監修医師:
中路 幸之助(医療法人愛晋会中江病院内視鏡治療センター)
糞線虫症の概要
糞線虫症は「糞線虫」という寄生虫による感染症です。
糞線虫は熱帯地域や亜熱帯地域に生息する寄生虫で、国内では九州南部や沖縄、奄美地方で発生が確認されています。現在は衛生環境が整備されたことにより、新たな患者の発生は確認されていません。しかし、糞線虫は一度人間の体内に侵入すると長期に渡って寄生し、適切な治療をおこなわなければ治癒することはありません。
そのため、現在でも、糞線虫症の流行があった時代に感染した人が確認されるケースがあり、沖縄県では60歳以上の住民の約25,000人に感染者がいると推測されています。
糞線虫症は、糞線虫の幼虫で汚染された土壌に触れることで皮膚を介して感染することがあります。
糞線虫は人間の体内に侵入すると血流やリンパ液の流れによって心臓や肺に移行し、その後気管をさかのぼってから嚥下されて消化管に入り、最終的に小腸に寄生して成長します。成長した糞線虫は産卵し、腸の動きによって移動する間に孵化(ふか)します。
孵化して幼虫になったものの多くは便と一緒に排泄されますが、一部は肛門周囲の皮膚などから再び体内に侵入することがあります。
糞線虫に寄生された場合、寄生する虫の数や虫の移動部位に応じて異なる症状がみられます。初期には咳や血痰などの呼吸器症状に始まり、次第に腹痛や軟便などの消化器症状がみられるようになります。
一方、抗がん剤や免疫抑制剤で治療中の人や「成人T細胞性白血病ウイルス(HTLV-1)」に感染している人など、免疫力が低下している場合は、糞線虫が過剰に増殖して「腸閉塞」などを引き起こすことがあります。また、重症になると糞線虫は全身に広がり、「肺炎」や「髄膜炎」を起こして死に至るケースもあります。
糞線虫の治療は、主に駆虫薬を用いた薬物療法がおこなわれます。
糞線虫症の原因
糞線虫症は、糞線虫の幼虫が生息する土壌から皮膚を介して感染します。幼虫で汚染された土壌に直接触ることによって、幼虫が皮膚を貫通して体内に侵入します。
体内に侵入した幼虫は血流やリンパの流れを介して体内を移行し、最終的に小腸に寄生します。さらに、成長した成虫は産卵し、孵化して幼虫になります。幼虫の多くは体外へ排泄されますが、一部は肛門周囲の皮膚や腸管の粘膜から再び体内に侵入する「自家感染」を引き起こします。
この他、まれに感染した人からも感染が広がることがあります。
糞線虫症の前兆や初期症状について
糞線虫症を発症すると、幼虫が皮膚を貫通し、体内に侵入した痕跡として皮膚に皮膚爬行疹(ひふはこうしょう)ができることがあります。
また、感染から1週間ほど経過すると、幼虫が肺に辿り着いてのどの違和感や乾いた咳、喘鳴、血痰、呼吸困難などを認めることもあります。
その後、幼虫が小腸に到達すると、軽い腹痛や軟便などが生じたり、寄生する虫の数が多い場合には、食欲の低下や吐き気、嘔吐が生じたりすることもあります。
また、免疫力が低下している場合には、体内で虫が増殖し、腸の動きが悪くなる腸閉塞を発症したり、重症化して脳の膜に感染する髄膜炎や肺炎を合併したりする恐れもあります。
糞線虫症の検査・診断
症状から糞線虫症が疑われる場合には、体内に糞線虫が寄生していることを確認する検査がおこなわれます。
糞線虫を検出するためには、検便や血液検査などがおこなわれます。検便をおこなうと、便の中に糞線虫の幼虫が確認できることがあります。血液検査では、感染症を発症しているときに病原体を攻撃する「好酸球(白血球の一種)」の数を確認します。糞線虫症では、多くの場合、好酸球の増加を認めます。また、血液検査では、糞線虫に感染しているときに体内の免疫機能が働いて産生される「抗体」の数を調べることで診断に役立つケースがあります。
この他、重症の場合には、採取した痰を顕微鏡で調べ、痰の中に幼虫がいないか確認したり、胸部レントゲン検査で肺に感染していないか確認したりすることもあります。
また、内視鏡検査として口からチューブを挿入し、小腸の粘膜を一部採取して寄生する虫の数を調べることもあります。
糞線虫症の治療
糞線虫症を発症している場合は、駆虫薬を用いた薬物療法がおこなわれます。駆虫薬には「イベルメクチン」や「アベンダゾール」などの駆虫薬が多く用いられ、一般的に内服で治療します。重症の場合で内服が困難な場合には、坐薬として投与するケースもあります。
免疫力が低下していて体内に寄生する糞線虫が多い場合や、感染が肺や髄膜に及んでいる場合は、治療をしながら検便や痰の検査を継続的におこないます。検査で便や痰の中に糞線虫が確認されなくなるまで薬物療法をおこなう必要があります。
治療後も血液検査や検便をおこない、体内の糞線虫の有無を確認します。血液検査で糞線虫に対する抗体が確認される場合や、便の中に糞線虫を認める場合は、再び薬物療法がおこなわれます。
この他、合併症として細菌感染症を認める場合は、抗菌薬が用いられることもあります。
糞線虫症になりやすい人・予防の方法
糞線虫症は、糞線虫症の流行地域である九州南部や沖縄、奄美地方で汚れた土壌や汚水に触れると感染の恐れがあります。これらの地域の介護や医療職などで感染者と接触する機会のある人は、糞線虫症になる可能性があります。
糞線虫症を予防するためには、流行地域で安易に土壌や汚水に触れないことが重要です。土壌や汚水は素手で触らないようにし、土壌は裸足で歩かず靴を履いて歩くようにしましょう。
また、糞線虫症は国内だけでなくアメリカやオーストラリア、ヨーロッパでも流行している地域があるため、国外でも同様に汚染された土壌や水に触れないことが重要です。
感染者の排泄物やおむつなどを扱う場合には、サージカルマスクや手袋、ガウンの着用など、接触感染予防策を入念におこないましょう。