絵本作家・さとうわきこさん逝去 「大動脈解離」の前兆となる“3つの初期症状”を医師が解説
「ばばばあちゃん」シリーズなどで知られる絵本作家・さとうわきこさん(89歳)が、3月28日に「大動脈解離」のために死去したと報じられました。今年7月には「さとうわきこ展」を開催し、サイン会なども予定していたそうです。
大動脈解離の前兆・なりやすい人の特徴・予防法・何科へ受診すべきかなどを、医師の小正先生が解説します。気になる症状がある場合は、迷わず病院を受診してください。
※この記事はMedical DOCにて【「大動脈解離の前兆となる3つの初期症状」はご存知ですか?予防法も医師が解説!】と題して公開した記事を再編集して配信しており、内容はその取材時のものです。
監修医師:
小正 晃裕(医師)
目次 -INDEX-
「大動脈解離」とは?
大動脈解離とは、心臓から全身に血液を送り出す大動脈の血管内壁が裂けて、血液がその壁の中に入ってしまう状態を指します。この状態が起こると、血液は大動脈の内部と外部の間に新しい道を作ります。これが「解離」と呼ばれるもので、これにより大動脈が2つの部分に分かれ、血液の流れが正常でなくなります。
通常、血液は心臓から大動脈を通って体全体に送られ、私たちの全ての器官や組織に必要な酸素と栄養を供給します。しかし、大動脈解離が起きると、この重要な血管が正常に機能しなくなり、血液の流れが妨げられ、生命に危険な状態に陥ることがあります。
大動脈解離は突然発症することが多く、激しい胸痛や背中の痛みを伴うことがあります。これは非常に危険な状態であり、緊急の医療処置が必要です。一方で、緩徐に発症することで激烈な症状が乏しい場合もあり、様々な症状の原因となるため他疾患で説明のつかない症状を認めた場合には大動脈解離の可能性を念頭に置く必要があります。
大動脈解離を正しく理解することは非常に重要であり、知識を持っていれば、緊急時に迅速な対応が可能となり、命を救うことも期待できます。また、早期に適切な治療を受けることで、回復の可能性も高まります。他の心臓疾患と同様に、大動脈解離も早期発見と適切な治療が非常に重要であるため、急な胸痛や背中の痛みを感じた場合は、速やかに医療機関を受診することが重要です。
大動脈解離の前兆となる3つの初期症状
突然発症の胸背部痛
大動脈解離では、典型的な初期症状として突然激しい胸痛や背中の痛みが生じることがあります。痛みは引き裂かれるような激烈なことも多く、このような症状が起こった場合には緊急で医療機関を受診するようにしましょう。(すぐに自身での受診が難しければ迷わず救急車を呼んでください。)また、痛みの感じ方はさまざまであり、どんな痛みでも急性発症の胸背部痛であれば大動脈解離の可能性があります。
すぐに救急科あるいは循環器内科、心臓血管外科などを受診する必要があり、発症のタイミングやその他の症状があれば伝えるようにしてください。症状がそれほど強くなくても、これまで経験したことのない胸背部痛は危険な前兆の可能性があります。早めに医療機関を受診するようにしてください。
失神
大動脈解離に伴う血圧低下、脳潅流障害(のうかんりゅうしょうがい)で失神を認めることがあります。胸背部痛を伴う失神のこともありますが、そうでなくても原因不明の失神を認めた場合には早めに医療機関を受診して精密検査を受けるようにしましょう。
受診時は同じく救急科あるいは循環器内科、心臓血管外科を受診するようにしてください。失神は危険な兆候の可能性も高い症状であり、特に運動時の失神は危険なサインです。必ず受診して精密検査を受けるようにしてください。
不整脈や足の麻痺、血圧の変動など
大動脈解離では、大動脈の血流低下からさまざまな臓器障害による症状を認めることがあります。例えば、心臓に栄養を送る冠動脈の血流低下から心筋梗塞や房室ブロックなどの不整脈を起こすことがあります。また、脳血管障害から麻痺などの脳梗塞症状を認めたり、脊髄の虚血から下肢の麻痺を生じることもあります。
また、解離が心臓まで及ぶと心臓の周りに出血する心タンポナーデや、急性の大動脈閉鎖不全症を起こして重症な心不全に繋がることもあります。
上記はあくまで一例であり、大動脈解離は全身へのメインの栄養血管である大動脈の血流低下を来す疾患のため、その他にも様々な自覚症状を起こすことがあります。血圧の低下から吐き気を催す場合もあり、それが唯一の前兆となることもあります。
大動脈解離になりやすい人の特徴
動脈硬化
コントロール不良な高血圧症や糖尿病、脂質異常症、喫煙などは動脈硬化を進行させて大動脈解離のリスクも増大させます。また、運動不足も大動脈の動脈硬化を進展させることが報告されており、大動脈解離のリスクを下げるためには血圧や脂質、血糖値などのリスク因子を定期的に確認して必要に応じて適切な治療・管理を続けることが大切です。
また、禁煙と適度な運動も予防には重要です。動脈硬化はその他心血管障害(心筋梗塞、脳梗塞)のリスクにもなるため、健康な状態を維持するためには健康的な食事・運動を意識して動脈硬化リスクに早めに対処することが大切です。
高齢者
大動脈解離の年間発症率はおおむね1万人に1人と過去に報告されていますが、ここ数年でも右肩上がりで増加しており、今後高齢化や動脈硬化リスクの増大に伴い患者数もさらに増える可能性が十分にあります。発症年齢のピークは男性70歳代、女性で80歳代であり、高齢者ほどリスクが高くなる傾向があります。若いうちから動脈硬化リスクをきちんと評価・治療を行うほか、適度な運動も続けることで発症を予防することにつながります。
