エキノコックス症
林 良典

監修医師
林 良典(医師)

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名古屋市立大学卒業。東京医療センター総合内科、西伊豆健育会病院内科、東京高輪病院感染症内科、順天堂大学総合診療科を経て現職。診療科目は総合診療科、老年科、感染症、緩和医療、消化器内科、呼吸器内科、皮膚科、整形外科、眼科、循環器内科、脳神経内科、精神科、膠原病内科。医学博士。公認心理師。日本専門医機構総合診療特任指導医、日本老年医学会老年科専門医、禁煙サポーター。

エキノコックス症の概要

エキノコックス症は、エキノコックス属の寄生虫によって引き起こされる感染症で、主に2種類の型が知られており、それぞれ感染経路や病態が異なります。単包性エキノコックス症Echinococcus granulosus :単包条虫)は主に世界中に分布し、家畜や犬を介して感染します。一方、多包性エキノコックス症Echinococcus multilocularis :多包条虫)は北半球に限定され、特に寒冷地域での発生が多く報告されています。日本では北海道が主な感染地域となっており、多包性エキノコックス症が問題視されています。
この疾患の特徴は、寄生虫が宿主の体内で腫瘍のように増殖することで、肝臓や肺などの重要な臓器に慢性的な病変を引き起こす点です。特に肝臓において、腫瘍様の病変が見られ、放置すると隣接臓器や血流を介して全身に浸潤します。感染から症状が現れるまでには5〜15年の潜伏期間があるため、早期発見が難しい疾患とされています。また、北海道では20世紀初頭に海外から移入されたキツネが感染源として拡大し、現在でもこの地域での公衆衛生上の重要課題となっています。
感染の発生頻度は、北海道内で年間数十例が報告されており、特に野外活動を頻繁に行う人々や、家畜管理に携わる人々で感染リスクが高まります。性別や年齢による発生率の偏りは少ないですが、職業や生活習慣によって感染リスクが変動することが特徴的です。

エキノコックス症の原因

エキノコックス症は、寄生虫の虫卵に汚染された飲食物や水を摂取することで発生します。虫卵は、終宿主(寄生虫が成虫となり生活する宿主)であるキツネや犬の糞便に含まれます。この糞便が環境中に排出され、それが直接的あるいは間接的に人間の体内に侵入することで感染が成立します。虫卵が人間の腸内に到達すると、孵化して幼虫(オンコスフィア)が腸壁を貫通し、血流やリンパ流を通じて肝臓や肺などの臓器に運ばれます。そこに嚢胞を形成し、これが成長して病変を引き起こします。
多包性エキノコックス症の場合、形成される嚢胞が腫瘍のように周囲組織に浸潤する特性があり、病状が進行するにつれて周囲臓器や血管、リンパ節に広がる可能性があります。この浸潤性が多包性エキノコックス症の致命的な特徴であり、肝臓以外にも肺、脳、脾臓などへ広がることがあります。
感染経路の特定が難しい点も特徴的です。虫卵の摂取後、症状が現れるまでに数年から数十年かかることがあるため、どの時点で感染したのかを特定することは困難です。特に北海道のような感染地域では、虫卵の環境中での生存期間が長いため、感染リスクが広範囲にわたることも問題です。飼い犬の駆虫が不十分である場合や、野生動物との接触が多い場合には感染リスクが高まります。

