

監修医師:
稲葉 龍之介(医師)
トキソカラ症の概要
トキソカラ症とは、犬や猫に寄生する回虫が人間に感染することで起こる寄生虫症です。犬・猫回虫症とも呼ばれます。
回虫とは哺乳類の小腸に住みつく消化管内寄生虫のことです。特に犬回虫(Toxocara canis)と猫回虫(Toxocara cati)は人間にも感染する人獣共通感染症です。犬回虫や猫回虫の目的は、成虫へ成長するために犬や猫の体内に寄生することです。これらの回虫にとって、犬や猫は最終的に寄生する宿主、すなわち終宿主(しゅうしゅくしゅ)にあたります。
ところが、何らかの理由により人間の体内に侵入した犬回虫、猫回虫は成虫になることができません。
この回虫が幼虫のまま人間の体内を移行し、全身の臓器に侵入することで、さまざまな症状が起こります。
回虫が侵入する器官により、症状は内臓型、眼型、神経型、潜在型に分けられます。
トキソカラ症の原因
トキソカラ症は犬回虫・猫回虫が体内に侵入することで起こります。その侵入経路は2種類に分けられます。
1つ目は、回虫の卵の経口感染です。回虫の卵は有機野菜、犬・猫の毛、公園の砂場などにある犬・猫・その他の動物の排泄物に付着していることがあります。それらに触れることで感染する場合があります。そのため以前は、犬や猫、砂場に触れた後の手を無自覚に口へ持っていくことの多い小児によく見られる疾患とされていました。
2つ目は、回虫が感染した牛や鶏などの肉・内臓を、生あるいは加熱が不十分な状態で摂取する行為です。成人の患者さんで多く認められます。
トキソカラ症の前兆や初期症状について
トキソカラ症は、一般的に感染から発症までは数週間から1ヶ月を要すると考えられています。
トキソカラ症は、回虫が侵入する臓器により内臓型、眼型、神経型、潜在型に分けられます。
| 回虫の侵入箇所 | 区分 | よく見られる症状 |
|---|---|---|
| 内臓(肺) | 肺トキソカラ症 | 咳、痰、胸の痛み、呼吸困難、喘鳴など |
| 内臓(肝臓) | 肝トキソカラ症 | 腹痛、発熱、倦怠感、腹部の不快感など |
| 眼 | 眼型トキソカラ症 | 飛蚊症、眼痛、眼の充血、羞明(まぶしさ)、一時的あるいは恒久的な失明 |
| 中枢神経 | 神経型トキソカラ症 (中枢神経型) |
好酸球性髄膜炎、脳炎、髄膜脳炎、血管炎、脊髄炎、認知症、てんかんなど |
| 末梢神経 | 神経型トキソカラ症 (末梢神経型) |
神経根炎、顔面神経麻痺など |
内蔵型トキソカラ症は無症状である場合も少なくなく、また症状があっても、それぞれの症状はトキソカラ症特有のものではなく、ほかの病気においても見られます。そのため病状からトキソカラ症と判別するのは困難です。
また、神経型トキソカラ症に関してはまれな病気とされており、発症の頻度は多くありません。
さらに、潜在型といって、抗トキソカラ抗体が陽性となり、脱力感、皮膚のかゆみといったアレルギー様の症状や睡眠障害などを伴う病型もあります。
このほかの症状としては、じんましんや結節性病変などの皮膚病変、心筋炎、血管炎、アレルギー性紫斑病、リウマチ様症状などが報告されています。
いずれの場合も、症状だけでトキソカラ症だと断定できるものではありません。上記のような症状を自覚した場合、まずは内科、感染症内科を受診してください。その際、犬・猫などの動物との接触歴や、肉または内臓を生食、あるいは不十分な加熱状態で摂取したことがあれば、問診時にその旨をお伝えください。
トキソカラ症の検査・診断
感染症の診断においては、原因となる病原体の検出が必須となります。寄生虫症では一般的に糞便からの検出が有効です。しかし、トキソカラ症では回虫が肺・肝臓や眼に侵入するため、糞便からの検出は困難です。また犬回虫、猫回虫は体長が約400㎛、体幅は約20㎛と大変小さいです。したがって、病理検査でも検出は困難といえます。
