「クラスター対策班」参画医師が振り返る“第一波”との戦い
2020年2月25日に設けられた厚生労働省の「クラスター対策班」。同班へ参画してきた神代先生に、今までの経緯や業務内容を振り返っていただきました。あまり知ることのできない真の姿にフォーカスを当ててみましょう。また、その研究成果ともいえる「正しい情報」への接し方についても伺っています。
※本記事の内容は、厚生労働省参与としての発言ではなく、神代先生個人の意見をまとめています。
監修医師:
神代 和明(京都大学大学院医療疫学分野研究員)
金沢大学医学部医学科卒業、米オレゴン健康科学大学大学院(疫学専攻)修了。国内外で臨床・研究経験を積んだ後、厚生労働省の感染症危機管理専門家(IDES)養成プログラムの3期生に加入。その後、世界保健機関や外務省のオペレーションほか、新型コロナ感染症対策に従事し、武漢邦人退避ミッションやクラスター対策班にも参加する。米国内科専門医、米国感染症専門医、米国予防医学専門医。日本内科学会総合内科専門医。米国内科学会フェロー(FACP)。
集団が解散した後にも感染を疑う、特殊な戦い方
編集部
新型コロナで「クラスター」に注目が集まったのはどうしてでしょう?
神代先生
例えば、インフルエンザのような従来の感染症は、かかっている患者が比較的「目に見えやすかった」と思います。「せきをしている人が多い」、「具合が悪いという電話がかかってきた」といった具合です。ですから、感染者の増加に応じて、「学級閉鎖」といった“面を封じていく作戦”が有効とされていました。
編集部
ところが、新型コロナは違っていたと?
神代先生
感染から発症までの時間が比較的長いことと、症状の出る前から感染力を持つという特徴により、感染の現場が「見えにくい」のです。集団で一次感染した人が無自覚のまま、解散した後に二次感染を起こすことも考えられます。「ステルス感が半端ない」こともあり、面というより「点」に近いイメージでしょうか。そこで、一次感染の場である「クラスター」を、より注意深く追っていったほうがよさそうだということがわかってきました。
※新型コロナの流行状況にもとづくイベント開催リスク
https://yukifuruse.shinyapps.io/covid_eventrisk_jp/
編集部
公衆衛生対応に興味を持ったきっかけは?
神代先生
研修医時代の保健所研修が、ひとつのきっかけでした。一般的な医療は、医療機関の中で、1人の患者さんを相手にしておこなわれます。それに対して保健所の業務は、オープンな環境の中にいる集団を扱いますよね。この違いが新鮮に感じられたので、医療疫学分野を目指そうと考えました。
編集部
そのような関心もあり、厚労省の「IDES養成プログラム」に参加されたと?
神代先生
はい。IDES(アイデス/感染症危機管理専門家)は2014年、西アフリカで発生したエボラ出血熱を契機に設立されました。当時の日本は公衆衛生の専門家が少なく、現地に十分な人材を派遣しきれなかったようです。その反省から、IDESのような人材養成がおこなわれるようになったと聞いています。
編集部
クラスター対策班には、どのような方が参加していたのでしょうか?
神代先生
IDES出身者も参加していましたが、その多くは公衆衛生・疫学・数理モデルの専門家で、ほかに医療法務やコミュニケーション、データ分析の専門家など、さまざまなプロが集まっていました。実際、現地にいって自治体の調査をサポートする国立感染症研究所疫学センターFETPもかなり重要です。また、クラスター対策班だけが、新型コロナウイルス感染症対策をおこなっていたわけでもありません。例えば、病床を確保する医療体制班も重要な一翼です。なお、7月頃からクラスター対策班は大きく体制が変わっており、現在は厚労省職員の方々がメインで運営されています。
前例のない感染症だから、考えながら動くしかない
編集部
クラスター対策班の創設当時、目標とする指標などはあったのでしょうか?
神代先生
最大の目標は、クラスター対策を通して、感染拡大のスピードを抑制し、可能な限り重症者の発生と死亡数を減らすことです。
編集部
その後の動きについて、振り返りをお願いします。
神代先生
随時、「3密回避」などの具体的な行動指針が加わっていった印象です。あえて際だった点を挙げるとすれば、“情報発信の方法”でしょうか。通例なら、得られた結果を厚労省などに渡し、「国がメッセージとして発信」していました。ところが我々は、国と協力して科学者からじかに情報発信していましたね。
編集部
当時のクラスター対策班はどのようなメンバー構成だったのでしょうか?
