

監修医師:
大坂 貴史(医師)
炭疽の概要
炭疽は「炭疽菌」という細菌によって引き起こされる感染症です。炭疽菌は芽胞という強靭な形態で長期間環境中に存在し続けることができます。主に汚染地域での土壌や動物との接触によって感染しますが、2001年にアメリカで発生したバイオテロで使われた歴史があり、生物兵器としても警戒されています。
皮膚・肺・腸といった経路を通じて人体に侵入します。皮膚炭疽が最も一般的ですが、肺炭疽や腸炭疽は致死率が非常に高く、早期の診断と治療が必要です。治療には抗菌薬が使用され、重症例では外科的処置や集中治療も行われます。日本ではしばらく人・動物の感染は確認されていませんが、海外では汚染地域が広がっています。感染予防には渡航先で動物との接触を避ける、衛生的な食品を選ぶ、渡航前に感染症情報を収集することなどが重要です。
炭疽の原因
炭疽(たんそ)は、炭疽菌という細菌によって引き起こされる感染症です。この細菌は、土壌中に自然に存在することがあり、特に家畜に感染しやすいことで知られています。
炭疽菌の最大の特徴は芽胞 (がほう) を形成することです。芽胞とは、極めて過酷な環境でも長期間生存できる特殊な休眠状態の細菌のことを指し、通常の殺菌法では死滅させることが難しいです。芽胞は数十年にわたり土壌中で感染力を維持する可能性があります。
人への感染は途上国や家畜衛生が不十分な地域に多いほか、先進国では動物の解体・処理の際に感染したという報告があります (参考文献 1) 。2001年には炭疽菌芽胞を郵便で送りつけるテロが発生したこともあり、警戒されています (参考文献 1, 2) 。欧州では炭疽に汚染された違法薬物を介して感染が拡大したことがあります (参考文献 2) 。
炭疽の前兆や初期症状
炭疽の症状は、感染経路によって大きく異なり、大きく皮膚炭疽・肺炭疽・腸炭疽に分けられます。主な症状は下記のとおりです (参考文献 1, 2) 。
皮膚炭疽
最も一般的なタイプで、全炭疽患者の95%以上を占めます。皮膚の傷をから炭疽菌が侵入して感染します。感染部位に痒くて痛みのない小さな赤い斑点が現れ、やがて膿疱になって、時間が経過すると中央が壊死して黒色に変化します。 感染部位近くのリンパ節炎を合併し、痛みが出ることがあります。無治療の場合の致死率は 10〜20% です。
肺炭疽
芽胞を吸入することにより感染します。初期には風邪のような発熱、咳、頭痛、筋肉痛、悪寒がでます。その後急激に症状が悪化し、胸痛、呼吸困難意識障害といった症状が出ます。極めて致死率が高く、未治療であれば致死率は 90% です。
腸炭疽
芽胞に汚染された食品の摂取により感染します。嘔気、嘔吐、食欲低下、発熱で発症し、数日後に激しい腹痛と、血が混ざった下痢などの消化器症状が出現します。
こちらも重症化率が高く、未治療の場合には 30% の患者が死亡します。
以上の通り、炭疽は死亡率の高い重症感染症です。その致死率の高さから生物兵器としても研究されていました。日本での感染リスクは低いですが、後述のような感染リスクの高い人で、炭疽が疑われる症状のある場合には、近くの総合病院の内科を受診してください。
炭疽の検査・診断
まずは採取した検体を染色することによって、芽胞をつくる病原体なのかなど、形態学的な特徴をつかみます。そのほかには培養検査、PCR法を組み合わせて確定診断します。
炭疽の治療
治療の中心は抗菌薬です。髄膜炎を合併しているかどうかで使用する抗菌薬が変わります。炭疽菌はペニシリン系薬剤、クロラムフェニコール、テトラサイクリン、エリスロマイシン、ストレプトマイシン、フルオロキノロン系など多くの薬剤に感受性があるので、培養結果や症状の重症度に応じて適切な薬剤を選択します (参考文献 2) 。
他の部位への感染拡大を防ぐため、壊死部位を外科的に切除するデブリードマンをすることがあります (参考文献 2) 。病変が気道内腔にあって気道が詰まる場合には気管切開を行うなど、症状に応じた処置を行います。
炭疽になりやすい人・予防の方法
日本国内での炭疽の発生は非常に稀です。人の感染例は1994年、動物は2000年を最後に報告されていません (参考文献 1) 。しかしながら海外では今日でも炭疽菌汚染地域が広く広がっています。スペイン中部からギリシャ、トルコを経てイラン、パキスタンに及ぶ地域は炭疽菌汚染として「炭疽ベルト」とも呼ばれています (参考文献 1) 。以上のことから、次のような方は感染リスクが高いといえるでしょう。
- 発展途上国の高リスク地域への渡航者
- 渡航先で野生動物の解体や不衛生な肉の摂取など、動物との接触をした人
- 炭疽菌を扱う研究に携わる人
炭疽菌に限りませんが渡航先では日本では広がっていない様々な感染症のリスクがあります。次の事項は他の感染症の予防にもなります。
- 渡航先で蔓延している感染症の情報を収集する
- 現地では動物との接触を避ける
- 衛生環境の悪い地域に不用意に立ち入らない
- 現地で食べたり、飲んだりするものが、衛生的な加工をされているか確認する
- 衛生的な流通経路で手に入れた食べ物・飲み物以外は口にしない
アフリカ由来皮革で作られたドラムに炭疽菌が付着していた炭疽菌が人に感染したという報告もあります。炭疽菌予防の観点に留まりませんが、動物性の製品は適切な流通経路で手に入れてください。