エキノコックス症の前兆や初期症状について

エキノコックス症は、潜伏期間が長い特徴を持つため、感染初期にはほとんど自覚症状が現れません。しかし、感染が進行して症状が出始めると、特に肝臓を中心とした異常が観察されるようになります。まず、右上腹部に鈍い痛みが感じられることがあり、これは肝臓内の嚢胞の成長や炎症によるものです。また、全身の倦怠感が強まり、食欲が減退することで体重が徐々に減少します。
さらに進行すると、肝臓の腫れ(肝腫大)が明らかになり、皮膚や目が黄色くなる黄疸の症状が現れることがあります。これらの症状は肝機能障害の兆候であり、適切な治療を行わない場合、状態が悪化して肝硬変や最終的には肝不全に至る可能性があります。
一方で、嚢胞が肺や脳といったほかの臓器に浸潤した場合、肺では咳や呼吸困難、胸痛が、脳では神経症状や頭痛、意識障害が引き起こされることがあります。これらの症状は、嚢胞が周囲組織を圧迫したり侵入したりすることで発生します。
このように、エキノコックス症の症状は感染した臓器や進行段階によって多様化しますが、早期発見と診断が重要です。診療科としては、消化器内科、感染症内科、または肝臓専門医を受診することが推奨されます。

エキノコックス症の検査・診断

エキノコックス症の診断は、多角的なアプローチが必要です。

画像診断

超音波(エコー)検査、CTスキャン、MRIなどの画像診断が使用されます。超音波検査では、肝臓内の嚢胞性病変の形状や内部構造を確認します。CTやMRIでは、嚢胞の正確な位置や大きさ、周囲組織への浸潤状況を評価し、腫瘍との鑑別に役立ちます。

血清診断

ELISA法やウエスタンブロット法を用いて抗体を検出します。これにより感染の有無を迅速に確認できるため、スクリーニング検査として有用です。特に感染地域に住む人々への適用が推奨されます。

病理診断

外科的に採取した組織を顕微鏡で観察し、寄生虫を確認します。

エキノコックス症の治療

エキノコックス症の治療は病変の進行状況に応じて選択されます。

外科的治療

病変が切除可能な場合、嚢胞の完全摘除が最も効果的です。特に肝臓の限局性病変では、外科的治療によって良好な予後が期待されます。ただし、浸潤性が強い場合には外科的切除が困難となることがあります。

化学療法

アルベンダゾールは、寄生虫のエネルギー代謝を阻害する作用を持つ薬剤で、嚢胞の進行を抑えるために使用されます。

PAIR法

PAIR法(Puncture、Aspiration、Injection、Re-aspiration)は、単包性エキノコックス症の治療法で、嚢胞に針を刺し内容物を吸引、殺虫剤(例:95%エタノール)嚢胞内に注入した後、再吸引する方法です。アルベンダゾールなどの化学療法を併用します。

エキノコックス症になりやすい人・予防の方法

エキノコックス症は、特定の生活環境や職業に関連して感染リスクが高まる疾患です。特に北海道のような感染リスクが高い地域に住む人々や活動する人々では、注意が必要です。例えば、野外活動が頻繁な人、特に山林や草原で作業を行う農業従事者やアウトドア活動を趣味とする人々は、感染源に触れる機会が多くなります。また、犬や羊といった家畜を飼育する人々は、飼育動物の駆虫が不十分である場合、感染の媒介となる可能性があります。さらに、野生動物、特にキツネや野ネズミなどの感染源となる動物と接触する可能性のある環境にいる場合も、リスクが高まります。
予防策として、まずペットの駆虫を定期的に行うことが重要です。特に犬については、駆虫薬を適切に使用することで感染リスクを大幅に減少させることができます。また、ペットが野生動物と接触しないようにすることも重要な対策です。次に、飲食物の衛生管理が必要です。野菜や果物は十分に洗浄し、必要に応じて加熱調理を行うことで、虫卵が摂取されるリスクを低減することができます。さらに、野外活動後や動物との接触後には、石けんを使用した手洗いを徹底することで、感染の予防につながります。
感染防止には地域全体での環境管理が重要です。キツネや犬の糞便の適切な収集・処理を行い、公衆衛生への影響を減らす必要があります。これには、衛生教育や啓発活動が含まれます。特に北海道では、自治体や感染症対策機関が住民への教育や疫学調査を実施し、感染リスクの低減に努めています。個人の予防策地域全体の協力が感染防止に欠かせません。


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