

監修医師:
佐伯 信一朗(医師)
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TORCH症候群の概要
TORCH症候群は母児垂直感染により発症する先天性感染症の総称です。病原体の頭文字を由来とし、トキソプラズマ(Toxoplasmosis)、その他(Others:梅毒、B型肝炎ウイルス、水痘・帯状疱疹ウイルスなど)、風疹ウイルス(Rubella)、サイトメガロウイルス(Cytomegalovirus)、単純ヘルペスウイルス(Herpes simplex virus)を指します。先天異常の約2~3%はTORCH症候群等の周産期感染症に起因すると考えられています。風疹ウイルス、水痘・帯状疱疹ウイルス、B型肝炎ウイルスはワクチンで予防できますが、ワクチンのないサイトメガロウイルスやトキソプラズマなどは母親の感染予防が重要であり、社会への更なる認知が求められています。
TORCH症候群の原因
ヒトヘルペスウイルス5型であるサイトメガロウイルスは、多くは乳幼児の唾液や尿を介した接触感染です。乳幼児期に不顕性感染が成立し、その後体内に潜伏します。近年の妊婦の抗体保有率は30%程度であり、妊婦1,000人における胎児感染は、抗体陽性妊婦700人のうち再活性化・再感染により1~2%、抗体なし妊婦300人のうち母体初感染により0.5~1%が胎児感染します。わが国では全出生児の0.35%程度、年間約3,000人程度と推定され、TORCH症候群で最も頻度が高い感染症です。
トキソプラズマは、ネコ科動物を終宿主とする偏性細胞内原虫寄生体のToxoplasma gondiiが病原体です。終宿主の腸管上皮内で形成されたオーシストが糞便中に排泄され、中間宿主であるヒトなどの恒温動物へ感染しシストを形成します。ネコ科動物の糞便、糞便に汚染された土壌・水・食物、加熱処理が不十分な食肉中のシストにより感染します。わが国における母体の抗体保有率は2~10%、初感染率は0.13%であり、10,000分娩あたり0.9~2.6人が感染すると推計されています。
TORCH症候群の前兆や初期症状について
主な共通症状として、水頭症、小頭症、脳内石灰化などの中枢神経系障害、子宮内胎児発育不全、肝脾腫、網膜絡膜炎、皮下出血(紫斑)、黄疸などが挙げられます。また、病原体特異的な症状も見られます。風疹の古典的3徴は先天性心疾患、白内障、感音難聴です。先天性心疾患は動脈管開存症単独が最多で、肺動脈や肺動脈弁の異常をきたすことが多いです。白内障は通常出生時にはありませんが、早い週齢で発症し、しばしば小眼球を伴います。最も多い眼症状は"salt and pepper"と表現される網膜症です。トキソプラズマの3主徴は網膜絡膜炎、脳内石灰化、水頭症ですが、すべてが揃う例は少ないです。脳内石灰化は大脳皮質全体に散在する傾向があり、皮下出血が融合して斑状を呈しやすい点が特徴です。サイトメガロウイルスによる感染では、頭蓋内石灰化を伴う小頭症、水頭症、感音性難聴、網膜絡膜炎、胎児発育不全、肝脾腫、黄疸、紫斑などが出生時に認められます。感染児の70~80%は出生時に無症候性ですが、後に感音性難聴、精神運動発達遅滞、自閉症などをきたす例が存在します。特に感音性難聴は遅発性に出現し、無症候性の児の7.8%が発症し、1.6%は補聴器を必要とします。
TORCH症候群の検査・診断
お母さんのお腹の中で赤ちゃんの成長が遅いケース、特に体全体がバランスよく小さい場合で、妊娠中の高血圧など他に原因が見当たらない時は、TORCH症候群の可能性を考えます。また、生まれた後の赤ちゃんの聴覚検査(耳の検査)で引っかかった場合も、この病気を疑って検査を行います。
診断の手がかりとして、お母さんの妊娠中の検査結果や、生活習慣、食生活などを確認します。また、赤ちゃんの頭の画像検査も重要な情報となります。血液検査では、肝臓の機能が低下していないか、血小板という血液の成分が減っていないかを調べます。また、血液中の免疫物質(IgMという物質)が20mg/dL以上に増えている場合も、先天性の感染症が疑われます。サイトメガロウイルスによる感染かどうかを確認するには、赤ちゃんが生まれてから21日以内の尿を調べることが最も確実です。この期間を過ぎてしまうと、生まれた後の感染なのか、お母さんのお腹の中での感染なのかの区別が難しくなってしまいます。