

監修医師:
林 良典(医師)
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目次 -INDEX-
ウイルス性出血熱の概要
ウイルス性出血熱(viral hemorrhagic fever)は、高熱や下痢など激しい症状に加え、全身の粘膜や皮膚から出血し死に至らしめるウイルス性感染症です。
2025年現在、エボラ出血熱、マールブルグ病、クリミア・コンゴ出血熱、ラッサ熱、南米出血熱の5種類のウイルス性出血熱が確認され、すべて1類感染症に指定されています。
最小感染量は不明ながら、極めて小さいと推測されます。厳重な管理と隔離、保健所への全数報告など、厳重な管理が義務付けられています。
ウイルス性出血熱を起こすウイルスは主に西アフリカ、南米などで発生します。クリミア・コンゴ出血熱は旧ソ連圏(現ウクライナ)のクリミア半島で最初に報告されました。ウイルスに汚染したダニに噛まれ、被害が広がりました。
しばしば西アフリカなど蔓延国で流行(アウトブレイク)が起こり、まれに欧米などで感染例・感染疑い例が報告されています。
ウイルス性出血熱の原因
フィロウイルス、アレナウイルス科、ブニヤウイルス科のウイルスに感染して起こる、極めて危険な感染症です。致死率は最大でエボラウイルス(ザイール株)の80~90%、最低でもラッサ熱の1~2%です。回復しても難聴、視力障害など後遺症が高い確率で残り、精液に長期間ウイルスが混入することがあります。
現在1類感染症に分類されるウイルス性出血熱はすべて接触感染です。2025年現在、飛沫感染や空気感染はないとされています。
しかし極めて感染性が高く、少し触れただけでも感染が成立することがあります。治療に当たる医療従事者、関係者は二次感染を防ぐために、厳重な感染対策を行うことが求められます。
ウイルス性出血熱は、おおよそ以下の感染経路で感染します。
- 感染者との直接的な接触
- 感染者の体液、排泄物などに直に触れる
- 感染した動物(コウモリ、ネズミ、ダニ、羊など)に噛まれる、食肉として解体/調理の際に体液に触れる
- 汚染動物(コウモリ、ネズミなど)の排泄物を吸入
- 感染者が触れた器具や服、シーツなど寝具を介して感染
- 回復した男性と性交渉(回復後も100日以上の長期間、精液にウイルスが混入することがあります)
※ラッサ熱は回復後30日後でも尿にウイルスが検出された事例があります。
ウイルス性出血熱の前兆や初期症状について
ウイルス性出血熱という名前ですが、前兆や初期症状はインフルエンザ感染症やCOVID-19のような「強い風邪症状」から始まります。出血は終末期か、症状の終盤に起こることが多く、初期症状だけでウイルス性出血熱と断定するのは困難です。
ウイルス性出血熱のおおまかな潜伏期間は以下の通りです。いずれも潜伏期間後、突発的に激しい症状が起こります。
- エボラ出血熱 2~21日(平均約1週間)
- マールブルグ病 3~10日
- クリミア・コンゴ出血熱 2~9日(初期症状は穏やかなこともある)
- ラッサ熱 7~18日
- 南米出血熱 7~14日
初期症状は発熱(時に高熱)、頭痛、咽頭痛、悪寒、筋肉痛、関節痛、腹痛、嘔吐など、さまざまな症状が現れます。症状は激しく、エボラ出血熱などは数日で重篤化するケースもあります。
上記の症状に加え、感染地域に訪問した、コウモリのいる洞窟など汚染地域に入った、汚染した野生動物を食べた・解体した・噛まれた、感染者(死者を含む)と接触したなど思い当たる原因があれば、事前に消防署に電話で事情を説明して、救急車を呼びましょう。
感染を広げないために、自力で救急外来に行くのは厳禁です。
感染者および感染疑いがある方は全国にある第一種感染症指定医療機関に搬送され、隔離と治療を受けます。
ウイルス性出血熱の検査・診断
国立感染症研究所の「エボラ出血熱診断マニュアル」「マールブルグ病診断マニュアル」の手順に従い、検査と診断を行います。
国立感染症研究所へ検体を送付
