目次 -INDEX-

ニパウイルス感染症
前田 広太郎

監修医師
前田 広太郎(医師)

プロフィールをもっと見る
2017年大阪医科大学医学部を卒業後、神戸市立医療センター中央市民病院で初期研修を行い、兵庫県立尼崎総合医療センターに内科専攻医として勤務し、その後複数の市中急性期病院で内科医として従事。日本内科学会内科専門医、日本腎臓学会腎臓専門医、日本透析医学会透析専門医、日本医師会認定産業医。

ニパウイルス感染症の概要

ニパウイルスは、パラミクソウイルス科ヘニパウイルス属のウイルスであり、近年その高い致死率と流行可能性から世界的に注目されているウイルスです。1998年にマレーシアで初めて確認されたこのウイルスは、ヒトへの感染のほか、豚やコウモリといった動物にも感染し、動物由来感染症として重大な公衆衛生上の懸念となっています。ニパウイルスは人から人への伝播、致死率の高さ(40~75%)、治療法の未確立という3つの要素により、将来的なパンデミックの可能性を秘めており、世界保健機関(WHO)は本ウイルスを「流行の可能性があり、公衆衛生への脅威が高い病原体」として優先病原体に指定しており、研究と対策の強化が国際的に求められています。

ニパウイルス感染症の原因

ニパウイルスの起源と流行の歴史として、ニパウイルスは主にインド、バングラデシュ、マレーシアなどの南アジア地域で流行が確認されています。近年では周辺諸国やアフリカの一部地域でも抗体陽性例が報告されており、その分布域が拡大している可能性があります。自然宿主はオオコウモリ(別名フルーツバット)であり、琉球列島から東南アジア、南アジア、オセアニアと広範囲に生息しており、ウイルスを持続的に保有しています。最初の大規模アウトブレイクは1998年にマレーシアで発生し、養豚場での豚を介した人への感染が多発しました。この時、ヒト患者には重度の脳炎と呼吸器症状がみられ、致死率は40%を超えました。シンガポールでもマレーシアから輸入したブタを処理した労働者が感染し死者が出ています。バングラデシュやインドでは、コウモリの唾液や排泄物で汚染されたヤシの樹液を介した直接的な人獣共通感染の例が多く、近年では人から人への感染も懸念されています。これまでにマレーシア、インド、バングラディッシュ以外でヒトや家畜に感染した例は報告されていませんが、カンボジア、インドネシア、タイではオオコウモリの血液からニパウイルスに対する抗体、尿からはウイルスRNAが検出されています。インドネシアではオオコウモリの一種の抗体陽性率を調査したところ35.7%でニパウイルス抗体が陽性であったとの報告があります。

ニパウイルス感染症の前兆や初期症状について

ニパウイルスの病原性は極めて高く、感染後の潜伏期間(4~14日)を経て、発熱、頭痛、筋肉痛、嘔吐などの非特異的症状に続いて、急速に脳炎や意識障害、けいれん、昏睡状態に移行することがあります。一部の症例では呼吸器症状が強く、呼吸不全に至る例も報告されています。バングラデシュの流行では、呼吸器症状が強い例が多く、飛沫感染の可能性が指摘されていました。病理学的には血管内皮細胞に対する親和性が高く、広範な血管炎、脳浮腫、小脳や脳幹の壊死、肺胞損傷などが報告されています。不顕性感染(感染しているが症状はない)は8~15%程度との報告があります。

ニパウイルス感染症の検査・診断

血液検査では一般臨床検査では50%の患者で血小板減少、白血球減少、肝機能値の上昇がみられます。確定診断には、リアルタイムRT-PCR法によるウイルスRNAの検出が主に用いられています。また、血清学的検査(ELISA法など)によるIgMおよびIgG抗体の検出も補助的に用いられています。感染者の血液、尿、喀痰、脳脊髄液、咽頭拭い液からウイルスが検出可能ですが、厳格なバイオセーフティレベルでの検査が必要です。感染初期では症状が非特異的であることから、臨床的にはインフルエンザ、デング熱、脳炎などとの鑑別が必要となります。

