普通の生活では楽しめない脳に。「覚醒剤」が絶望的な抑うつを招くメカニズムとは

使用直後に現れる急激な変化から、繰り返し使用することで蓄積される深刻な影響まで、覚醒剤の作用は時間軸によって異なる形で心身に現れます。短期的には強烈な快感や過覚醒状態が生じる一方で、長期的には脳の構造そのものに変化をもたらし、日常生活の喜びを感じられない状態へと進行していきます。ここでは、それぞれの段階で生じる作用を詳しく見ていきましょう。

監修医師:
杉山 太一(医師)
東京大学整形外科学教室
社会保険中央総合病院 整形外科
立正校正病院 整形外科
東京大学医学部附属病院 精神科
国立精神神経センターレジデント
東京大学医学部 精神科教室助手
葛飾橋病院精神科
ゆうメンタルクリニック 池袋院院長
葛飾橋病院(東京都葛飾区) 副院長
ワシン坂病院精神科(神奈川県横浜市) 勤務
【専門・資格・所属】
精神科・整形外科
精神保健指定医
日本精神神経学会 精神科専門医
覚醒剤の使用がもたらす短期的・長期的作用
覚醒剤の作用は使用直後の急性期だけでなく、繰り返し使用することで長期的な影響も蓄積されていく可能性があります。短期的な作用と長期的な作用を理解することは、その危険性を正しく認識するために重要です。
使用直後に生じる短期的な作用
覚醒剤を使用した直後には、強烈かつ急激な変化が身体と精神の両面に表れることがあります。使用後数分から数十分という非常に短い時間の中で一気に気分が高揚し、自信に満ち溢れた感覚や、自分が何でもできるようなまるで神になったような万能感を抱くことがあります。脳内のドーパミンが急激に増加することで生じる現象です。普段の生活の中では用感じられない強烈な快感が訪れるため、使者の中には「自分が特別な存在になった」ような錯覚を抱くこともあります。そうした万能感は記憶に強烈に書き込まれ再現することを強く求めてしまうのです。
身体的には、瞳孔が大きく開き、わずかな光にも敏感に反応するようになります。皮膚感覚が極めて鋭敏になり、痛み刺激はドーパミン過多の状態では快感へと変化します。さらに、心臓が激しく鼓動し、血圧が急上昇することで全身が興奮状態へと引き上げられます。体温も上昇し、普段よりも汗をかきやすくなります。これらはすべて交感神経系が過剰に刺激された結果であり、一見すると活発になりポジティブな変化のように思えるかもしれませんが、注意が次々に映ってゆく躁状態であり行動に一貫性がなくなり、無駄に動き続けるため、実際には心臓や血管に大きな負担をかけている状態です。
短期的には意識が過覚醒となり、過度に活動的になる一方で、本能が明らかに優位になり前頭葉の人間らしい理性的な判断力や衝動のコントロールを行うことができなくなり、危険な行動に及ぶリスクが飛躍的に高まります。
繰り返し使用による長期的な作用の蓄積
覚醒剤を繰り返し使用すると、脳や身体全体に徐々に深刻な変化が現れます。初期のうちは使用後に強い快感を得られるものの、急速に耐性ができ、同じ快感を喚起するにはもっと多量な薬物が必要になります。脳内ではドーパミン受容体の数も感受性も低下するため、使用を重ねるにつれてその感覚は鈍くなり、同じ量では満足できなくなってゆきます。これは覚醒剤が脳の報酬系に直接影響し、快感を司るドーパミン受容体そのものの感度をダウンレギュレイトさせ受容体の数をも減少させてしまうためです脳の報酬系は本来、食事を取ったり、誰かと交流したり、趣味を楽しんだりといった日常の喜びによって自然に刺激され、ドーパミンが同じ行動をその個体に起こさせるため脳内で快楽を喚起させるという仕組みを持っています。空腹な熊が同じ場所に食べ物を求めて徘徊するのも配偶者を求めて昔出会えた場所を彷徨うのも、気に入ったラーメン屋に足が向いてしまうのもドーパミンの為せる出来事です。しかし覚醒剤を繰り返し使用すると、この自然なシステムが大きく乱れ、通常の刺激では満足感を得られなくなっていきます。つまりドーパミン受容体の数と感受性が低下していると自然な刺激ではドーパミンフラッシュが起きなくなるため容易に抑うつポジションに陥って、「普通の生活では気分が上がらない」「何をしても楽しいと思えない」「だから薬物が欲しい」という状態になるのです。抑うつは精神症状の中でも最も不快な症状の一つでありそれを改善するためまた薬物を探求するのです。
その結果、使用者は以前と同じ快感を求めて、使用量を増やしたり、使用頻度を高めたりしやすくなります。この悪循環が依存症形成の重要なプロセスであり、一度はまると気づかずに体が動いているという自分の前頭葉だけでは制御できなくなります。無意識に薬物を求めて探求し、気付かないうちに薬物を使用するようになるため、いくら意思が強くても意思の力だけでは自力では抜け出すことが難しくなります。
そして長期間の使用は脳の器質的な変化をもたらします。ドーパミン、セロトニンといった伝達物質の脳内の減少をもたらし、脳の形状も変化させ、思考力・判断力・記憶力といった高次機能、認知機能にも大きな影響を及ぼします。特に脳の前頭葉や辺縁系は理性や判断、感情のコントロールを担う重要な領域ですが、本能的な制御が元来弱いシステムであり、強力なドーパミンにはあらがいにくいため、容易に覚せい剤によるドーパミンにハッキングされやくく、覚醒剤の影響を強く受けやすい場所でもあります。また、精神的な不安定さが慢性化して、薬物による躁状態とうつ状態が繰り返されると日常生活における適応能力が著しく損なわれることになります。すべてがドーパミンを求めるための行動に結びついてしまいます。このため、長期間にわたる使用者には脳の興奮状態とうつ状態が混在する躁うつ混合状態になり「些細なことで怒りっぽくなる」「冷静な判断ができない」「物事を計画的に進められない」などの変化があらわれます。
まとめ
覚醒剤は心身に深刻な影響を及ぼす違法薬物であり、使用によって取り返しのつかない結果を招く危険性があります。しかし、依存症は適切な治療と支援によって回復可能な状態です。本記事で解説した覚醒剤の作用、身体的・精神的影響、依存性のメカニズムを正しく理解し、問題に直面した際には速やかに専門機関へ相談することが大切です。