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急性ヒ素中毒
居倉 宏樹

監修医師
居倉 宏樹(医師)

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浜松医科大学卒業。初期研修を終了後に呼吸器内科を専攻し関東の急性期病院で臨床経験を積み上げる。現在は地域の2次救急指定総合病院で呼吸器専門医、総合内科専門医・指導医として勤務。感染症や気管支喘息、COPD、睡眠時無呼吸症候群をはじめとする呼吸器疾患全般を専門としながら一般内科疾患の診療に取り組み、正しい医療に関する発信にも力を入れる。診療科目
は呼吸器内科、アレルギー、感染症、一般内科。日本呼吸器学会 呼吸器専門医、日本内科学会認定内科医、日本内科学会 総合内科専門医・指導医、肺がんCT検診認定医師。

急性ヒ素中毒の概要

ヒ素は、金属と非金属の中間的な性質を持つ元素であり、自然界に広く存在します。無味・無臭・無色であるため、かつては毒物として使用されることもありました。現代においては、環境汚染、職業性曝露、食品などを介して、意図せずヒ素を摂取してしまうことによる中毒が問題となっています。

急性ヒ素中毒の原因

ヒ素は、その形態や曝露経路によりさまざまな経路で人体に摂取され、中毒を引き起こす可能性があります。以下に、ヒ素中毒の主な原因について詳述します。

1.環境汚染を背景とした中毒

鉱山開発による汚染

鉱山開発は、土壌や河川・地下水をヒ素を含む重金属で汚染する原因となります。汚染された飲食物を摂取することでヒ素中毒に至る事例が報告されています。 例えば、富山県の神通川流域におけるカドミウム汚染米によるイタイイタイ病の事例では、ヒ素を含むほかの重金属による影響も懸念されました。

地下水や井戸水の汚染

地殻中に存在する無機ヒ素(亜ヒ酸、ヒ酸)が地下水に溶け出し、井戸水を水源として利用する地域で大規模なヒ素中毒が発生しています。 台湾の黒足病、チリのアントファガスタ、バングラデシュなどで深刻な健康被害が報告されており、飲料水だけでなく灌漑用水を介した米や野菜の汚染も問題となっています。

2.産業現場における職業性中毒

化学物質の取り扱い

製造業の現場では、ヒ素化合物がバッテリー、電気機器、塗料などの製造過程で使用されており、作業者が曝露するリスクがあります。金属の精錬や電気めっき、半導体製造などの産業現場でも同様のリスクがあります。

ヒ化水素(アルシン)中毒

産業現場でヒ化水素ガスを吸入することで、急性中毒が発生することがあります。ヒ化水素は赤血球中のSH基と結合し、溶血を引き起こします。

3.食品を介した摂取

魚介類

魚介類にもヒ素が含まれている場合がありますが、多くは毒性の低い有機ヒ素であり、通常の摂取量であれば中毒のリスクは低いとされています。

海藻類(ヒジキ)

ヒジキは無機ヒ素を高濃度に含むことがあり、過剰な摂取には注意が必要です。茹でることでヒ素は茹で汁に移行しますが、乾燥ヒジキを粉末化してそのまま摂取する場合は注意が必要です。

4.医療行為による中毒

高カロリー輸液

過去に、高カロリー輸液に微量元素を添加する際、意図しないヒ素の混入や過剰投与による中毒例が報告されました。

リン吸着剤

過去に用いられたアルミニウム製剤は、腎不全患者さんにアルミニウム脳症を引き起こしましたが、ヒ素中毒との直接的な関連は報告されていません。

5.生活の中での注意点

サプリメントの過剰摂取

亜鉛、セレン、クロムなどの必須元素を含むサプリメントは市販されていますが、セレンは過剰摂取により毒性を示すことが知られています。セレンはヒ素と同様に毒性があり、サプリメントの過剰摂取による中毒事例が報告されています。

急性ヒ素中毒の前兆や初期症状について

ヒ素中毒は、摂取するヒ素の種類(無機ヒ素・有機ヒ素など)や曝露経路によって、現れる症状が異なります。早期に兆候を把握し、適切な対応をとることが重要です。

無機ヒ素中毒の初期症状

無機ヒ素を経口摂取した場合、速やかに症状が現れることが特徴です。

消化器系の症状

摂取後数分から数時間以内に、口腔や食道の灼熱感や痛みを感じることがあります。続いて、悪心・嘔吐、下痢、出血性胃腸炎などの消化器症状が現れることがあります。

神経系の症状

  • 歩行時のふらつき・めまい
  • 手の震え(振戦)
  • 筋肉のピクつき(ミオクローヌス)
  • 小脳性の運動失調(四肢や体幹の協調運動障害)

睡眠障害

就寝中に突然手足をばたつかせて暴れる(夜驚)、入眠困難や中途覚醒がみられることがあります。

小児における特徴的な症状

幼少期に高濃度の有機ヒ素化合物であるジフェニルアルシン酸(DPAA)に曝露した場合、発達の遅れ(精神遅滞)がみられることがあります。気道分泌亢進や呼吸困難などの呼吸器症状が初期に現れることもあります。