ニパウイルス感染症の治療

現時点でニパウイルスに対する特異的治療薬や承認されたワクチンは存在しません。治療は支持療法(体液管理、呼吸補助、抗けいれん薬の使用など)が主体であり、重症例では集中治療管理が必要となります。リバビリンなどの抗ウイルス薬の効果は限定的であり、試験管レベルや動物実験レベルではいくつかの候補薬(レムデシビルややモノクローナル抗体)が示唆されていますが、ヒトでの有効性は十分に確認されておりません。近年ではベクターを用いたワクチンやmRNAワクチンの開発が進んでいます。致死率は40~75%とされ、治癒しても神経学的後遺症を残す例が多いとされます。特に、高齢者や糖尿病患者は予後が悪いとされます。遷延感染と再発がみられることも特徴的で、マレーシアの流行では脳炎・髄膜炎から回復後2年以内(平均8.5ヶ月)に脳炎を再発した患者が7.5%と報告され、再発した4人に1人が再再発したとされます。生存者においても慢性的な疲労感や日中の過眠がしばしばみられ、日常生活に支障をきたすことがあります。さらに、多くの症例で機能的な神経障害(記憶障害、集中力低下、運動障害など)も持続していることが報告されています。

ニパウイルス感染症になりやすい人・予防の方法

ニパウイルスに対する確立された予防方法はありません。ニパウイルスの伝播様式には以下の3種類があります。①動物から人への感染:コウモリが汚染した果物や椰子の樹液を摂取することによる経口感染や、豚などの中間宿主を介した接触感染。②人から人への感染:特にバングラデシュやインドにおいて家族間や医療従事者への感染が確認されており、飛沫や体液による接触感染が考えられています。③環境媒介感染:ウイルスに汚染された食品や物品を介した間接的感染も一部で示唆されています。このように多様な感染経路があるため、感染拡大の封じ込めには多方面からの対策が必要であり、流行地域へ行くことを避けることや、手指消毒の徹底、汚染された疑いのある食品・物品を避けることが重要となります。

WHOをはじめとする国際機関は、ニパウイルスに対して将来的な大流行に備えた研究投資を強化しています。感染発生地域での早期警戒システム、感染動向のモニタリング、リスクコミュニケーション、感染拡大防止に向けた食品管理(ヤシ樹液の採取方法の見直しなど)や医療従事者の感染防御など、予防には多層的なアプローチが必要とされます。 一方で、病原体が高致死性であることから、バイオテロリズムの観点でもニパウイルスは注視されています。将来的なヒト-ヒト感染力の変異(エアロゾル感染への変化など)やウイルスゲノムの適応進化が生じた場合、大規模流行や国際的拡散のリスクが増大する可能性があるため、今後の動向に注意が必要です。

参考文献

  • 1)Nikolay B, et al. Transmission of Nipah Virus - 14 Years of Investigations in Bangladesh. N Engl J Med. 2019;380(19):1804.
  • 2)Chua KB, et al. Fatal encephalitis due to Nipah virus among pig-farmers in Malaysia. Lancet. 1999;354(9186):1257.
  • 3)Paton NI, et al. Outbreak of Nipah-virus infection among abattoir workers in Singapore. Lancet. 1999;354(9186):1253.
  • 4)Goh KJ, et al. Clinical features of Nipah virus encephalitis among pig farmers in Malaysia. N Engl J Med. 2000;342(17):1229.
  • 5)Hsu VP, et al. Nipah virus encephalitis reemergence, Bangladesh. Emerg Infect Dis. 2004;10(12):2082.
  • 6)Chadha MS, et al. Nipah virus-associated encephalitis outbreak, Siliguri, India.
  • Emerg Infect Dis. 2006;12(2):235.
  • 7)Hossain MJ, et al. Clinical presentation of nipah virus infection in Bangladesh. Clin Infect Dis. 2008;46(7):977.
  • 8)Arunkumar G, et al. Outbreak Investigation of Nipah Virus Disease in Kerala, India, 2018.
  • J Infect Dis. 2019;219(12):1867.
  • 9)Chandni R, et al. Clinical Manifestations of Nipah Virus-Infected Patients Who Presented to the Emergency Department During an Outbreak in Kerala State in India, May 2018. Clin Infect Dis. 2020;71(1):152.
  • 10)Cortes MC, et al. Characterization of the Spatial and Temporal Distribution of Nipah Virus Spillover Events in Bangladesh, 2007-2013. J Infect Dis. 2018;217(9):1390.
  • 11)Centers for Disease Control and Prevention (CDC) . Update: outbreak of Nipah virus--Malaysia and Singapore, 1999. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 1999;48(16):335.
  • 12)Sejvar JJ, et al. Long-term neurological and functional outcome in Nipah virus infection.
  • Ann Neurol. 2007;62(3):235.
  • 13)森田 公一:ニパウイルス. 検査と技術 36巻 4号 pp. 375-376. 2008

この記事の監修医師