神代先生
簡単に説明すると、数学(理論疫学)の専門家である西浦班と、それ以外の疫学などの押谷班がいて、国立感染症研究所疫学センターFETPや、厚生労働省の役人の方々が事務局として貢献されていました。西浦班は「感染症数理モデル」といって、“このグラフから将来的になにがいえるのか”というような分析をしていました。例の「8割おじさん」ご本人が西浦先生です。
編集部
それ以外の押谷班は多士済々ですね?
神代先生
押谷班は、新型コロナウイルス感染症の解明やコンセプトの確立などに、幅広く関わっていました。その中には、先ほど例示したようなさまざまな専門家がいらっしゃいました。データマネジメントが得意な先生や、得られた情報をグラフィック化するプロなども含まれます。
編集部
クラスター対策班の業務範囲って、決まっていなかったのですか?
神代先生
繰り返すようですが、最大の目標は、感染拡大のスピードを抑制し、可能な限り重症者の発生と死亡数を減らすことであって、その大きな一輪だったのがクラスター対策班でした。すでに皆様はご存知かもしれませんが、クラスター対策とは、日本のCOVID-19対策の一つの柱であり、疫学情報の収集、分析を通してクラスターの早期発見と対応を支援するだけでなく、市民に対してはクラスターの発生しやすい場所、環境、行動を避けるよう啓発することで、クラスターの形成を防止することを目的としていました。新型コロナウイルス感染症自体が今まで経験したことのない未曽有な事態ですから、各論部分はチーム内で相談しながら、また対策本部と協調しながら、仕事を産み出しながら進めていく感覚もありました。
我々がテレビから得ていた情報はなんだったのか
編集部
クラスター対策班のアウトプットに、私たちは接することができたのでしょうか? どうやって発表していたのでしょう?
神代先生
基本は、我々のデータや意見は専門家会議の資料として活用されたり、厚労省の方々施策を決める参考に使われたりしていました。また、クラスター班からアウトプットとしては、例えば論文という形でも発信はされています。加えて、公式情報とは言えないですが正確な情報を、クラスター対策班や専門家会議有志の会など、ツイッターやSNSを通して積極的に発信がありました。これらの情報は、厚労省の発表を補完するものや、テレビなどマスコミで話されていることの確認のため、一次情報に近い形発信できていたのではないかと考えます。
編集部
マスコミで流れていた情報は、先生のような科学者の指示などに基づいていたのですか?
神代先生
我々が、マスコミ側にこう発信して欲しいなどと言ったことは、私が知る限りはないと思います。もちろん、個人的にインタビューを受けることはございましたけれども。
編集部
つまり、玉石混交の可能性がある?
神代先生
公衆衛生に関する情報は、特に、アウトブレイクが起きている最中は、シロクロの付けられない「グレーな内容」になりがちです。きょう言えたことが、来週に変わることも多々でしょう。ですから、「複数の情報源を自ら取りにいって、自ら検証する必要」があるのかもしれません。お気に入りのテレビ番組だけに頼るのは危険です。得られた情報を、この先に変わりえる前提で随時、アップデートする。そんな新しい情報との向き合い方が求められているように思います。
※Response COVID-19(英語表記だが、ブラウザにより日本語訳が可能)
https://www.responsecovid19.org/
編集部まとめ
現状を追跡していく押谷班と、そこから将来を予測する西浦班のコンビが現場で自治体をサポートする国立感染症研究所疫学センターとともに、クラスター対策を実地していくことでした。初めて経験する感染症への緊張感がうかがえましたね。未曾有な危機の中で、国と科学者が前向きにコラボレーション、落とし所を探していく姿に共感します。我々も、「きのうと言っていたことが違うじゃないか」などと批評するのではなく、「また、新しいコンセプトが発見できたんだな」と捉えるべきでしょう。新型コロナウイルスに関する情報はいまだ固定化しておらず、前進し続けています。