受診すべき診療科

もし原因不明の体調不良があり、ヒ素への曝露が疑われる場合は、速やかに医療機関を受診し、医師に相談することが重要です。 一般的な症状がある場合は内科・消化器内科・神経内科あるいは救急外来を受診しましょう。

急性ヒ素中毒の検査・診断

ヒ素中毒の診断は、患者さんの病歴、臨床症状、各種検査結果を総合的に評価して行われます。ヒ素の種類や曝露経路によって症状が異なるため、詳細な情報収集と適切な検査の選択が重要です。

1.病歴と臨床症状の評価

まず、患者さん本人や家族、救急隊などから詳細な病歴や曝露歴を聴取します。

2.身体所見

身体診察では、以下のポイントを評価します。

神経学的所見:運動失調、振戦、眼振など 皮膚症状:色素沈着、発疹、角化症など バイタルサインの異常:低血圧、頻脈など

無機ヒ素を経口摂取した場合、腹部X線検査で消化管内の不透過像が診断の補助となることがあります。

3.臨床検査

ヒ素中毒の確定診断や曝露量の評価には、以下の臨床検査が行われます。

尿中ヒ素濃度測定

急性ヒ素曝露の信頼性の高いマーカーとされています。スポット尿または4時間蓄尿での高濃度のヒ素検出が有用です。 中毒の場合、尿中ヒ素濃度は1,000 µg/Lを超えることがあります。

血中ヒ素濃度測定

急性曝露の直近の指標として用いられます。重症例では血中濃度も1,000 µg/Lを超えることがあります。 ヒ素は速やかに代謝・排泄されるため、採取時期が重要です。

毛髪・爪中ヒ素濃度測定

慢性的な曝露や過去の曝露を評価するのに有用です。特にDPAA中毒では、曝露中止後も毛髪や爪からDPAAが検出されることが確認されています。

有機ヒ素化合物(DPAA)の測定

DPAA中毒の診断や病態解明において、血清や脳脊髄液中のDPAA濃度測定が役立ちました。

血液ガス分析

重症例では、代謝性アシドーシスや低酸素血症の評価のために行われます。

生化学検査

肝機能(ALT, AST, ALP, 総ビリルビン)や腎機能(クレアチニン)を評価します。慢性ヒ素中毒では、腎不全や糖尿病との関連も示唆されています。

急性ヒ素中毒の治療

ヒ素中毒の治療は、曝露したヒ素の種類、曝露経路、摂取量、症状の重症度、患者さんの全身状態に基づいて行われます。早期の診断と迅速な治療開始が、予後を改善するために重要です。

1.曝露の停止と除染

重要な初期対応は、ヒ素への曝露をただちに停止することです。

経口摂取の場合

摂取後間もない場合には、胃洗浄が考慮されることがあります。活性炭投与や下剤投与が行われることもあります。 催吐については、消化管損傷のリスクを考慮し、医師の判断に基づいて実施されます。

皮膚に付着した場合

十分に洗浄を行い、皮膚からの吸収を最小限に抑えます。

吸入した場合

汚染された環境から速やかに離れ、新鮮な空気の供給を行います。必要に応じて酸素投与が行われます。

2.特異的治療(解毒療法)

ヒ素中毒に対する特異的な治療法として、キレート療法が行われます。

急性無機ヒ素中毒の場合

ジメルカプロール(BAL)がキレート薬として使用されます。通常、最初の2日間は4時間ごとに筋肉内注射、3日目は1日4回、以降は10日間または回復するまで1日2回投与されます。キレート療法の際には、必須金属の欠乏に注意が必要です。

有機ヒ素(ジフェニルアルシン酸:DPAA)中毒の場合

茨城県神栖町のDPAA中毒事例では、汚染された井戸水の飲用を中止することで症状の改善が認められました。

急性ヒ素中毒になりやすい人・予防の方法

1.ヒ素中毒になりやすい方

以下のような方は、ヒ素中毒になるリスクが高いと考えられます。

環境汚染地域に居住している方

鉱山周辺の住民 鉱山開発に伴う土壌や河川・地下水の汚染により、飲料水や農作物を介してヒ素を摂取するリスクがあります。 ひじきは無機ヒ素を高濃度に含む場合があり、過剰摂取はヒ素の摂取量増加につながる可能性があります。

2.ヒ素中毒の予防方法

ヒ素中毒を予防するためには、以下のような対策が重要です。

環境汚染対策

鉱山開発における排水管理を徹底し、周辺環境への重金属の流出を防ぎます。 土壌や地下水のヒ素濃度を定期的にモニタリングし、汚染が確認された場合には浄化対策を講じます。 汚染地域の住民に対して、安全な飲料水の供給を行うことが不可欠です。

関連する病気

  • 急性ヒ素中毒
  • 急性肝不全
  • 急性腎不全

参考文献

  • 姫野誠一郎.ヒトにおけるヒ素の多様な生体影響.地球環境 2017;22(1)

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