監修医師:
井林雄太(田川市立病院)
目次 -INDEX-
アペール症候群の概要
人間の頭蓋骨は15種類22個の骨で構成されていますが、大きく分けて7個の骨からなっており、それらは頭蓋骨縫合と呼ばれるつなぎ目で連結されています。通常、生まれてから脳の成長に合わせてこの縫合部分も拡大し、成人になるにつれて縫合部分は自然にくっついていきます。
ところが、特定の遺伝子に異常が起こると、頭蓋骨の縫合部分が早い段階でくっついてしまい、頭蓋や顔面、首や気管などに形成異常が起こります。
このほか、合併症として手や足、およびその指にも形成の不全が起こる病気を総称して「症候群性頭蓋骨縫合早期癒合症」といい、アペール症候群はそのうちの1つです。
アペール症候群のほかに、症候群性頭蓋骨縫合早期癒合症に分類される病気としては以下のような病気があり、いずれも遺伝子の異常によって起こります。
- クルーゾン症候群
- ファイファー症候群
- アントレー・ビクスラー症候群
このうち、アペール症候群では、手や足の隣り合う指がくっついてしまう骨性合指(趾)症が起こり、また、患者さんのおよそ半数に精神面や運動面での発達の遅れが見られます。
稀な疾患であり、発生頻度は数万人から十数万人に1人と言われています。
性別による差はなく、日本においては年間で8例程度の発症数と推定されています。
アペール症候群の原因
概要欄にて、遺伝子異常によって起こる病気とご紹介いたしましたが、具体的には第10番染色体にある線維芽細胞増殖因子受容体2 (Fibroblast Growth Factor Receptor 2: FGFR2) 遺伝子の異常が原因です。このFGFR2遺伝子の変異は類似の病気であるクルーゾン症候群、ファイファー症候群にも見られます。
FGFR遺伝子には骨の成長に関する働きを制御する役割があり、この遺伝子が変異を起こすことで頭蓋骨や手足の指の骨がくっついてしまうと考えられています。多くの場合で遺伝ではなく散発的に起こり、父親の年齢が高いほど発症リスクが高いと言われています。
その他、発症までの具体的なメカニズムは未だ解明されていません。
アペール症候群の前兆や初期症状について
アペール症候群では頭蓋骨、顔面骨のつなぎ目が早期に癒着してしまうため、頭や顔面に特徴的な変形が見られます。その外見的な特徴から、基本的に診察のみで症候群性頭蓋骨縫合早期癒合症と診断されます。
さらに、手足の指の骨に癒着が生じている場合、アペール症候群の可能性が高いと判断されます。
脳が成長に伴いどんどん大きくなろうとするのに対し、すでにつなぎ目が固まってしまった頭蓋骨、顔面骨が対応できず、頭蓋、顔面の正常な発育を妨げます。現れる症状としては、頭蓋においては水頭症や小脳扁桃下垂、頭蓋内の圧力の上昇が見られます。顔面では眼球の突出や上顎の形成不全による受け口、気道がふさがれることで呼吸に支障が出る、などです。
また、外耳道が狭くなったり、完全に詰まってしまったりすることで聴力への影響が見られるケースもあります。
それ以外に起こり得る症状には、肩関節や肘関節の形成不全、心臓や血管の奇形、口蓋裂、水腎症、停留精巣、発汗過多、消化器系の奇形などが挙げられ、症状が全身に及ぶこともあります。
なお、患者さんの約50%に精神発達や運動発達の遅れが見られます。
診断や治療にあたっては、小児科、形成外科、脳神経外科などが連携して治療にあたります。アペール症候群を疑う異変が見られた場合は、まず小児科を受診し、相談してください。
アペール症候群の検査・診断
ほとんどの場合において外見的特徴に対する診察をもって診断されます。
頭蓋、顔面の変形に加え、骨性合指(趾)症を伴っている場合はアペール症候群が疑われます。新生児の時期においては睡眠時無呼吸症候群の有無や、先天性の心臓および血管の奇形が起きていないかを調べます。
さらに、頭蓋、顔面の状態を調べる目的でCTやMRIによる検査を行い、併せて頸椎の異常がないかどうかなどの詳細についても確認します。
そして、必要に応じ、ほかの部位を対象に全身の症状の有無を調べます。
確定診断には遺伝子検査が用いられますが、以下にアペール症候群の具体的な診断基準を掲載します。
現れる症状
頭蓋
頭蓋縫合早期癒合、水頭症、小脳扁桃下垂
顔面
眼球の突出、斜視、高口蓋、口蓋裂、上顎骨低形成、上気道閉塞、後鼻孔狭窄または閉塞、外耳道狭窄または閉鎖、伝音性難聴
頸部
脊髄空洞症、環軸椎脱臼、頚椎癒合、喉頭気管奇形
四肢
骨性合指(趾)症、肩関節形成不全、肘関節形成不全
心・血管
先天性心疾患
ほか、精神や運動の発達遅滞がおよそ半数の患者さんに見られます。
検査所見
画像検査
頭部のX線写真、CT、MRI、脳血流シンチグラフィー、オルソパントモ写真などで頭蓋内圧の亢進、頭蓋縫合早期癒合、顔面骨の低形成が認められた場合です。
眼科的所見
視力、眼球突出度、両眼視機能、眼底検査などで頭蓋内圧の亢進、斜視、眼球突出が認められた場合です。
耳鼻科的所見
頭部X線写真、CT、ポリソムノグラフィーなどで上気道の閉塞が認められた場合、また、聴力検査、CT、鼓膜所見などで滲出性中耳炎、外耳道の狭窄または閉鎖が認められた場合です。
遺伝学的検査
アペール症候群では約5つのFGFR2変異が報告されていますが、患者さんのほとんどはFGFR2遺伝子上の252番目、もしくは253番目の変異、この2種類の変異によります。
アペール症候群の治療
アペール症候群の治療では、癒着した頭蓋骨、顔面骨を広げるための形成手術が行われます。1回の手術で治療が終わることはなく、幼児期から成人期にわたり、段階的に複数回の手術を行います。脳の発達を妨げないように頭蓋内の容積を広げるための手術、顔面の形成手術、ほか、心臓や血管に奇形が見られた場合は、状態に応じて優先的に手術を進めることもあります。
それ以外の全身の症状に対しても、気管の切開や癒着した手足の指の骨の分離、頸椎の手術など、症状に応じて時期を見ながらさまざまな治療が行われます。
このように、各症状に応じた対症療法が行われ、現段階において根本的な治療法はありません。
アペール症候群になりやすい人・予防の方法
アペール症候群の発症率は低く、また性別による発症率の差もありません。ただし、父親の年齢が高いと、その子どもがアペール症候群につながる遺伝子変異を起こす確率が高くなるとの報告があります。
また、親がアペール症候群である子どもには、50%の確率で変異が遺伝しますが、家族の間で多く発症しているという報告例は少なく、ほとんどの場合で遺伝子の突然変異により発症します。
遺伝子の変異による疾患のため、これといった予防法はありません。
したがって病気そのものの予防ではなく、アペール症候群に伴う各種の症状に対し、それ以上の悪化を防ぎ、改善を目指す予防的治療を長期にわたって続けていくことになります。
症状に応じて小児科、形成外科、脳神経外科、耳鼻咽喉科、血管外科などを受診し、適切な時期に適切な治療を受けることが重要です。
関連する病気
- 頭蓋縫合早期癒合症
- 合指症
- 心房中隔欠損症
- 心室中隔欠損症
- 斜視
参考文献