを埋めるには、とにかく病気にならないことでしょう。
編集部
わかりました。最後に、読者へのメッセージをお願いします。
里村先生
認知症予防と同時に、「認知症を支えられる社会」の在り方も考えてみましょう。認知症が不可避である一方、「認知症を支えられる社会」はつくることができます。認知症であることを“隠して生きる”のではなく、第2の人生として幸せに暮らせるような社会が理想的です。
編集部まとめ
WHOによる「認知症リスク低減のためのガイドライン」の中に、▽体重管理、▽高血圧の管理、▽糖尿病の管理、▽脂質異常症の管理の各項目が含まれていました。これらは三大生活習慣病そのものです。認知症にかからないためではなく、かかる確率を下げるために、今のうちから健康管理を取り入れていきましょう。
医院情報
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