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SARS
大坂 貴史

監修医師
大坂 貴史(医師)

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京都府立医科大学卒業。京都府立医科大学大学院医学研究科修了。現在は綾部市立病院 内分泌・糖尿病内科部長、京都府立医科大学大学院医学研究科 内分泌・糖尿病・代謝内科学講座 客員講師を務める。医学博士。日本内科学会総合内科専門医、日本糖尿病学会糖尿病専門医。

SARS(重症急性呼吸器症候群)

SARSの概要

SARS(サーズ)とは、「Severe Acute Respiratory Syndrome」の略で、日本語では「重症急性呼吸器症候群」と訳されます。2002年に中国南部の広東省で初めて確認され、2003年にかけて世界中で流行しました。当時、世界で約8000人が感染し、約10%の方が亡くなったと報告されています。特に医療従事者や高齢者での重症化が問題となりました。

SARSはウイルス感染によって起こる呼吸器系の病気で、発熱やせき、呼吸困難などの症状が特徴です。ウイルス性肺炎として進行することが多く、一部の患者では急激な呼吸状態の悪化や肺機能不全に至ることもあります。そのため「重症急性」と呼ばれているのです。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と同じく、SARSも「コロナウイルス科」に属するウイルスが原因です。どちらも動物由来のウイルスが人間に感染し、さらには人から人へと感染を拡大させる点で共通しています。

SARSは現在では収束していますが、過去の経験は感染症対策において多くの教訓を残しました。そして新型コロナウイルスの流行に際しても、SARSの研究が基礎知識として役立てられています。

SARSの原因

SARSの原因は、「SARSコロナウイルス(SARS-CoV)」というウイルスです。このウイルスはコロナウイルス科に属し、哺乳類や鳥類に感染するものの一種です。一般的な風邪の原因となるウイルスもコロナウイルスの仲間ですが、SARS-CoVはそれらよりも強い病原性をもち、重症化しやすい性質をもっています。

このウイルスは、元々はコウモリなどの野生動物が自然宿主と考えられており、ハクビシンなどの中間宿主を介して人に感染したと推定されています。つまり、動物から人へと「種を超えて感染」したのが始まりです。

人に感染したSARS-CoVは、せきやくしゃみなどによって飛び散る飛沫(ひまつ)を通じて、他の人へもうつるようになります。これが「飛沫感染」と呼ばれる感染経路です。また、手すりやドアノブなどに付着したウイルスが手を介して口や鼻から体内に入る「接触感染」も報告されています。

特に閉鎖空間や医療機関などでは、空気中の微細な粒子による「エアロゾル感染」の可能性も指摘されており、感染対策としてマスクや手洗い、換気などが徹底されました。

SARSの前兆や初期症状について

SARSの症状は、感染から2~10日ほどの潜伏期間を経て発症します。多くの場合、突然の高熱から始まるのが特徴です。38度以上の発熱が現れ、続いて全身のだるさ、筋肉痛、頭痛、悪寒といった、いわゆる「風邪に似た症状」がみられるようになります。

その後、数日以内に咳が出始め、息苦しさが増していきます。初期には乾いた咳(痰の出ない咳)が多く、進行すると呼吸困難となることもあります。一部の患者では、肺炎が急速に悪化して酸素が取り込めなくなり、人工呼吸器が必要になるケースもありました。

SARSには、胃腸症状(下痢や吐き気)が出る人も一定数存在し、必ずしも全員が呼吸器症状から始まるわけではありません。また、初期の段階では他のインフルエンザや風邪との区別が難しく、診断の遅れや感染拡大のリスクがあるため、当時は渡航歴や接触歴の確認が非常に重視されました。

特に注意が必要なのは、高齢者や免疫力が低下している人です。こうした人々では症状が急速に悪化することがあり、重症肺炎や多臓器不全に至ることもあったため、早期対応が求められました。

SARSの検査・診断

SARSの診断には、症状の確認だけではなく、感染の可能性を裏づける検査が必要です。特に、発熱や呼吸器症状がある人に対して、直近の渡航歴や感染者との接触歴を確認することが、重要な手がかりになります。

ウイルスの検出には、主にPCR検査が用いられます。これは、鼻や喉から採取した粘液にウイルスの遺伝子が含まれているかを調べる方法で、現在でも新型コロナウイルスの診断に広く使われています。SARSの際にも、PCRによってSARSコロナウイルスを検出することで確定診断が可能でした。

また、血液検査では白血球の減少や肝機能の異常がみられることがあり、肺炎の進行を評価するために胸部X線やCT画像を用いて肺の状態を調べることも行われました。SARSでは、肺の奥の部分に白い影が広がる「すりガラス様陰影」という所見が見られることがあります。

なお、当時は新しい感染症であったため、検査体制や診断基準も国際機関と連携しながら整備され、症例の報告や隔離が厳格に管理されていました。

SARSの治療

SARSに対する特効薬は、当時は存在していませんでした。治療の基本は、症状を和らげながら患者の免疫力によってウイルスの排除を待つ「対症療法」が中心でした。発熱に対しては解熱剤を、呼吸困難に対しては酸素吸入や人工呼吸器の使用を行い、必要に応じて集中治療室での管理が行われました。

一部の重症例では、ステロイド薬や抗ウイルス薬(リバビリンなど)が試験的に使用されましたが、明確な効果は確認されておらず、あくまで臨床判断のもとでの対応でした。

SARSのもう一つの重要な治療の柱は「感染拡大の防止」です。感染者が出た場合は速やかに隔離し、医療従事者にはN95マスクや防護服の着用が求められました。病院内でのクラスター発生を防ぐため、厳重な衛生管理と接触制限が徹底されたのです。

2003年の流行時には、多くの国で患者の移動制限や学校の一時閉鎖、空港での検疫強化が行われ、SARSの感染拡大を最終的に抑え込むことができました。

SARSになりやすい人・予防の方法

SARSに特別「かかりやすい体質」があるわけではありませんが、免疫力が低下している人や高齢者、慢性の病気を抱えている人では、感染後の重症化リスクが高いことが分かっています。また、医療機関で感染した例も多く、当時は医療従事者の約20%がSARSに感染したと報告されています。

予防の基本は、「ウイルスに触れない」「感染者との距離を保つ」「体を守ること」です。具体的には、こまめな手洗い、マスクの着用、密閉空間の換気、外出後の洗顔・うがいなど、現在の新型コロナ対策とほぼ共通しています。

また、SARSのように動物由来のウイルスが人間社会に入ってくることを防ぐため、野生動物との過剰な接触や、衛生管理の不十分な環境での動物取引には十分な注意が必要です。

現在、SARS-CoVに対するワクチンは一般に使用されていませんが、新型コロナウイルスの研究によってワクチンプラットフォームの技術は大きく進歩しており、将来的にSARS再流行時の備えとして応用される可能性があります。

SARSは、世界規模の感染症として一度は終息したものの、ウイルスそのものが消えたわけではありません。再び類似のウイルスが現れるリスクもあるため、過去の経験を生かしながら、私たちは引き続き感染症への備えをしていく必要があります。

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