もし21日を過ぎてから、耳の検査で異常が見つかってこの病気を疑う場合は、赤ちゃんが生まれた直後に行う赤ちゃんの病気の検査(新生児マススクリーニング)の時に取った血液を使って検査することもできますが、この方法は感度が低い(正確に判定できないことがある)ため注意が必要です。トキソプラズマによる感染の診断は、いくつかの方法があります。一つ目は、赤ちゃんの血液中の抗体(トキソプラズマIgG)が1歳を過ぎても続いて見つかる場合です。二つ目は、生後12か月未満の赤ちゃんで、血液中に特殊な抗体(トキソプラズマIgM)が見つかる場合です。三つ目は、赤ちゃんの血液や尿、脳脊髄液からトキソプラズマのDNAが見つかる場合です。また、お母さんが妊娠中にトキソプラズマに初めて感染し、赤ちゃんの血液検査で抗体が陽性で、なおかつ特徴的な症状がある場合も、診断を確定することができます。ただし、検査が陰性だからといって、完全に感染を否定することはできないため、感染が疑われる場合は慎重に経過を見ていく必要があります。
風疹による感染かどうかを調べるには、特殊な抗体(風疹IgM)を調べたり、風疹ウイルスの遺伝子検査(RT-PCRという検査)を行ったりします。生まれてからしばらく経って検査する場合は、白内障の手術で取り出した水晶体も検査に使うことができ、これも診断の重要な材料となります。
TORCH症候群の治療
サイトメガロウイルスによる感染症の治療には、2023年に新しく承認された薬(バルガンシクロビル)を使います。この薬を6か月間服用することで、耳が聞こえにくくなることを防いだり、脳や神経の発達の改善が期待できます。ただし、この薬には副作用があり、血液の中の細胞(特に細菌から体を守る働きをする好中球という細胞)が減ってしまうことがあるため、定期的な検査が必要です。
トキソプラズマによる感染症の治療には、三つの薬を組み合わせて使います。主となる薬(ピリメタミン)は、最初の2日間は体重1キログラムあたり2ミリグラムを使い、その後2~6か月間は体重1キログラムあたり1ミリグラムを毎日服用します。その後は週に3回に減らして、全部で12か月(1年間)続けます。これに加えて、二つ目の薬(スルファジアジン)を体重1キログラムあたり100ミリグラムを1日2回に分けて使い、三つ目の薬(ホリナート)を1日10ミリグラムずつ週に3回使います。これらの薬は日本では正式に承認されていないため、特別な研究に参加している医療機関で治療を受ける必要があります。
大切なことは、症状が進んでしまってからでは薬の効果が期待できないということです。そのため、感染が疑われる赤ちゃんは、たとえ症状が見られなくても、早めに治療を始めて、その後の経過をしっかりと観察していく必要があります。具体的には、1歳になるまでは、脳や神経の状態、血液検査、頭の検査(水頭症や石灰化がないか)、目の検査などを定期的に行っていきます。
TORCH症候群になりやすい人・予防の方法
サイトメガロウイルス感染予防のため、妊婦は小児の唾液や尿との接触をなるべく避け、おむつ交換、子どもへの給餌、鼻やよだれを拭いた後、おもちゃを触った後は石けんと水で15~20秒間の手洗いが必要です。また子どもとの食べ物、飲み物、食器の共有、おしゃぶりを口にすること、歯ブラシの共有、唾液との接触を伴うキスを避けることが重要です。
トキソプラズマ感染予防には、食事と環境の両面からの対策が重要です。肉類は十分に加熱して食べる(調理前に数日冷凍するとより効果が高い)、野菜や果物はよく洗うかきちんと皮をむいて食べる、生肉や洗っていない野菜や果物を扱った調理・食事用具は十分な洗剤と温水で洗浄することが必要です。また、妊娠中は新しい猫を飼わず、飼い猫は部屋飼いにし、キャットフードを与え、トイレの砂は妊婦以外の者が毎日交換するようにしましょう。
関連する病気
- 風疹
- トキソプラズマ症
- サイトメガロウイルス感染症
参考文献
- Jaan A, Rajnik M: TORCH Complex, In StatPearls, StatPearls Publishing, 2023
- Stegmann BJ, Carey JC: TORCH Infections. Curr Womens Health Rep 2:253-258, 2002
- Yamada H, et al: J Infect Chemother 25:427-430, 2019
- Goderis J, et al: J Pediatr 172:110-115, e2, 2016
- Maltezou PG, et al: J Clin Virol 129:104518, 2020




