回虫症

監修医師：
大坂 貴史（医師）

回虫症の概要

回虫症は、ヒト回虫やブタ回虫が人に感染して引き起こされる寄生虫感染症です。回虫は土壌や水、野菜などを介して糞便に含まれる卵が口から取り込まれることで感染します。卵は体内で幼虫に孵化し、肺を経て再び腸に戻り成虫となります。その後、成虫が産んだ卵が便とともに体外に排出されることで、感染が広がります。
患者の多くは無症状ですが、初感染の場合には呼吸器症状、しばらくすると消化器症状が現れることがあります (参考文献 1) 。虫卵の存在から診断することは難しく、画像検査と血液検査、症状から総合的に診断していきます (参考文献 1) 。
治療は駆虫薬の服用が基本で、合併症がある場合には手術や内視鏡治療が必要となることもあります。日本では衛生環境の改善により患者数は大幅に減少しましたが、現在でも無農薬野菜や輸入食品を介した感染、海外渡航後の感染が報告されています。野菜の十分な洗浄や加熱、手洗いの徹底が予防の基本です。

回虫症の原因

回虫は寄生虫の一種です。ペットで犬や猫を飼っている方はイヌ回虫やネコ回虫という形で聞いたことがあるかもしれません。豚に寄生するブタ回虫、近年では外来種であるアライグマに寄生するアライグマ回虫も話題になることがあります。ヒト回虫と呼ばれる回虫もいます。回虫症は一般的にヒト回虫かブタ回虫が人に感染することによって出る一連の症状のことを指します。

他の寄生虫感染症と同様に、回虫症は回虫のライフサイクルに人間が入り込んでしまうことによって起こります。回虫が人に感染して症状が出るメカニズムを簡単に説明します (参考文献 1) 。
回虫の卵は主に、糞便で汚染された土壌や水、野菜などを介して口から人の体内へと取り込まれます。たとえば、人の排せつ物が肥料として使われた畑で栽培された野菜を十分に洗わずに生で食べると、付着した回虫卵を摂取してしまう可能性があります。体内に入った卵は小腸で幼虫がかえり、血流やリンパを通じて肺に移動、気管を通って再び飲み込まれ、最終的に腸管へ戻って成虫へと成長します。腸で育った回虫が卵を生み、人の便に混じって体外に排出、便に汚染された食物を介して別の人へ感染が広がっていきます。

日本では聞きなれない病気かもしれませんが、世界中に10億人程度の患者がいるとされていて (参考文献 1) 、衛生環境が悪い地域で患者が特に多いです。

回虫症の前兆や初期症状について

前提として回虫症患者のほとんどは無症状で経過しますが、初めて感染する場合には症状が出る場合があります。
虫卵摂取後からおおよそ1～2週間経つと、腸で孵化した回虫が肺に移動することに関連した呼吸器症状が出ることがあります (参考文献 1) 。
痰の絡まない乾いた咳や息苦しさ、息がゼーゼーいう状態 (喘鳴)、血の混ざる痰がでるといった症状が代表的ですが、発熱や胸のあたりの不快感も併発することがあります (参考文献 1) 。
発症後5日程度経つと蕁麻疹がでることもありますが、これらの症状が通常1週間前後で自然と収束することが知られています (参考文献 1) 。

虫卵摂取後6~8週間経過したときにはお腹の不快感や嘔気嘔吐、下痢といった症状が出る場合があります (参考文献 1) 。

これらの症状から回虫症を初めから疑うのは一般の方には難しいと思いますし、回虫症と診断するまでにも他の疾患を除外する必要があります。気になる症状が続く場合にはお近くの内科を受診して相談してください。

回虫症の検査・診断

回虫症は虫卵の存在を証明することによる診断が難しいとされています (参考文献 1) 。呼吸器症状が出るタイミングと便中に卵が排出されるタイミングがバラバラだったり、検出されていたとしても回虫による症状であるのか、それだけでは判断が難しいことが理由です。

実際は胸部X線検査やCTの所見と血液検査で好酸球や IgE という寄生虫感染に関連するマーカーの数値を測定することで、総合的に診断することが多いです (参考文献 1) 。

回虫症では回虫によって胆道や膵臓の管が詰まることがありますが、そのような場合には内視鏡を用いた観察を行い、診断することもあります (参考文献 1) 。

回虫症の治療

基本的には寄生虫を駆除する薬剤を内服することで治療しますが、合併症によっては内視鏡的な治療や手術が必要になる場合があります。

回虫症になりやすい人・予防の方法

1950代あたりまでは日本国民の約6割が感染していたと推定されていますが、衛生環境の改善が進み、現在では日本国内での感染事例はかなり少なくなっています (参考文献 2) 。
現在では有機栽培・無農薬栽培の野菜や輸入食品を介して少数例の感染例が確認されています。野菜を調理する前に十分に洗浄する、十分に加熱するといった基本的な調理時の注意事項を守ることが予防に繋がります。

土壌に回虫が大量に存在する地域で生活する人にとっては、個人の努力で感染を防ぎきるには無理があります。社会全体での衛生環境の改善、感染防止に関わる教育、集団で駆虫薬による治療を受けることが重要とされていています。
衛生環境が不十分な地域に訪れる際には、食事前やトイレに行った手洗いが最も重要といえるでしょう。