「セックス依存症」とみなされる可能性がある6つの基準はご存じですか?
不特定多数の相手とセックスをする、あるいは浮気しがちだからといって、必ずしもセックス依存症(性依存症)ということではないそうです。では、どのような人が依存していると言えるのでしょうか? 詳しく解説してもらいました。
※この記事はMedical DOCにて【セックス依存症(性依存症)になりやすい人とは? 知っておきたい実態】と題して公開した記事を再編集して配信しており、内容はその取材時のものです。
解説:
斉藤 章佳(精神保健福祉士・社会福祉士/大船榎本クリニック精神保健福祉部長)
1979年生まれ。大卒後、アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックにソーシャルワーカーとして、約20年に渡りアルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪・児童虐待・DV・クレプトマニアなど様々なアディクション問題に携わる。その後、2020年4月から現職。専門は加害者臨床で現在まで2000名以上の性犯罪者の治療に関わる。また、都内更生保護施設では長年「酒害・薬害教育プログラム」の講師をつとめている。小中学校では薬物乱用防止教育をはじめ、大学でも早期の依存症教育に積極的に取り組んでおり、全国での講演も含めその活動は幅広くマスコミでも度々取り上げられている。著書に『性依存症の治療』金剛出版.2014(共著)、『性依存症のリアル』金剛出版.2015(共著)、『男が痴漢になる理由』イースト・プレス.2017、『万引き依存症』イースト・プレス.2018、『小児性愛という病-それは、愛ではない~』ブックマン社.2019、『しくじらない飲み方-酒に逃げずに生きるには』(集英社)、その他論文多数。
監修医師:
榎本 稔(医師・医学博士/医療法人社団明善会名誉理事長)
1935年生まれ。東京大学教養学部理科2類修了、東京医科歯科大学医学部卒業、山梨大学保健管理センター助教授、東京工業大学保健管理センター教授。1992年榎本クリニック開院、1997年より現職。日本「祈りと救いとこころ」学会理事長、日本「性とこころ」関連問題学会理事長、日本外来精神医療学会名誉理事長、日本精神衛生学会理事など。主要編著に『やめられない人々』(現代書林)、『メンタル医療革命』(PHP研究所)、『ヒューマンファーストのこころの治療―現代病が増えつづける日本の社会―』(幻冬舎)、『アルコール依存症~回復と社会復帰』(至文堂)、『こうして酒を断っている』(太陽出版)、『医者と患者』(平凡社)、『榎本稔著作集Ⅰ~V』(日本評論社)、『依存症がよくわかる本~家族はどうすればよいか?』(主婦の友社)、『性依存症の治療 暴走する性・彷徨う愛』(金剛出版)、『性依存症のリアル』(金剛出版)ほか。
編集部
定義を教えてください。
斉藤さん
実は、現時点で臨床現場において「セックス依存症」という診断名は存在しません。類似の疾患として、性嗜好障害という病名があります。とにかく性行為をしないと落ち着かない、生活に支障をきたしたり、不利益を被ってもなお危険な性行為を繰り返したりしてしまう、そんな性的に逸脱した反復的で衝動性が高く、強迫的な性行動をさしています。
編集部
正式には何という病名になるのでしょう?
斉藤さん
2018年、WHO(世界保健機関)が定めたさまざまな精神疾患の分類を定める国際疾病分類(ICD)が、30年ぶりに改訂(ICD-11:第11回改訂版)されました。翻訳され日本で適用されるにはまだ少し時間がかかりそうですが、それによって『強迫的性行動症』という新しい病名が加わりました。現在、巷で騒がれているセックス依存症はここに該当すると考えられていますが、それが依存症というカテゴリーに分類されるかというと明確には決まっておらず、いまだ研究データ不足や議論が尽くされていない状況です。従って、私自身は現在報道などで安易にその言葉が使われるのは問題だと考えています。ここでは広義の『性依存症』と捉えて解説していきます。
編集部
強迫的性行動症(ここでは性依存症)の診断基準はありますか?
斉藤さん
複数の人とセックスをする、色々な人との浮気がやめられないから強迫的性行動症であるという単純なものではありません。新しくICD-11で定められた強迫的性行動症(以下:性依存症)の診断基準には大きく6項目あります。
1)強烈かつ反復的な性的衝動または渇望の抑制の失敗
2)反復的な性行動が生活の中心となり、他の関心、活動、責任が疎かになる
3)性行動の反復を減らす努力が度々失敗に終わっている
4)望ましくない結果が生じているにもかかわらず、またそこから満足が得られていないにもかかわらず、性行動を継続している
5)この状態が、少なくとも6か月以上の期間にわたって継続している
6)重大な苦悩、及び個人、家族、社会、教育、職業、及び他の重要な領域での機能に重大な問題が生じている
編集部
報道などでは男性がよく出てきますが、女性もなることがあるのでしょうか?
斉藤さん
女性の場合、レイプなど過去の性被害のトラウマから自暴自棄になり自傷行為的に不特定多数の性関係をもってしまうケースも臨床の場ではよく出会います。この場合、望まない妊娠やHIVを含む性感染症として臨床現場に持ち込まれることがあります。さらに薬物依存症と性依存症が合併しているケースもあり、女性の性依存症は他のアディクション(依存)と合併しているケースも多く、クロスアディクションのひとつとして顕在化します。
編集部
性依存症になるとどのような状態になるのでしょうか?
斉藤さん
あり余った性欲が暴走して起こされる病に思えるかもしれませんが、実態は違います。実は本人は明確な苦痛を感じており、それによって社会的、職業的、または他の重要な領域における機能障害を引き起こしています。本質的にはアルコール依存症、薬物依存症とも共通点があり、心理的苦痛を緩和する鎮痛剤が逸脱した性行為だったというケースも多いです。そんな不適切なストレス対処方法が習慣化し、嗜癖行動となり心身を蝕んでいきます。
編集部
日常生活に悪影響が出ていることが診断の条件となるということでしょうか?
斉藤さん
いずれにせよ、その行動や衝動の制御が困難となり日常生活に何らかの支障をきたしているにもかかわらず、それがやめたくてもやめられない状態が生じていることが重要です。頻繁なアダルトサイトの閲覧、性風俗店の利用、不特定多数の性関係を持つことだけでは性依存症とは言えません。つまり、倫理感や道徳感の観点だけでは病気と診断することはできないのです。