遺伝・先天性要因
その他の大動脈解離のリスクとして、Marfan症候群やEhlaers-Danlos症候群など生まれつき組織が弱く解離を起こしやすいこともあります。家族歴が必ずしもあるわけではなく、大動脈基部の拡大などの検査所見から指摘されることもあります。もし指摘されたり家族歴がある場合には大動脈解離のリスクが高くなるため、外来受診の間隔を狭めて定期的に検査をしたり、リスク因子の管理をより厳格にするなどの対応が必要となることがあります。
また、先天性の心血管構造異常の中で最も多くみられる大動脈二尖弁(心臓の出口となる大動脈弁の弁尖が通常3枚のところ生まれつき2枚となっている)でも、大動脈基部の拡大や大動脈解離のリスクが増大するため、慎重なフォローが必要となります。
すぐに病院へ行くべき「大動脈解離の前兆」
ここまでは大動脈解離の前兆を紹介してきました。
以下のような症状がみられる際にはすぐに病院に受診しましょう。
突然胸や背中に激痛が出た場合や失神、脳梗塞や下肢麻痺を疑う症状が現れた場合は、救命救急センターへ
大動脈解離では前述したように多彩な症状が起こります。中でも突然発症の胸背部痛や原因不明の失神、脳梗塞や下肢麻痺を疑う症状が現れた場合には緊急で受診が必要です。救急科、循環器内科、心臓血管外科などの専門科を速やかに受診して精密検査を受けるようにしてください。
こういった症状の場合には1分1秒の遅れが予後に大きく関係します。すぐの受診が困難なら迷わず救急要請し、くれぐれも受診を後回しにしないように注意してください。
受診・予防の目安となる「大動脈解離の前兆」のセルフチェック法
- ・突然の胸痛、背中の痛みがある場合
- ・原因不明の失神を認めた場合
- ・脳梗塞による脳神経症状(うまく話せない、口角が下がり飲み物がこぼれる)や下肢麻痺などを認めた場合
- ・その他、多彩な症状が急性に発症した(他の疾患では説明がつかない)場合
大動脈解離を予防する方法
血圧管理
大動脈解離の予防において血圧管理は非常に重要です。コントロール不良な高血圧症は動脈硬化を進展させて大動脈解離のリスクを上げるため、高血圧症を指摘された場合には必ず定期的な診察を受け、必要な治療を受けるようにしてください。また、普段の生活では食事の塩分を減らすこと、適度な有酸素運動などが血圧管理に有効です。
脂質、血糖値のコントロール
高血圧と同様に、脂質や血糖値のコントロールも動脈硬化および大動脈解離の予防に重要です。脂質や炭水化物の摂りすぎには注意して、医師や栄養士からの栄養指導なども組み合わせながら数値が悪くならないよう定期的な検査を欠かさず受けてください。
また、脂質や血糖値のコントロールにも運動が大切です。食後に有酸素運動をすると効率的にカロリーを消費できるため、少しずつ習慣にしていきましょう。
運動
運動不足は血圧上昇や動脈硬化のリスクとなります。予防のためには適度な運動を継続することが必要であり、自分で続けられる運動を見つけるようにしましょう。特に高齢になると筋力低下で運動量が下がる傾向があるため、筋力維持に筋力トレーニングなど無酸素運動、動脈硬化予防に有酸素運動を取り入れるなど、バランスよく行う必要があります。どのような運動をしたらよいかわからない場合には主治医に相談し、無理のない範囲でうまく生活に取り入れるようにしましょう。
禁煙
喫煙は動脈硬化による心血管障害や脳梗塞、閉塞性肺疾患など多くの疾患にとってリスクとなります。もちろん大動脈解離を予防するうえでも禁煙は非常に重要な因子となります。
緊急性が高く致死率も高い大動脈解離を予防するためにも、現在タバコを吸っている場合には早めに禁煙を心がけてください。また、禁煙したくても困難な場合には禁煙外来などもあるので、主治医と相談するようにしましょう。
「大動脈解離の前兆」についてよくある質問
ここまで大動脈解離の前兆などを紹介しました。ここでは「大動脈解離の前兆」についてよくある質問に、Medical DOC監修医がお答えします。
大動脈解離を発症すると背中の痛みや吐き気を催しますか?
小正 晃裕 医師
典型例では突然発症の胸背部痛や失神などと共に、血圧低下による吐き気なども伴います。しかし、解離の部位や進行のスピードによって症状は多彩に生じるため、そのような症状がなくても大動脈解離を完全に否定できるわけではありません。
突然の背中の痛みと共に吐き気がある場合には、必ずすぐに医療機関を受診してください。その他にも原因不明の失神を認めたり、多彩な症状が同時に起こる場合などは大動脈解離の前兆の可能性もあるため、早めに医療機関で精密検査を受けるようにしましょう。
編集部まとめ
大動脈解離は主に動脈硬化の進行によって発生する疾患であり、発症すると急激に進行して様々な症状を起こし、致死的な転帰をとることも多くあります。また、典型的な胸背部痛や失神などを認めないケースも多いため、症状だけで大動脈解離を否定することは困難です。突然発症で、これまで経験したことのない症状を認めたり、多彩な症状が同時に起こる場合には必ず医療機関を受診して精密検査を受けるようにしましょう。また、大動脈解離は緊急性が高いため救急車を呼ぶことをためらわないようにしてください。