そのため、トキソカラ症の診断においては、回虫に反応して産生される抗体を検出する免疫学的な検査法が用いられています。内臓幼虫移行症の診断確定には、抗トキソカラ抗体に対する酵素免疫測定法が推奨されます。眼幼虫移行症においては、抗トキソカラ抗体の抗体価が低い値を示すか、または検出限界未満となる場合があり、眼科での検査が求められます。
具体的な所見としては、網膜の後極または周辺部に肉芽腫性反応として卵円形の白色病変が現れます。一部の患者さんでは眼内炎の症状がみられ、びまん性の眼内の炎症および疼痛を伴う眼の充血が出ることもあります。
最終的には、抗体検査の結果に加えて問診、身体診察所見、症状、画像検査、血液検査でのIgE値、好酸球値などの臨床的所見と、患者さんの食習慣・ペットの有無といった生活背景を併せて総合的に判断します。
トキソカラ症の治療
トキソカラ症患者さんの多くは自然治癒が期待できるため、積極的な治療は不要な場合が多いとされています。
しかし、症状が重かったり、眼型トキソカラ症で失明の恐れがあったりする際には薬物治療が行われます。
具体的には、アルベンダゾールあるいはメベンダゾールという駆虫薬が使用されます。これらの駆虫薬は内蔵型トキソカラ症、神経型トキソカラ症での有効性が報告されています。アルベンダゾール、メベンダゾールともに副作用として肝機能障害が報告されているため、投与量や治療期間の十分な管理が求められます。
しかし、眼型トキソカラ症に対する駆虫薬の治療成績は一定していないとの報告があります。よって、眼型トキソカラ症では視力障害を抑えるためにステロイド剤が併用されます。
トキソカラ症になりやすい人・予防の方法
犬回虫・猫回虫の卵もしくは幼虫との接触歴がある方はトキソカラ症を発症する可能性があります。具体的には有機野菜、生もしくは不十分な加熱での牛・鶏レバーや鶏肉の摂取、犬や猫との接触、動物の排泄物との接触が挙げられます。
したがって、トキソカラ症の予防のためには、まず野菜の十分な洗浄と、牛や鶏などの肉食の際は内臓や生食を避けることが有効と考えられます。日本国内では、2011年に発生した飲食チェーン店による腸管出血性大腸菌(O157)食中毒による死亡例をきっかけに、飲食店での牛の生レバーの提供が禁止されています。しかし、海外では現在も生レバーの提供が行われています。そのため、生食を好む方が海外旅行をきっかけにトキソカラ症を発症する事例も報告されています。食の嗜好を我慢することは難しいですが、肉や内臓を生食することはトキソカラ症を含むさまざまな感染症のリスクであることは認識しておく必要があります。
また、ご家庭でペットを飼われている場合には、定期的な検便と適切な駆虫薬の投与が必要です。衛生管理に気をつけていても、犬であれば散歩の際や、猫であれば外飼いをされている方など、思いがけず外部との接触の機会が生じる場合もあるかも知れません。人間、ペットともども野良動物との接触機会を減らすような手立てを講じることが好ましいです。
また、いろいろなものに触れてしまいがちな子どもに対しては、特に帰宅時の手洗いの徹底が重要となります。子どもに手洗いの習慣を持たせることは難しいかもしれません。なぜ手洗いをしなければいけないかの理由を伝えるとともに、手洗いが楽しくなるような仕掛けを作るなど、工夫をすることで子どものみならず大人も含めた家庭内での感染症の予防につながります。
関連する病気
- 内臓幼虫移行症
- 眼幼虫移行症
- 神経系移行症
- 好酸球増多症
- 肝炎
- 肝腫大
参考文献