臨床所見だけでは診断できないため、検体の検査が欠かせません。検査は国立感染症研究所にて行います。
疑い患者さんが出たら、ただちに最寄りの保健所への報告と、厚生労働省HPの「感染症法に基づく医師の届出のお願い」に基づき、発生届けを都道府県知事(独自に保健所を持つ政令指定都市は、特別区長)に提出します。
検体はすべて国立感染症研究所へ送ります。
検体は血液、咽頭ぬぐい液、尿、血清の4種類が必要です。(南米出血熱のみ脳脊髄液が必要)
感染研にて分離・同定による病原体の検出、ELISA法、PCRによる病原体の遺伝子検出などで確定診断を下します。
ウイルス性出血熱の治療
1類感染症に指定される5種類のウイルス性出血熱は、根治する治療法はありません。すべて対処療法になります。
補液・電解質補正、疼痛コントロール、血圧維持、合併症の治療などを適時行います。これらの加療により、エボラ出血熱の死亡率を大きく低下させることが実証されています。
実験的に抗ウイルス薬を使うこともありますが、2025年現在で治療法は確立していません。未承認薬の使用は患者さん本人かご家族の同意のうえ、倫理的・医学的判断が十分にされた方法で行うべきです。
ワクチンは開発中ですが、濃厚接触者にエボラ出血熱の試験用ワクチンを投与することで発症を抑えられることは確認されています。アルゼンチン国内では、アルゼンチン出血熱の弱毒生ワクチンが普及しています。
動物実験や試験的な投与に限りますが、エボラ出血熱は、抗ウイルス薬のファビピラビルに効果があったという報告があります。
1類感染症は患者さんが回復しても、すぐに退院させることはできません。
感染症法第22条第1項に基づき、「ウイルスが体内から検出されない」ことが条件です。急性期を脱して1週間後以上の間隔をあけて2回検査を行い、いずれも病原体が確認できなくなるまでは入院(隔離)が必要です。
退院後もフォローアップのため、定期的な通院を求められます。
治療の甲斐なく亡くなった場合は、保健所への報告が義務付けられています。遺体の病院外への移動は保健所の指示があるまではできません。
遺体を納体袋に入れ、表面を消毒するなどの防疫を行った上で、葬儀業者に1類感染症だったことを伝え、ご遺体を引き取ってもらいます。遺体は必ず火葬を行わねばなりません(感染症法第30条)。
ウイルス性出血熱になりやすい人・予防の方法
感染蔓延国(特に感染動物がいる洞窟や坑道、感染蔓延地域など発症しやすいエリア)に訪れた方、感染者や感染動物の接触、汚染された衣類や寝具、器具などに触れた濃厚接触者は、感染リスクがあります。ご遺体に素手で触れるだけでも感染します。ウイルス汚染をした手で目をこすってしまい、感染が成立することもあります。
感染患者さんの同居者、周囲の方、加療する医療従事者にも感染リスクがあります。感染から回復した男性の精液から性交渉で感染することもあります。性交渉は精液にウイルスが混入しないことを確認してから解禁することも必要です。
予防は空港での検疫、早急な感染者の隔離など、「感染を広げない」態勢を整える防疫体制が求められます。1983年にはシエラレオネから帰国した日本人がラッサ熱を発症した事例があります。このケースでは患者さんは回復しましたが、感染拡大のリスクが指摘されました。
交通網が発達した現在、ウイルス性出血熱の感染者が日本に帰国・入国するリスクは上がる一方です。
1類感染症対策は国の基本基準に基づき、都道府県単位で「予防計画」を立てることが義務付けられています。定期的に都道府県の予防計画を確認し、N95マスクや防護服などの在庫を十分に確保しましょう。
平時から診療所や医療機関、救急、老健施設、保健所などと合同訓練を行うことも重要です。医療従事者は防護服の正しい装着法、次亜塩素酸などを使った消毒、ウイルスを含む体液や排泄物、汚染されたリネン、注射針などの正しい処理法など、防疫に最大限注意を払いながらの加療が求められます。
関連する病気
- エボラウイルス病
- マールブルグウイルス病
- ラッサ熱
- クリミア・コンゴ出血熱
- 黄熱
参考文献




