

監修医師:
前田 広太郎(医師)
エーリキア症の概要
エーリキア症はリケッチア科であるエーリキア(Ehrlichia)により、主にダニを媒介してヒトの細胞内に寄生することで細菌感染を起こす疾患です。性状と伝播形式がリケッチア感染症であるツツガムシ病にも似ています。犬の出血性熱性疾患の病原体として同定され、馬からも検出されたことがあり、ベトナム戦争中には米軍軍用犬に被害が出ました。ヒトでは国内での発症報告はありませんが米国などではダニを媒介して感染を起こし2000年台から発症数が増加しました。発熱、低血圧、錯乱などの中枢神経症状、急性腎不全、凝固異常、消化管出血といった重篤な症状を呈し、致死率は1~5%程度とされます。治療にはテトラサイクリン系抗菌薬を使用します。
エーリキア症の原因
エーリキアは白血球内に存在する膜に囲まれた空胞内で増殖する偏性細胞内寄生菌で、リケッチア科に分類されます。日本では1954年にエーリキア・センネツが腺熱患者から分離され、米国では1987年にエーリキア・カニスによるヒトへのエーリキア感染症が発表されました。1991年には米国アーカンソー州でエーリキア・シャフェンシスが同定され、病原体の性質から単球性エーリキア症と呼ばれました。臨床的に類似の疾患で顆粒球内で筋が増殖する顆粒球性エーリキア症もあります。
ヒト単球性エーリキア症は、米国の南東部、南中部、中大西洋地域で風土病的に発生し、欧州、中南米、アジア(中国・韓国)でも発生の報告があります。感染経路は主にダニに咬まれることにより発症し、野生動物との接触やアウトドア活動も感染のリスクとなります。2000年~2008年に米国での報告数が4倍に増加し、2008~2012年では年間発症率が1000万人あたり3.2例とされていますが、実際の発症数はもっと多いと考えられており、無症候性も多いとされます。ほかのエーリキア属での感染も米国で報告されています。
エーリキア症の前兆や初期症状について
潜伏期間は1~2週間とされ、高熱、体のだるさ、筋肉痛、頭痛、悪寒が主な症状で約2/3にみられます。嘔吐、関節痛、咳といった症状は25~50%程度とされ、発疹が30~36%にみられます。神経症状(意識障害など)は20%にみられます。ツツガムシ病にみられる典型的な刺し口などは報告されていません。小児での報告は少ないですが、成人と類似した症状がみられるとされます。妊婦での症例はまれとされますが、流産例や新生児への経胎盤感染の可能性も報告されています。
エーリキア症の検査・診断
ダニにかまれた歴があるかどうか尋ねることが診断の手がかりとなります。旅先での野外生活の有無、特にキャンプ地でテントを張って宿泊したり、地面に直接腰を下ろして休むなどの行動や、イヌなど動物との接触の有無を確認します。
血液検査では白血球減少(50~90%)、血小板減少、肝酵素の上昇、腎機能障害などがみられます。血液塗抹標本を注意深く観察し、白血球内に封入体様の菌集団を見つけることが診断の手がかりとなります。確定診断にはPCR検査や、血清抗体検査(急性期・回復期)を行います。PCRは感度・特異度ともに高いですが、発症後1週間以上過ぎると精度が落ちることと、特定のエールリキアの種にしか反応しないという特徴があります。急性腎不全や肺炎、中枢神経要害を起こすことがあり、症状に応じてCT検査や髄液検査など全身検査を行います。急性期と回復期の血清を冷凍保存し、必要に応じて検査機関に依頼することも重要です。
鑑別疾患として、細菌感染による敗血症性ショック(急性胆管炎、市中肺炎、尿路感染、髄膜炎)や、似たような臨床検査値を呈するウイルス感染(EBウイルス感染、サイトメガロウイルス感染症、急性HIV感染、肝炎ウイルス感染)、他のリケッチア感染症(ロッキー山紅斑熱)、バベシア病、非感染性疾患(血栓性血小板減少性紫斑病、溶血性尿毒症症候群、血球貪食性リンパ組織球症、血液悪性腫瘍、薬剤性疾患)などがあります。
エーリキア症の治療
抗菌薬の治療を行います。第一選択薬としてはテトラサイクリン系抗菌薬であるドキシサイクリンが有効です。疑いがある症例では確定診断を待たずに早急に治療を開始し、診断と治療を兼ねた薬剤として用いられます。診断が確定するまでは、細菌感染の可能性が否定できないため広域抗菌薬の投与を検討します。通常の方法では病原菌を分離できないため、ウイルス性疾患と誤診して抗菌薬を投与せずにいるのはリスクが高いとされ早期の抗菌薬投与が推奨されます。抗菌薬の治療期間は7~10日間で、もしくは解熱後3~5日間を目安に継続します。テトラサイクリン系抗菌薬にアレルギーがある場合にはリファンピシンなどを投与する場合があります。
エーリキア症になりやすい人・予防の方法
国内では、エーリキアは野ネズミ、モグラ、ダニから分離されており、イヌのエーリキアに対する抗体検出の報告がありますが、ヒトでの発症報告はありません。米国などで多く発症する疾患で、予防法としては、ダニとの接触を避けることが第一です。ダニの皮膚や衣類への付着を防ぐための防虫剤を使用します。ダニの早期除去として、野外活動後は全身を確認し、早急にダニを除去し、衣類や体の対策として野外活動後は入浴し、ダニを洗い流したりします。衣類は乾燥機で加熱処理を行い、ダニを殺します。白色の長袖・長ズボンなど防護的な服装が推奨されます。ダニの多い地域を避けることとして、特に春から夏にかけて、ダニの多い森林や草地への接触を最小限にすることが必要です。ペットのダニ対策として、犬や猫などのペットへのダニ駆除処置を行うことも、人間への感染予防に役立ちます。重症化リスクとしては、高齢者、HIV感染者、免疫不全状態といった状態が挙げられます。ワクチンは開発されておらず、予防的抗菌薬内服も推奨されていません。ダニに咬まれた後、発熱や全身倦怠感といった症状がでれば速やかに医療機関を受診することが重要です。
参考文献
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- 8)Up to date:Human ehrlichiosis and anaplasmosis




